父さんのスーツ
破損した強化服を予備のもの(それは若干機能の劣るものではあ
ったが)に着替えながら、父は僕に指示を出す。ここで待機して仲間の補給を待つこと。通信は常にオンにしておくこと。
「六時には戻らきゃならない。母さんを待たせているからな」
時計を確認する。もう五時に近づいていた。
「そんなに早く終るの」
「大丈夫」
短い返事をして父は南に向かって走っていった。スーツの倍加機能により加速された父はすぐに草原に埋もれて見えなくなった。
僕は銃弾の残数を確認する。草原に一人座り込み、それから父の強化服の修復を試みる。
「綺麗な空だなあ」
つい、声が漏れる。
「戦場に似つかわしくないか」
インカムから父の声が聞える。僕にとってはじめての戦場。知らない国の草の色。どこまでも続く青空。
東の地平線が光る。
「敵兵!」
十人、いやそれ以上かも知れない。相手はまだ僕に気付いていない。
「草の中に伏せろ。父さんのスーツは?」
「修復……できていると思う」
「今すぐそれに着替えて、それから逃げるんだ」
這いつくばったまま強化服に着替える。
「南へ!」
父のいる方角へ全速力で走る。敵兵に見つかる。彼らは追いかけてくる。僕はなぜだか母のことを思い出す。今日の夕食は、グラタンだって言ってたっけ。
どぅん!
インカム越しに爆発音。僕は自分が撃たれたことを確認する。まだ大丈夫。強化服は破損していない。
「反撃するよ!」
「だめだ逃げろ!」
もう逃げられない。敵の方が足が早い。振り返り敵兵に狙いを定める。何度もの閃光と爆発音。
「父さん……?」
敵兵は全滅していた。父の強化服は僕をなんとか守ってくれた。だけど引き返してきた父は……。
「父さん、死んじゃったの?」
「うん」
インカムから父の声が聞こえる。
「かっこいいとこ、見せようと思ったのになあ」
父の体が光とともに消える。
父が子供部屋の扉をノックする。
「どうだった? はじめての戦場」
「父さんのスーツのおかげで助かった」
僕はインカムを外して、父の方を向く。
「あの装備、高かったからなー。まあいいや。おかげで夕ごはんに間に合う」
僕はパソコンの電源を切り、父と一緒に部屋を出る。台所からはグラタンの焼ける匂いがしていた。