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輝き! プロット頂戴大賞
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どんぐり食い
 投稿時刻 : 2014.01.12 00:14 最終更新 : 2014.01.12 10:06
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- 2014.01.12 00:14:25
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どんぐり食い
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


 大叔父は偉大な人だた。ぽそぽそした焼き菓子を口にしながら、エヴンはそれを実感する。香ばしい匂いに唾液が急速に分泌され、顎がほんの少し痛んだ。大叔父に教わたレシピで作たどんぐりのクキーだ。幼かた頃、生のどんぐりを食べてあまりの渋みに泣き出してしまたことを思い出す。それ以来すかりどんぐりを避けてきた自分に、大叔父が残してくれたレシピだ。彼は何でも知ている人で、何でもできた。
「すごいわ、これ、全部エヴンが作たの?」
 アイラの問いかけに、エヴンは我に返る。気づけばクキーの皿はほぼ空になていた。どんぐりパイの皿を手元に引き寄せ、ナイフで切り分けながらエヴンは答える。
「大叔父に教わたレシピで作たんだ」
 アイラの目がかすかに潤んだのを、エヴンはもはや見ていなかた。切り分けたパイにフクを突き刺す。焼きたてのパイ生地がさくりと軽い音を立てた。白い指先が動くと、アイラの目は吸い寄せられるようにそれに向き、パイがエヴンの口に放られるのをじと観察した。
 エヴンの大叔父であるサムが亡くなたのは1週間前のことだ。エヴンの意向もあて、大々的な葬儀は行われなかた。唯一の肉親を失い、エヴンは16歳にして天涯孤独の身となた。住居である天文台から一度も出てこない彼が心配になり、アイラがこうして訪れてみれば、エヴンは大量の料理をテーブルに並べ黙々と食していたのだ。予想外のことに驚いたが、大叔父のレシピであると聞いて納得した。エヴンはこうして、一人で、唯一の肉親の死を悼んでいるのだと。
「あたし、お邪魔だたかしら……?」
 アイラのことなど見えていないかのように黙々とパイを食べ続けるエヴンを見ていると、一人にしておくべきだたのだろうか、とアイラはほんの少し不安になる。彼はいつも物静かで、誰かとつるむことなく、一人の時間を愛しているように見えた。村にある唯一の学校で机を並べていたときも、卒業して星見の仕事のために一人空を見ているときも、どこか影があて、それはどこか寂しそうにも見えたし、それと同時に心引かれずにはいられなかた。
 アイラの言葉に、エヴンは急に何かを思い出したように手を止めた。椅子から立ち上がる。ゆたりとした様子でキチンの戸棚まで歩いていくと、客人用のカプを取り出し、アイラの前にそと置いた。
「コーヒーは好きだたよね?」
「あ……構わないで。あたし、ただ、エヴンが心配で来ただけなんだから」
「そう」
 相づちを打ちながら、エヴンはカプにコーヒーを注いだ。湯気が立ち、香りが部屋中に広がる。どんぐりのコーヒーだ。
「ありがとう」
 そう言てエヴンが薄く笑う。外は雨が降ていて、まだ昼過ぎだというのに薄暗い。その中でエヴンの白い肌が浮き上がるようだた。わずかに下がた目尻が、いつも涼しげな顔をしているエヴンの表情は急に優しげに、甘く変化させる。それを見ていると、アイラは頬が急に緩んでしまうのを止められなくなた。
「よかたら、食べて。どんぐりのプリンだ」
 そう言て手作りのプリンをアイラの前に置く。皿の上で、ぷるんと震えた。エヴンは再び黙て食事を続ける。卵と牛乳だけで作たものと違い、裏ごししたどんぐりを混ぜ込んだプリンは独特の舌触りと風味がした。それもすぐ胃袋の中に入ていく。それからパフにスプーンを差し入れる。それと同時に、荒々しく玄関の扉の開く音が鳴り響いた。雨水で湿た大地の匂いが部屋に入り込んだ。それに混ざて、火薬の臭いが漂てくるのを、エヴンだけが感じていた。それだけで、その招かれざる客が誰であるかをエヴンは悟た。
「ダロ!」
 音に驚いたアイラは体を強ばらせて振り向き、それからその名を叫んだ。
 ノクも声がけもせず入てきた大柄の男は、エヴンと向き合い椅子に腰掛けるアイラを見て眉をひそめながら、大股で部屋を横切り、エヴンたちのいるテーブルにまでやてきた。雨で濡れた裾から水が滴り、床にぽつりぽつりと染みができる。
