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第11回 てきすとぽい杯〈お題合案〉
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娘と林檎(仮)
 投稿時刻 : 2013.11.16 23:44
 字数 : 3452
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娘と林檎(仮)
永坂暖日


 王の寝所には、ひと抱えはある黒い桶がある。ずと昔、王弟だた王が即位した頃からあるという。
 漆塗りの桶はぴたりとはまる蓋をかぶせた上で太い縄で厳重に封印してあり、王はそれを誰にも触らせない。よほど大事なものなのかと思えばしかし、蓋にはうすら埃が積もり、磨かれた様子がない。それでも王は黒い桶に誰も近付けさせず、寝台から見える場所に置いていた。

 あの桶には何が入ているのでございます?

 王の寵愛を一身に受ける妃が尋ねても、王は口元を歪めて笑うだけで中身が何かは明かさず、近付くことも許さない。

 きとたいそう大事なものが仕舞てあるに違いない。

 王の身の回りを世話する者はいずれも身元確かで、余計なことを喋らぬ口の堅さが求められるが、人の口に戸は立てられぬというもの。
 王の寝所にある黒い桶とその中身について、様々な憶測が密かに、だがまことしやかにささやかれていた。

   ●

 事実を素気なく綴てあるだけの手紙に目を通すと、シクタはそれを暖炉に投げ入れた。燃えさかる炎に飲み込まれ、あという間に灰になる。
 今朝は、この冬初めての霜が降りた。しかし、じいやが夜も明けぬうちから部屋を暖めていてくれたおかげで、寝台を出ても寒さに震えることはなかた。
……良い知らせではなかたのですね」
 部屋の中も、じいやが淹れてくれた茶も温かい。しかし、シクタの表情は冷え冷えとしていた。寒い朝に聞く知らせとしては、あるいは相応しかたのかもしれないと皮肉に思う。
「《巫女狩り》が死んだ」
 殺された、と言う方が正しいだろう。
 腕の立つ男だた。隣国から流れてきた傭兵で、報酬と引き換えに、シクタの残酷で途方もない依頼を引き受けてくれた男だた。
 この国の王は、代々長寿で知られている。暗殺されて短命の王もいるが、概ね長生きで、それを可能にしているのが「神水」と呼ばれる特別な酒だと言われている。そして、その製法を知るのは《神水の巫女》と呼ばれる女たちだけ。
 シクタは傭兵に、その女たちを捜し出して殺すことを命じた。
 神水は、限定的な条件下でしか育たない特殊な穀物を原料にしており、その栽培を託された一族に守られている。《神水の巫女》は一族の中から選出され、引き継がれていくという。しかし、その一族がどこにいるのか、栽培可能な場所がこの国にどれだけあるのかは明らかにされていない。
 一所ではないはずだ。神水の原料である穀物はほんのわずかしか取れず、だが王は、頻繁ではないにせよ、神水を度々口にしているのだから、それを可能にする程度には、栽培可能な場所と製法を知る巫女がいるはずだとシクタは考え、傭兵を雇たのだ。
 シクタが考えていた通り、栽培可能な場所はいくつかあり、その数だけ巫女も存在していた。傭兵が《巫女狩り》と、神水に関わる一族に呼ばれ恐れられるくらいに。
 だが、その《巫女狩り》も返り討ちに遭た。神水を根絶やしにすることは叶わなかたが、傭兵の調べたところでは《神水の巫女》は、彼を殺した巫女を含めて三人。これまでのような量が、王に献上されることはない。
 ――まずまずの成果は得られたか。
 傭兵にも、巫女たちにも、気の毒なことをしたとは思う。シクタは彼らに何の恨みも抱いていない。彼女が恨んでいるのはむしろ神水だた。王に不老長寿をもたらす珍妙なる酒が、この世から消えてなくなればいいと願ていた。そのためならば、どんな犠牲を払ても構わない。
「城へ行く。支度を」
 暖かな炎を見つめる瞳は、あの男と同じ凍える水色。
 恨みもない者を殺せと平気で命じる自分は、やはりあの男の娘なのだろう。

