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犯人はお前だ!
「この中に犯人がいる!」
二時間ドラマの事件解決シー
ンよろしく、探偵がびしっとポーズを決めて放ったその言葉に、一堂に会した面々の表情が凍りついた。
――こいつに事件が解けたっていうのか?
刑事は懐疑的にならざるをえなかった。こいつは俺が知っている限り、もっともへっぽこな探偵だ。
事件の概要はこうだ。
一月×日。寒波に襲われ日本列島全体が震え上がっていたその日の昼過ぎ。休日の昼間だというのに人気のほとんどないシャッター商店街の一角、老舗の大福屋の前で、一人のOLが頭から血を流して倒れていた。
第一発見者は、もうすぐ還暦を迎える大福屋の店主。
被害者は命に別状はなかったものの、財布を盗まれていた。警察ではゆきずりの強盗傷害事件として犯人の捜査に当たっていたのだが。
「は、犯人って?」
怯えたように声を上げた大福屋の店主に、「もちろん被害者を殴った犯人です」と探偵は難しい顔で頷き返した。大福屋の主人は不自然なくらいに挙動不審だった。
「この中の誰かが私を殴ったって言うの!?」
ヒステリックな声を上げたのは被害者のOLだ。額の大きな絆創膏が痛々しい。まだ二十五歳だというのに必要以上に化粧が濃くて香水がきつく、近寄りたくないタイプの女だった。ここ、商店街のはずれにある新しいケーキ店の甘い匂いとはあまりに相性が悪い。
そのケーキ店の店主である若きパティシエも目を丸くしていた。少し天然な性格で、おっとりした好青年だった。事件の第二発見者でもある。
「この中に犯人が?」
暖房のきいた屋内だというのにくたびれたコートを着込んだ探偵に、再び全員の視線が向けられた。2 / 5
「この中に犯人がいる!」
下手したらホームレスの一歩手前みたいな――いまどき金田一耕助じゃあるまいし――小汚いその探偵に、はじめから嫌悪感しかなかった。商店街の近くに事務所をかまえ、事件をききつけて勝手に首を突っ込んできた。
自分は思い出す。いつものとおり、自分の大福屋は閑古鳥が鳴いていた。大福を並べたって売れやしない。いっそ店を畳んだ方がいいんじゃないかなんて何度考えたかわからない悩みをぐるぐる考えていたときだった。
店の前に、若い女性が倒れているのに気がついた。
いつからそこで倒れていたのかはわからなかった。気がついたら女性は倒れていて、慌てて店の外に出たが、怪しい人物を含め、商店街にはあいかわらず人はいなかった。
「は、犯人って?」
探偵の言葉に、つい返してしまった。探偵は少し怪訝な表情を浮かべたが、「もちろん被害者を殴った犯人です」と答え、そうだ、そりゃそうだ、とほっとした。
――魔が差したのだ。
倒れたOLさんの足元に、バッグが転がっていた。ヴィトンの財布が覗いていた。脳裏に今月の家賃のことが浮かんだ。
色々と、ぎりぎりだったのだ。
ほとぼりが冷めたころにこっそりお金を戻して財布を返そうと思っていたのだが。
犯人が見つかったとなったら、自分はどうしたらいいだろうか?
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「この中に犯人がいる!」
探偵のその言葉に、でっぷりとお腹がでていて頭が荒野のように禿げ上がっている典型的な中年オヤジである大福屋の店主が声を上げた。
「は、犯人って?」
――バカじゃないの?
内心、鼻で笑った。そんなの、考えるまでもないじゃない。
探偵もOLと同じように考えたようだ。ボサボサの整えるという概念すらもたなそうなふっとい眉毛をきゅっと寄せ、大福屋の店主に冷たい視線を向ける。
「もちろん被害者を殴った犯人です」
そう、私を――殴った犯人?
