フィクションメーカー
わたしのお父さんはさぎしです。
ほんとうはおしごとしていないのに、人をだますためにべんごしにな
ったりせいじかになったり、しやくしょの人になったりします。
お父さんは「おれのしごとどうぐはスーツだけさ」とよく言います。
とても高いものらしいです。わたしに服なんかとは何十倍もちがうんだぞって行っていました。人をだまして買ったお金で高いスーツを買って、それを着て、また別の人をだましにいきます。
お父さんはだまされるほうがわるいんだとよく言います。
わたしはそうなのかはわかりません。だまされる人がかわいそうじゃないかなとか思うこともあります。
でも、わたしが学校にかよって、ミナちゃんや高木さんと遊んだり、お勉強をすることができるのはお父さんのお金のおかげなので、もんくを言ったりはしません。
わたしはわるいお金だとわかっていても、ごはんも食べたいし、おもちゃで遊びたいです。この前のたんじょうびに、お父さんがプレゼントを買ってくれたときも、わるいおかねで買ったんだってわかりましたがうれしかったです。
なに書いてるの!
少女は思う。こんなこと書いちゃいけないってわかってるのに。
机に座っていた少女は作文を書く手をとめた。学校でもらった原稿用紙を、そこまで書いていたものをまるめてゴミ箱に投げる。まるまった原稿用紙はゴミ箱にあたることもなく外れて床に転がった。
少女の父が詐欺師だなんていうのは当然、周りには秘密だった。バレたら少女の父親は捕まってしまう。だから内緒にしなければいけないと少女はじぶんの小さな身体の中にぐっと秘密をためこんでいつも生きていた。
お母さんが出て行かなければよかったのに。
少女の母親は、別の男と愛し合って、二年前に家を出ていた。父親に対して、「お金が稼げそうだから結婚したのに、リストラとかありえない」と冷たい言葉を残して。
そのとき、父親は騙されたと感じた。
だから、今度は人を騙してやるのだと父親は思ったようだ。
決心は、人を変えることがある。大きな悲しみがあればなおのこと。そして、少女の父親は働いていたとき以上のお金を、より少ない時間で得る方法を身につけたのだ。
きっと才能もあったのだろう。
きっと壊れていたのだろう。
少女の気持ちに気付かないフリをして父親は人を騙すということを続けていった。
「なんの宿題だ?」勉強部屋を見に来た父が少女に声をかける。
「作文。遠足にいったときの」
少女は嘘をついた。本当は父親参観日に読む、父親についての作文だったのに。
もちろん参観日についても言っていなかった。父親はそういったことにまともに興味を持とうとはしないし、もし聞かれても少女は嘘をつく。
少女は自らの嘘の上手さを自覚していた。
父というお手本が目の前にいて、母という父を騙していた存在も知っていて、その両者の血のつながりを自覚している少女は、自分もそんな人間なんだと認めていた。もしかしたら、才能の遺伝などなく、ただ人よりちょっとだけ会話が上手なだけの女の子でいられたかもしれないのに、認めねばならないような環境により、ほんとうにあるのかもわからない嘘の才能があるのだ、と少女は思い込んでしまった。思い込むことが少女の成長につながった。嘘をつくという能力の。
少女は作文を最初から書き直す。
どんな職業がいいかな。ほんとうのことを書かなくていいなら、作文なんて簡単に書ける。少女はそう思ってくすくすと笑った。
わたしのお父さんはトラックのうんてんしゅさんです。
おしごとがあるときは何日もいなくなります。たいへんだなと思いますが、おしごとがないと何日も
ずっと家にいてじゃまだなあとよく思います。できればずっとおしごとで外にいてほしいと思っていました。だけどこのあいだこんなことがありました。
わたしひとりがおるすばんをしていた夜にまどのガラスががたがたしたのです。とてもこわくなっておふとんのなかでふるえていて、それでもこわくてお父さんにでんわをしました。
そうしたらすぐにかえってきてくれたのです。
わたしはお父さんのかおをみて泣いてしまいました。すぐにきてくれたのがうれしかったのです。そしてあそこのガラスがゆれてこわかったと話したら、お父さんが言いました。
「あ、それおれだわ」って。
お父さんは家のかぎをなくしたらしくわたしの部屋の窓をゆらしていたらしいです。
やっぱりお父さんは家にちかづかないでほしいと思いました。
でも、わたしはそんなお父さんがだいすきです。
少女は簡単に作文を書ききった。嘘を並べて。父親は詐欺師で、少女は嘘つきで、嘘ならなんだってできるんだ、と思っていた。ああ、嘘で書くのってなんて楽なんだろう、と思っていた。
だけど少女は気付いていない。
いくつも職業があるなかで選んだものがトラックの運転手であることを。
サラリーマンはイヤだった。
弁護士も役所の人も政治家だなんてイヤだった。
スーツを着る可能性のある職業なんて書きたくないと無意識に選んでいた。
空は暗く、未来はわからず、過去は楽しかった。明日は笑っていて、明後日も笑っていて、きっと来年だって笑っているだろう。だけど、それが本心からかはわからない。
少女は生きていく。
壊れそうな心を守るためと。
嘘ついて。