食欲の秋!くいしんぼう小説大賞
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贖罪
茶屋
投稿時刻 : 2013.10.27 13:33
字数 : 2901
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贖罪
茶屋


 会社の帰り道。その声は突然聞こえた。
 か細く、助けを求めるような弱々しい声。
 残業に疲れて一刻も早く家に帰りたかたから無視しようと思たけれど、気づいたら声のする方に足を向けていた。
 雨に濡れて潰れかけたダンボールの中に震えるそいつはいた。
 今にも潰れてしまいそうな、小さな命がそこにはあた。
 見てしまたからにもう後戻りはできなかた。
 スーツが汚れるのも構わずにそいつを抱え上げると、急いで家に帰た。
 そんな出会いだたからか、その雄の子猫は「あめ」と名付けられた。

 最初は飼うつもりもなく飼い主を探すまでと決めていたが、アパートは幸いにもペト禁止ではなかたから急ぐこともなかたせいか愛着も湧いてしまい結局飼うことになた。最初は弱ていたあめであたが、すぐに元気を取り戻した様子だた。小さな子猫というのは可愛いもので、本当に動くぬいぐるみのようだし、よくよく見れば表情も多彩だ。あめの方もすぐに懐いてくれて、会社から帰宅すれば玄関で出迎え、トイレに行くにも後ろをついて回た。。
 妻は最初嫌がたが、諦め半分といた様子で受け入れてくれた。
 俺が猫と戯れる様子に時々笑みが溢れる様子もあるし、そのうち妻もあめに愛着を感じてくれるだろう。そんな風に思ていた。
 けれども世の中はそう簡単にはいかない。
 あめは成長するに連れて活発になり、家の中の物を壊したり、壁に傷をつけたりするようになた。躾はある程度しているし、それほど頻度も高いわけではない。けれども、口には出さないものの妻のイライラがたまているのは目に見えて明らかだた。あめが妻に寄て行ても全く構わず、鬱陶しいと言わんばかりに足で退けようとするのだが、あめの方は遊んでくれていると勘違いしてまた妻によていくのだ。その繰り返しは妻のイライラを募らせて行く。それがわかていたのに見て見ぬふりをしていたのが良くなかたのかもしれない。帰宅すると玄関の前に締め出されたあめがいた時も、あめが尻尾を踏まれた時も、何かの手違いだと思うことにしていた。ふと頭によぎることがあても、そのうち解決するだろうと楽観的に考えるようにしていた。
 妻にそれとなく相談を持ちかけられても「疲れてるからまた今度」とか適当なことを言てはぐらかしてきたのもいけなかた。
 いまさら後悔しても遅い。
 帰宅してみれば真暗で、あめが寂しげに鳴いていた。
 電気をつけてみるとテーブルに「実家に帰ります」という書き置きだけが残されていた。
 妻の携帯にかけてみても全く電話に出てくれず、妻の実家の電話にかけても「今は話したくないそうだ」の一点張り。
 大きな喪失感が胸の中に去来する。
 大丈夫だと心を落ち着かせようとするものの不安ばかりが募ていく。
 もう遅いかもしれない。
 もう駄目かもしれない。
 その日は夜飯も食べずにただ茫然とするばかりだた。

 妻のいない日が、何日も続く。
 せめて声だけでも聞きたいと思ても、連絡の取れない日が何日も続く。
 妻がいなくなて一週間が経とうとしていた頃、俺はやと決意した。
 あめとは別れよう。里親を探そう。
 もう子猫ではないから、飼い主を探すのは難しいかもしれない。
 けれど、あめと別れなければ妻は帰てこないんだ。
 あめとの時間はかけがえの無いものだたけれど、それ以上に大きなものを失う訳にはいかない。
 悪いのは自分だ。
 