   ●

 今の王は、王弟であた時に兄を弑逆し、王位を簒奪した。
 仲の良い兄弟だと言われていた。王弟は兄である王をよく支え、裏切るなどあり得ないと誰もが思ていた。
 だがある朝、王の寝所から血濡れた姿で出てきた王弟は、今日から自分がこの国の主であると告げた。寝所には、首のない王の亡骸が転がていた。
 驚天動地どころの騒ぎではなかたという。しかし、謀反を起こす気配を毛の先ほども見せずに兄の首を刎ね簒奪した王弟に誰もが恐れをなし、兄王の正妃をそのまま自分の正妃とすることにも異論を挟まなかた。
 彼が欲しかたのは、王位と、兄の正妃だたのだ。仲の良さなどいくらでも取り繕える。あとから生まれたと言うだけで王にもなれず、慕ていた姫を兄に奪われ、彼は恨みと妬みを募らせていた。
 その恨みつらみがどれほど根深く、王の心のかなりの部分を占めているのか、シクタは知ている。
 先の王の正妃であり、今の王の正妃でもある女性が、シクタの母だ。シクタが生まれたのは、簒奪のあた後。どちらがシクタの父親なのか、誰にも分からない。面立ちは母親似だが、瞳の色は今の王と似ているので、恐らく彼が父親なのだろう。
 だが、愛情というものを父である王から感じたことはない。王が愛情――愛憎かもしれない――を注ぐ相手は、常に妃であるシクタの母のみ。シクタの後に生まれた、紛れもなく王の子である弟たちにも向けられた試しはない。
 父であろう王と母が、今のシクタと同じくらいの歳だた頃、二人は夫婦になろうと密かに誓い合たらしい。しかし、約束は反故にされ、母は先の王の正妃となた。
 王が簒奪をして母を手に入れ、今もそばを離れるのを許さないのは、そんな過去があたからだと、少しだけお喋りな乳母が教えてくれた。
 その話が嘘かまことか、母は重要なことではないと言て話そうとしない。前の夫を殺した男の妻にされたというのに、母はたいして王を恨んでいないようだた。正妃という立場の方が、よほど大事なのだろう。
 弟に裏切られ、妻だた女に顧みられることもなく。
 ――あなたは、さて、どれだけ彼らを恨んでいるだろうか。
 それとも、安らかに眠れる日を夢見ているのだろうか。

   ●

 王はこのところ体調が優れず、寝所から出られない日もある。
 シクタの依頼を受けた傭兵が《巫女狩り》と呼ばれるようになた頃からだ。神水によて押さえ込まれていた持病が、にわかに息を吹き返したのだろう。
 傭兵は殺されたが、これほど弱ているならば大丈夫だろう。
「昨日、北の地より林檎が献上されたので、見舞いの品にと持参しました」
 侍従に持たせたカゴには、紅玉のように赤い林檎がいぱいに入ている。それを母に渡すと、シクタは侍従を下がらせた。王は、寝所では母と二人きりでいるのを好むため、シクタの侍従がいなくなると親子三人だけになる。
 寝台の傍らで王を看ている母が、手ずからその皮を剥いて食べやすい大きさに切り分け、王の口元へ運ぶ。王は嬉しそうに、弱々しくそれを咀嚼し、母にも食べるように勧めた。シクタを一瞥もしないが、いつものことである。
 美味しいですねと林檎をほおばる母と、嬉しそうな顔でそれを見守る王は、仲睦まじい夫婦そのものである。簒奪という血みどろの過去などなかたものであるかのように。
 だが、寝所が再び血で染まる。
 まず王が吐血し、驚いた母が、次いで血を吐いた。悲鳴を上げる間もなく血を吐いた二人を、シクタは冷ややかな目で見つめていた。
 まだ息はあるようだ。しかし、それも長くはない。
 立ち上がたシクタは、寝台から見える場所に置かれている、黒い桶に向かた。縄を解き、蓋をそと持ち上げる。
 王が誰も近付くのを許さなかた桶。その中に入ている、きと王の大事なものに違いないと噂されているもの。それは――先の王の首級だ。
 兄の刎ねた首を、弟はこの桶に入れ、長らくそばに置いていたのである。
 首は、少々青白いが、今もまるで生きているかのような血色だた。
 ――これで、生きている、と言うのならば。
 恐らく、生きているのだろう。
 桶からは、むせるような酒の匂いがした。神水である。
 弟は、首だけにした兄を生き長らえされるために、神水に浸していたのだ。
 情けをかけたのではない。首だけになて声も出せない兄に、彼のものをすべて奪たことを聞かせるために、こうしているのだ。
 先の王が、きろりと眼を動かして、シクタを見た。蓋を開けたのが弟ではないと知て、驚いているようだた。
「あなたはもう、眠て良いのです」
 桶の中の神水を捨て、首をそと取り出す。しばらくは目をしばたたかせ、先の王はますぐにシクタを見ていたが、やがて動かなくなた。
 シクタの父親は、先の王なのか、今の王なのか、分からない。
 先の王もまた、冷え冷えとした水色の瞳をしていた。
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