「昨日、木こりのトーマが死んだ」
 アイラの幼なじみであり、村の猟師の一族であるダロは、前置きもせずにそう切り出した。エヴンは椅子に座たまま、黙てダロの顔を見上げる。アイラはあからさまに顔をしかめた。
「爪のようなもので首をひとかきだ。大きさや深さから言て、大型の獣に襲われたと見て間違いない。熊だ」
 にやりと口に笑いを浮かべると、ダロはテーブルの上にあたどんぐりを一粒、手にとり、口に放た。炒ただけのものだ。エヴンは黙したままただそれを見つめる。アイラが声をあげた。
「何の話よ、勝手に人の家に上がり込んで」
「最近、そんな事件ばかりだ。この前襲われたマーサは幸い一命を取り留めたんだがな、妙なことを言うんだ。襲われたとき、熊だけじなくて、華奢な男の影を見たてね」
 もう一粒、どんぐりをつまむと、ダロは断りもせずそばにあたソフに腰掛けた。
「どこかで聞いた話だと思わねえか」
――やめなさいよ!」
 ダロの言わんとしていることを悟たアイラが、大声をあげて立ち上がた。
「馬鹿馬鹿しい!」
 アイラの叫びに多少苛立たしげな表情を見せながら、ダロは黙たままのエヴンに顔を向けて続けた。
「10年前に子供を置いて逃げ出した、お前の親みたいな――な」
「くだらない」
 吐き捨てるように言うと、アイラは二人の間に割てはいるように歩み出した。
「熊を使て無差別殺人なんて、いたい誰が言い出したのよ。ばかげてるわ。しかも村の人間を疑うなんて。一体この村のどこに、そんな猛獣を飼育する場所があるて言うの」
「見たんだよ」
 今度はダロはアイラを真直ぐに見つめた。挑発的な笑みは消え、アイラに言い聞かせるかのように、真剣な顔で、続けた。
「俺もこの前、自警団と森をパトロールしている時に、怪しげな熊を見た。あれはこの辺りにいる種とは違う。それに、野生にしては様子が変だ。飼い慣らされてるようだたし、その辺の木の実を食べているだけであんなに肥えているのも不自然だ」
 そこまでダロの話を黙て聞いていたエヴンは、コプに満たされたどんぐりのジスを飲み干した。焼き菓子にするより、炒たものを食べるより、これが一番効率よくどんぐりを大量に摂取できる。テーブルに置いた空のコプが音を立てた。夢中になてアイラに話を聞かせていたダロが彼に視線を戻すと、いつになく挑戦的な表情のエヴンの視線に射抜かれた。
「それで」
 薄く笑みを浮かべたエヴンが、静かに尋ねた。
「きみは、俺に何を聞きにきたのかな」
 一見穏やかに見えるが隙のないエヴンの様子に、勇んでいたダロが急に気圧されたかのように見えた。それに気づいたアイラがここぞとばかりにもう一度責め立てる。
「そうよ、あんた、何しに来たのよ、帰て!」
――アイラ」
 詰めよりかけたアイラの腕を、ダロが半ば反射的に握る。ぎとして逃れようとした彼女を、しかしダロは逃がさなかた。
「この前のプロポーズの返事はどうなてる」
「お断りだて最初から言てるわ! あんたみたいな乱暴者!」
 鋭く叫びながらそれをふりほどこうとするアイラに、ダロが小さく舌打ちする。それと同時に、ゆくりとエヴンは立ち上がた。その気配に、ダロが反射的にアイラを解放する。
……俺は、この村の自警団の一員でもある。犯罪者は絶対に許さない。近いうちに必ずお前の尻尾をつかんでやるからな」
 低くうなるようにそう言い放つと、ダロは二人に背を向けた。大股で立ち去る彼が、来たときよりもわずかに早足になているのを、エヴンは見逃さなかた。
 荒々しく玄関の扉が閉まる。その瞬間、アイラはエヴンに走りより、腰に手を回した。エヴンもそれに応える。ウブのかかた長い髪が揺れているのを、そと右手で撫でた。
「大丈夫?」
 耳元でささやくようにエヴンは尋ねる。
「大丈夫よ、エヴン、あたしが、エヴンを守てあげるから」
 か細い声でアイラがそう紡ぐのを聞いたエヴンは、そと、アイラの耳元に寄せていた唇で、柔らかな頬に触れた。
「ありがとう」
 その唇の冷たさにアイラの体が思わず小さく震えた。寒さとは違う刺激だた。
「きみは優しい娘だね」
 そう言うと同時に、エヴンはさきまでアイラの髪を撫でていた指先で、軽くアイラの頬を撫でた。その途端、体の芯が刺激されるような感覚に襲われる。それは未知の感覚で、何故だか突然、ここから逃げ出したいような気分になた。しかし、エヴンの左手はアイラの腰にしかりと回されたままで、身動きをすることができない。
「ごめん」
 エヴンは言いながら、アイラの頬に触れた指を自分の口元に当てる。
「パフのクリームがついてしまた」
 エヴンの白い指先よりさらに白いものが、爪の先についていた。それが、エヴンの赤い舌に舐め取られて行くのを見つめ、アイラの体は強ばり、知れず唾を飲む。
