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興梠家の一族
 投稿時刻 : 2014.01.12 22:36 最終更新 : 2014.01.12 22:45
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興梠家の一族
永坂暖日


 県庁所在地である市の中でも、比較的中心部に近い住宅地に住んでいる信一郎にとて、本家のある場所はど田舎だ。自宅から見れば遠くにかすむ山が、本家に行くと間近に迫ている。フストフード店はもちろんのこと、二十四時間営業のコンビニもなく、自販機だてそうそうお目にかかれない。その集落の一応のメインストリートはかろうじて片側一車線の舗装された道ではあるものの、車の往来は少なく、そこに設置されている信号機が集落で唯一のものだと知た時は心底驚いた。
 山間にある本家でできる遊びといえば、川遊びやセミ取りくらい。小さい頃は、親戚や地元にいる数少ない子供たちとそうした遊びをしたものだが、中学生になた今ではセミ取りも楽しみではなくなた。弟の彰二がまだ小学一年生だから、それの遊び相手としてやるくらいだろう。だけど彰二は去年のクリスマスにもらた携帯ゲームに夢中だから、今年はセミ取りはやらないかもしれない。
「彰二、気持ち悪くないか」
 山奥になるにつれて道路のカーブが増えて、その曲がり方もきつい。邦克がスピードを抑えて運転しているものの、カーブにさしかかるたびに体が右に左に大きく揺れる。
……きもちわるい」
 そんな中で彰二はずと携帯ゲーム機で遊んでいたのだ。車酔いするのは必然と言ていい。
「大変。お父さん、車止めて」
 助手席に座る母の二葉は、なのに慌てた声を上げる。
 対向車が来た時に離合できるよう、道路には幅広になている箇所が所々にある。邦克がそこに車を止めると、二葉がすぐに降りて彰二を車外に連れ出した。
 ドアを閉めると、カーステレオから音楽が流れているのもあて、外の音は聞こえない。
――信一郎は、大丈夫か」
 陽気なメロデとエアコンの送風音があても、車内にはどことなく気まずい雰囲気が漂ていた。邦克の問いかけは気遣いというよりは、その雰囲気に耐えかねてのように思える。
「うん」
「ずと車に乗ていて窮屈だろう。外に出てもいいぞ」
「いいよ。暑いから」
 それで父と子の会話はおしまいだ。ややあて、邦克が車を降りた。二葉と彰二のところへ行き、様子を見ているようだ。
 信一郎はそれをちらりと見やり、すぐに生い茂る緑に視線を戻した。
 本家に行くのは、最近あまり乗り気になれない。だけど、暑いさなか車を降りるのも気乗りしなかた。彰二は両親が見ているから、信一郎までもが見に行くこともないだろう。
「信一郎は気持ち悪くなてない? 大丈夫? 疲れているならすぐに言うのよ」
 突然後部座席のドアが開き、熱気と二葉の声が流れ込んでくる。
「大丈夫だよ。それより、暑いから閉めて」
「あ、ああ、ごめんなさい。気が付かなくて」
 ドアが閉じて、まだ外界と遮断される。
 信一郎はため息をついた。
 いつもこうだ。本家に行く時は、いつにもまして両親が信一郎を気遣う。
 小さい頃はそれに気付かなかた。本家にいる祖父の玄一郎は厳しい人だから邦克も二葉も緊張して普段とちと様子が違うのかな、くらいにしか思ていなかた。だけどどうもそうではないと、一昨年知た。