 やと見つかた。
 得意先との雑談の中で、あめを引き取てくれそうな人を紹介してもらえることになたのだ。
 やと光明がさした。
 そんな気がしていた。
 良いことは続くもので、帰宅してみると家には明かりがついていて、妻が帰てきていた。
 ただいまも言う前に謝た。
 妻が嫌がていたのに気づかないふりをしていたこと、相談されてもはぐらかしてきたこと、止めどなく出てくる謝罪の言葉を妻は笑顔で遮て、「ご飯、できてるよ」と言た。
 和解を祝すかのように普段よりも豪華な食事が食卓には並んでいた。
 温かく、食欲を誘う香り。
「頂きます」
 美味しかた。
 ハンバーグにビーフシチ。好物の料理ばかりだた。
 ハンバーグを割ると肉汁がにじみ出てきて、いい香りがした。口に入れると味が一瞬で広がていき、幸福感に満たされる。
 ビーフシチの方も肉が良い具合に煮こんであり、外側はとろけるようでいて、しかし中の方はしかりとした食感がある。
 いつもと味付けは違うような気がしたけど、やはり妻の味だた。
 美味しい、美味しいと言いながら次々と口に運んでいく俺の様子を見ながら妻は微笑んでいた。
 これは妻の気持ちなんだ。
 許してくれるという、そういう意味なんだと、そう感じ取た。
「本当にごめん」
「いいのよ。もう」
「あ、あめのことなんだけどさ貰てくれる人が見つか……
 ふとあることに気づく。
 あめがいない。
 いつもなら玄関にまで出迎えに来てくれるあめの姿が見当たらなかた。
 俺がキロキロと当たりを見回していると、妻が言た。
「どうしたの?何か探しているの?」
「あめは?」
 その時の妻の表情は今でも忘れられない。
 優しい笑顔なのに、その奥に何か大きな黒いものが潜んでいるのだ。
 思わず背筋がぞとして、言葉が喉から出てこなくなた。
 妻が口を開く。
 嫌だ、やめてくれ。聞きたくない。
 けれどもその言葉は俺の耳に届いてしまた。
「ここよ」
 妻が私の胃の辺りをそと指さした。

「あめて私にも懐いてたでし。だから捕まえるのは簡単だたの。大して抵抗もしなかたしね。台所だと暴れられると掃除が大変そうだからベランダでやたんだよ。なるべく楽に死なせてあげようとも思たんだけど、どうやたら楽かもよくわかんなかたし、しうがないからハンマーで頭を叩いたよ。最初はやぱり暴れたんだけど、三回ぐらい叩いたら鳴き声もほとんどあげなくなて、口から何か赤い固まりを吐いて大人しくなたわ。頭はちと気持ち悪かたからそのまま切り離して料理には使てないの。すぐにさばいて料理したから新鮮だと思うよ。猫なんてさばいたことないから一時はどうなるかとも思たけど、美味しかたみたいだし、頑張たかいがあてものね」

 気づけばトイレで吐いていた。
 涙を流しながら、何度も吐いた。
 吐いてもあめは戻てこない。
 見てもいないはずのあめの苦悶の表情が浮かんでくる。聞いてもいないはずのあめの悲鳴が耳の中でこだまする。
 そんな俺を見て、妻は笑ている。
 さも腹を抱えて笑ている。
 妻は復讐するために帰てきたのか。
 こんな恐ろしいことをするなんて。

 妻が何か言ている。
 はじめ何を言ているのかわからなかたが、その意味がはきりしてくる。
「嘘」
 妻は笑いながらそんな言葉を繰り返している。
 嘘。
 何だ、嘘だたのか。
 もう怒ることも出来ずに床にへたり込む俺を妻は笑い続けた。
「猫なんて料理するわけないじない。どんな菌がいるわかんないし、汚いし。猫なんて捌けないよ。そんなもの食べさせるわけ無いでし
 妻の笑い声は止んだが、もう怒る気にはなれず口を拭いながら立ち上がた。
「それで、あめは」


「あ、あめなら捨てたわよ。燃えるゴミの袋に入れて」
 
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