「エヴン、あたし」
 外の雨音にかき消されそうなほどかすれた声で、アイラは辛うじてそれを伝えた。
「あたし、もう、子供じ、ないわ。14歳よ。結婚だて、自分でできるんだからー
 しかしそれを言い終える前に、エヴンは突然抱いていたアイラの体を解き放つ。人肌のぬくもりを急に失て、寒気がするほどだた。前触れなく訪れてしまた自由に、アイラは戸惑う。エヴンの顔を見上げても、いつも通りの、美しく、優しげで、少し寂しげな微笑があるだけで、どうすればいいのか途端にわからなくなてしまた。さきまでのあの熱い戯れはなんだたの、と言う言葉が喉まで出かかて、しかし、その先の、知らない何かを求めていた内なる自分のプライドがそれを押しとどめた。何も言えないままアイラはエヴンに背を向け、天文台を飛び出す。雨は未だ止まない。

 大叔父は偉大なひとだた。何でも知ていて、何でも出来た。だが、彼には出来なかたことが2つあた。そして、エヴンに2つだけを言い遺していた。
 雨足は強まりもせず弱まりもせず、不気味に静かにただ降り続いていた。10年前のあの日と同じように。
 エヴンは台所に立つ。どんぐりの残りが少なくなている。早めに補充しなければ、と思いながら、ジスを作たミキサーに残ていた、どんぐりのカスを指ですくい取た。どんぐりを食し続けなければならない。大叔父の言いつけだからだ。そして、村の人間を決して許しはしない。大叔父の言いつけだからだ。
 父は強く逞しく、母は優しく美しい、自慢の両親だた。母の最期の姿をエヴンは今でもはきりと思い出せる。優しい母は全身を打ち抜かれぼろぼろになり、血塗れになて、這うようにしてこの天文台に帰てきた。
「生きて。生きて、幸せになて」
 絞り出すようにしてそうエヴンに告げたのが最期だた。エヴンは喉が枯れるまで泣いた。そして、それが涙を流した最後の日になた。
 村での生活は孤独の日々だた。飼い慣らした獣を使た無差別殺人事件の犯人が、エヴンの両親であり、証拠が見つかりそうになたら子供を置いて逃げたのだと噂をされていた。それ故に、村中の人間から爪弾きにされてきた。
 大叔父は、自分たち一族の運命を、誰よりもある程度コントロールできたし、それ故にあらゆるものをわかりやすく憎しみ抜いていた。村の人間を許しはしない、と何度も呟いていた。幼い頃、エヴンはそんな大叔父に脅えたこともあた。あの優しかた母なら、村の人間を憎んだりしないのではないだろうか、と考えたこともあた。だが近頃は、内からほとばしるような激情が、衝動が湧いてきて、どうしようもなくなる。
 脳裏に、先日森の中で出くわした自警団の連中が過ぎた。強面の大人たちの後ろで、ダロがこちらを見て脅えたように身を竦ませていたのを、エヴンははきりと目撃した。アイラの前ではあんなに威勢が良かた癖に、とエヴンは愉快な気分になてくる。
 その途端、体中のあらゆる皮膚に、猛烈なむずがゆさを覚えた。震える。外はすかり暗くなていて、窓ガラスに自分の姿がはきりと写ていた。ダークブラウンだた光彩の色がどんどん薄くなていく。予兆だた。生前の大叔父がいれば、ここでなんとかしてくれただろう。こうなると、エヴン一人ではもはやどうしようもなかた。顔の皮膚から黒い毛が吹き出す。耳が飛び出す。こみ上げる何かに、エヴンは料理台を叩きつける。衝撃で洗たばかりのどんぐりを入れたかごが床に落下した。
 熊になる呪いを持たエヴンを、ついぞ大叔父は死ぬまでに治すことができなかた。それを半ば諦め、自分が達成することのできなかた、村人たちへの復讐を、エヴンに託して、あけなく逝てしまた。大叔父と母は天文台の裏手に一緒に埋まている。父はどうなたのかしらない。たぶん母と同じ日に死んでしまたのだろう。熊として。もはやこの悲しみも憤りも、誰にも打ち明けられず、一人きりで抱えていくしかない。
 母は、幸せに生きて、と言たが、どうすればいいというのだろう。大叔父は、復讐せよ、と言たが、成し得たところで何があるというのだろう。
 窓ガラスには、ただの、獰猛な顔をした熊が映ていた。呪われの熊はどんぐりを食さない。本能が求めているのはただ一つだた。もう一度、料理台を叩きつける。エヴンの頭の中にはもはや人間らしい思考は何も残ていなかた。床を踏みしめるたびに古い天文台がかすかにきしむ。長い爪は取手を掴むのに適さないことだけを知ている。どん、どん、どん、と壁を打ち付けると、立て付けの悪くなりつつあた天文台の扉は軋みながら開いた。
 既に日は落ちて辺りは暗かた。エヴンはただ、人の血を求めて森の中を歩き出す。10年前の両親と同じように。

おわり
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