「この中の誰かが私を殴ったって言うの!?」
大福屋の店主を笑えない。私も反射的に声を上げてしまった。
この中の誰かが私を殴ったって? あは、笑える。
人気がないし気味が悪いシャッター商店街。本当は極力通りたくなんかないんだけど、その通りは私の住むマンションへの近道だった。
夜から合コンがあって、友だちと作戦会議やろうなんて約束してて。駅へ向かったのはいいけど携帯電話を忘れたことに気づいてさ、走って来た道を引き返して――
大福屋の前で、転んだんだ。
あんなに派手に転んだのは生まれてこの方二十五年、ちょっと初めてだね。すってーんって文字が見えるような転び方しちゃった。頭打って、目の前に星が散って、意識が遠くなった瞬間、あ、これ死んだかもって思った。
――で、目を覚ましたら病院で。
超絶好みのイケメンが枕元にいたわけよ。そこにいる刑事さん。三十一歳、独身だってことはリサーチ済み。
すっ転んだ自分に感謝したね。合コン行けなくてよかった! って神に感謝したね。
でさ、目覚めてすぐにテンションスーパーハイになっちゃったわけじゃん? ついつい言っちゃったわけよ。
――誰かに殴られたんです。
顔も良くて頭もいい刑事さんが色々調べてくれて、その間に私たちは恋に落ちて、事件は結局私の勘違いでした、でも恋に落ちたのは本当の事件です、みたいな展開を期待してたのに。
何やってくれてるんだ、この空気読めない探偵は!
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「この中に犯人がいる!」
……うわ、俺、超決まってない?
金田一少年の事件簿や名探偵コナンを見て育ってきた。「じっちゃんの名にかけて!」「犯人はお前だ!」みたいな名台詞、ずっと言ってみたかったんだよね。ちゃんと決めポーズも考えて、鏡の前で何度も練習してきた甲斐があったというもの。
「は、犯人って?」
大福屋の店主がなぜか震えていた。怪しい。
「もちろん被害者を殴った犯人です」
だが、店主を疑っているようなそぶりを見せてはいけない。ここはクールに、さらりと答える。
「この中の誰かが私を殴ったって言うの!?」
被害者のOLが目を丸くする。少々香水の匂いが強いが、ヒロインとしては申し分のない若くて綺麗ないまどきの女性だった。彼女はきっと俺の活躍を見て、事件解決後には俺を見て頬をピンク色に染めることだろう。
「この中に犯人が?」
と、続いて目を丸くしたのはパティシエの青年だった。彼はもっとも怪しい。気が動転した大福屋の店主の代わりに警察に通報するなど、意外と冷静な一面も持っている好青年。ヒロインとなるべくOLの彼女が彼に興味がなさそうなのが不思議なくらいだ。こういうそこにいるだけで爽やかな風が吹くみたいな好人物はできるだけ視界から排除したかった。できれば彼が犯人であればいいのだが。
集まった全員の視線が向けられる。さて、と俺は考える。
――この中の、誰が犯人なんだろう?
今朝、俺の携帯電話に届いたメッセージ。
『みなさんに話したいことがあるので、明日の午後七時半に【アンサンブル】にお集まりください。 探偵より』
【アンサンブル】というのはこの店の名前である。
まぁ、誰かが事件関係者全員を集めたということは、二時間ドラマのお約束として、ここに犯人がいるというのは確定なわけで。
これから繰り広げられる会話の中で、じっくり犯人を探そうじゃないか。
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「この中に犯人がいる!」
全員が揃ったのを見て工房から出てきた僕は、探偵のその台詞に足を止めた。
「は、犯人って?」
大福屋の店主は声を震わせた。おじさんがあんなに怯えなくてもいいのに。
「この中の誰かが私を殴ったって言うの!?」
声を上げた彼女に同情してしまう。殴られたらそりゃ怖かっただろう。
……と、そこで気がつく。
「この中に犯人が?」
自分が用意した場が、まさかの推理ショーの場になってしまうなんて。
あぁ、もしかして、探偵さんの名前を騙ってメールを出したのがいけなかったんだろうか。でも、自分がメールを送るより、探偵さんの名前で送った方がみんな来てくれるかなと思ったんだ。
小さな商店街で起こった傷害事件。僕はそれに胸を痛めていた。なんだが様子がおかしい大福屋の店主、事件のことが気になるのか捜査を続ける刑事のもとに足しげく通うOL、その二人をストーカーのようにつけて回る探偵。
なんだかみんな少しおかしくて。ここはケーキでもごちそうして親睦を深めたらいいんじゃないかと思っただけなのに。
みなと同じように、探偵さんを見た。
用意してある紅茶とショートケーキ、いつ出せばいいんだろう。