 ――玄一郎さんは、二葉ちんに跡は継がせず、信一郎に継がせるつもりみたいよ。

 興梠(こうろぎ)の本家はいわゆる旧家で、土地などをたくさん持ていてお金持ちらしい。盆や正月になると、どういう繋がりかもよく分からない親戚が本家に大勢集まり、大人たちは毎晩宴会騒ぎをしている。
 一昨年の夏も、例のごとく宴会は夜中まで続いていた。ふと目を覚ましてトイレに立た信一郎は、大広間に通じる廊下の片隅で、数人固まてひそひそと話すおば達を見かけた。どうしてあんな薄暗いところでと不思議に思た時、おばの誰かが言た台詞が耳に飛び込んできたのだ。
 まるで隠れるように薄暗いところで、聞かれてはいけない話をするかのように潜めた声で。
 聞いてはいけないことを聞いてしまた。そう思た信一郎は急いで部屋に戻り、タオルケトを頭からかぶたのだた。
 祖父の子供は、二葉ひとりしかいない。なのに、それを飛ばして信一郎に継がせるのだという。本家の跡を継ぐというのがどういうことかおぼろげでも分からないが、信一郎が跡取りだから、両親は本家に行くと奇妙なほど信一郎に気を遣い、親戚のおじやおば達も彼に甘い顔をするのだ、きと。
 誰も彼もが、興梠信一郎という存在のその向こう側を見ているようで、一昨年の正月から、本家に行くのは気乗りしなくなた。
 だけど、ひとりで家に残りたい、というわがままが聞き入れられるはずもないし、そんなことを言い出せもしない。一度だけほのめかした時、どうしてそんなことを言うのか何が嫌なのかと、血相を変えた二葉に問い詰められた。怒たのではなく、自分が何かひどい失敗をしたのではないかと顔を青くして。
 それ以来、本家に行きたくないとは言わないと決めた。だけど、よりいそう、行きたくなくなたのは間違いなかた。

     ●

 生け垣に囲まれた本家の敷地は広い。信一郎の自宅がいたい何軒入るだろう。
 広い庭には池があり鯉がいて亀もいて、それを皆ですくおうとして祖父に大目玉を食らたことがある。信一郎が小学校に上がる前の話だ。彰二も池で遊びたがるが、昔そんなことがあたので信一郎がいつも引き留めている。
 さらに中庭や裏庭、何台も止められる駐車場もあるのに、家自体もとても広い。部分的に二階建てになているが基本的には平屋だ。しかもそれとは別に離れがあて、二階建てのそれがようやく、普通の一戸建てといた大きさである。
 駐車場には既に何台もの車が止まていた。母屋に入ると、広いというのにとてもにぎやかだた。
「あら、信ちんたち。いらい」
 おばのひとりが明るく出迎え、家の奥に向かて大声で、信一郎の一家が到着したことを告げた。
 大広間の障子が開いておじたちが顔をのぞかせ、口々によく来たなと言た。
 信一郎の一家に限らず、本家で寝起きする部屋は家族によて大体決まている。信一郎たちは母屋の奥また、日当たりの良い六畳二間だ。ふすまで仕切て一方は子供が、一方は両親が使ている。廊下を更に奥に進んで突き当たりを曲がると、そこが祖父の部屋だ。二葉が本家の一人娘だからここがあてがわれているのだろうかと、一昨年から信一郎は考えている。
「兄ちん。早くみんなのとこに行こうよ」
 すかり車酔いから立ち直た彰二に腕を引かれた。
 本家に来るのはいやだけど、同年代の親戚に会うのは楽しい。両親と共に大広間で顔見せ程度に挨拶した後、彰二の手を引いて子供たちの集まる部屋へ走ていた。
 エアコンのきいた十畳の和室には先に到着した子供たちが六人ほどいて、同じ携帯ゲーム機で遊んでいる。信一郎たちもすぐその輪に加わて、最近はまているソフトを見せ合たり、同じゲームをいかに自分がやりこんでいるか自慢し合たり。気が付けばあという間に夕食の時間になていて、呼びに来たおばのひとりに「いつまでゲームしてるの!」と大声でどやされて、みんなで慌てて大広間へ移動した。
 挨拶に来た時はいなかた祖父も、今は大広間のいちばん奥また場所にいる。信一郎たちの家族は、食事の時も祖父のいちばん近くが定位置だ。祖父はしわだらけの顔はいつも怒ているように見え――実際に厳しい人だから怒るのは珍しいことではない。子供だけで集まて食べる方が楽しいが、食事は家族同士集まて食べるのが昔からの習わしだ。もとも、夕食はそのまま宴会になるから、その時になると大人たちは好きなところに好きなように座て飲んでいる。
 そこからは、再び子供だけの時間だ。父親たちはお酒を飲んでいるし、母親たちは台所で片付けに次のつまみの準備にと忙しい。早く宿題をしなさいとか、お風呂に入りなさいとか、口うるさく言う人はいない。思う存分遊べる。
「兄ちんのゲームやらせてよう」
 しばらくはみんな夕食前の続きをやていた。だけど、切りのいいところまでやるか飽きるかして、違うゲームを始めている子もいる。彰二は多分、うまくいかないことが続いて飽きてしまたのだろう。そして、人のやているゲームがうらやましくなたのだ。信一郎の腕を引いて、しきりにやらせてくれとねだる。
 全然切りが良くないしいいところだから中断したくない。それに、今やているソフトは信一郎がお小遣いをためて買たものだ。彰二は飽きるまで返してくれないから、クリアするまで貸したくはない。
「ねえ兄ちん。やらせてよ
 彰二はだんだんとだだをこねる声になていく。だめだと何度言てもきかず、信一郎の背中をぽかぽか叩きはじめた。信一郎より一学年上のはとこが、見かねて「わたしのやていいよ」と彰二の気を逸らそうとするけど、彰二は信一郎のやているゲームがやりたいと、とうとう泣き出してしまた。
 その大声に、ほかの子たちは困たように顔を見合わせたり、彰二と同じくらいの子はよく分からずぽかんとしたりしている。先ほどのはとこには、貸してあげればいいのにと冷ややかな目で見られたが、そうは言てもこのソフトは親に買てもらたものではないし、こうなたらどちみち彰二はしばらく何をしても泣きやまない。
 そのうち、彰二は泣きじくりながら部屋を出ていた。二葉のところに行たのだ。
 これで落ち着いてゲームができる。やれやれと肩をすくめていたら、ずとBGMのように聞こえていた大広間の喧噪が、ぴたりと止また。誰かが怒鳴ている声だけが聞こえる。でも何を言ているかは分からず、声はもう一度か二度、何かを言たきり聞こえなくなた。
 今度はいたい何なのだろうと、信一郎たちはまた顔を見合わせる。しばらくすると、寄せる波のように大広間の喧噪が戻てきた。

     ●

 その日の夜中、トイレに行きたくなて信一郎は布団を抜け出した。大広間ではまだ飲んでいるようだ。障子越しに届く明かりが、廊下をぼんやり照らしている。
――なが集まているところで、みともない」
 信一郎がみしりと廊下を軋ませた時、奥から聞こえた祖父の吐き捨てるような声に思わず足を止めた。
「信一郎のものは信一郎のものだ。彰二がそれをほしがてはいかん。ちんとそう教えているのか」
「はい……
「ですがお義父さん、彰二も本気で欲しがたわけではないですよ。ただ信一郎のが少しうらやましかただ――
「うらやましがてもいかん。それと邦克くん。わたしは今、二葉に言ている。――いいか、二葉。信一郎のものをうらやましがるのも欲しがるのもだめだと、彰二にちんと教えておけ」
 トイレに行きたかたはずなのにすかりそんな気がなくなり、信一郎は足音を忍ばせて、一昨年の夏と同じように布団の潜り込んだ。隣では、何も知らない彰二が寝息を立てている。
 あのソフトは信一郎が小遣いをためて買たものだから、信一郎のものだ。ねだられても彰二にまだ貸したくないと思た。
 だけど、両親が祖父に怒られるようなことなのだろうか。少しくらい貸してやれと、信一郎が叱りつけられてもいいことではないのだろうか。
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