てきすとぽい
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第14回 てきすとぽい杯〈オン&オフ同時開催〉
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寄り道
(
塩中 吉里
)
投稿時刻 : 2014.02.08 19:02
最終更新 : 2014.02.08 19:13
字数 : 2297
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2014/02/08 19:13:04
-
2014/02/08 19:02:35
寄り道
塩中 吉里
会社を出るときは必ずタイムカー
ドを切る。最寄り駅まで歩くのにかかる時間も、下り電車がや
っ
てくる時間も、把握している。
だから腕時計を見ずとも、帰りの途上で今が何時なのか分かる。あの時間に会社を出たのだから、このドラ
ッ
グストアの前を通るときは、九時十五分を少し過ぎた頃だろう、とい
っ
た具合だ。普段なら、帰宅中の現在時刻など、あまり気にしない。最寄りのスー
パー
の閉店時間? それは自炊を行う者だけが気にしていればいい。どうせ夜食は二十四時間営業のコンビニエンスストアで買うのだし。
私が、寒風吹きすさぶ中、わざわざ足を止め、手袋とコー
トの隙間に埋ま
っ
ていた腕時計を、そでをまく
っ
てまで見直したのは、繁華街に軒を並べているくだんのドラ
ッ
グストアを通り過ぎたところで、少し意識に引
っ
かかる看板を見かけたからだ。
お食事処。
どんぐり亭。
午後九時から十時。
左矢印。
看板には、そう書いてある。矢印の先を見ると、民家と見まごうような、背の低い平屋の一軒家が、両隣のドラ
ッ
グストアと雑居ビルに押しつぶされるような格好で建
っ
ている。入り口は木の引き戸のようで、幅が狭く、それがまた民家らしさを助長している。だがそんな見た目の情報はわりとどうでもいいことで、私の気を引いたのは、一時間しかない営業時間の短さと、常日頃から通勤路として使用していた経路にこのような店があ
っ
たのかという、純粋な驚きの二つだ
っ
たのだ。
手首が冷たか
っ
た。
腕が冷えることと引き換えに、腕時計は正確な時間を教えてくれた。九時十七分。
寒い。
辺りには良い匂いがただよ
っ
ている。
肉じ
ゃ
がに似ている。
寒いな。
十七分なら、まだ大丈夫そうだ。
大丈夫そうだ
っ
て、なにが?
寒さは思考を断片化させる。ぼんやりした自分自身に問いを投げかけて、ようやく私は、この良い匂いの出所と思われるどんぐり亭に入ろうとしているおのれを自覚した。
引き戸には擦りガラスが入
っ
ており、中の、明るいだいだいの色味が強い光を透かし見せている。
私は手袋も脱がずに戸を引き開けた。
途端に、中からふきだした、む
っ
とする熱気が顔に当たる。店の中は外観の通りに狭く、手前がカウンター
席で、客は三人いて、私はほんの少し安堵して、後ろ手に戸を閉めた。
カウンター
の内側には店員が二人いた。あたたかな湯気の出どころは、しかしカウンター
の中ではなか
っ
た。カウンター
の奥にカー
テンが引かれており、その向こうから、熱気はふきだしてくるようだ。火を扱うときは、奥の厨房に引
っ
込むのだろうか。一通り店内を見渡して、私の目は二人の店員のところに戻
っ
てきた。
そういえばいら
っ
し
ゃ
いませの一言もかけられていない。
そういう、店なのだろうか。
そのとき、とんとん、という音がした。音はカウンター
席の一番奥から聞こえてきた。客の一人が、指でカウンター
を叩いていた。
「いら
っ
し
ゃ
いませ」
「いら
っ
し
ゃ
いませ」
指が合図だ
っ
たのだと言われても信じてしまいそうだ
っ
た。突然、私のほうに向き直り、声をそろえて挨拶をしてきた店員に、少し辟易する。
あの、食事を。
「メニ
ュ
ー
はこちらになります」右の店員が言う。
では、その。カレー
ライスを。
「かしこまりました」左の店員が言う。
心にもないことを言
っ
てしま
っ
た、と思
っ
た。カレー
など食べたくなか
っ
た。だが、早くこの店から出たか
っ
た。カレー
ならば作り置きをしているだろう、すぐに食事が出てくるだろう、という打算の結果の注文だ
っ
た。
「カレー
ライス!」左の店員が、奥の厨房に声をかける。奥にも誰かがいるらしい。
カウンター
席の、空いている席は二つで、私は入り口に一番近い席を選んだ。
他の客は、肉じ
ゃ
がみたいなものを、たぶん肉じ
ゃ
がなのだろうが、その肉じ
ゃ
がをぼそぼそと口に運んでいた。ときおり、カウンター
を指でとんとんと鳴らす客がいる。その意図は分からなか
っ
た。店員は、反応することもあれば、無視することもあ
っ
た。
しばらく私はおとなしく待
っ
ていた。
気づまりな空気の中、カレー
が出来上がるのを待
っ
ていた。
いつの間にか、腕時計は九時五十五分を指していた。もう閉店時間も近いというのに、カウンター
の中にいる店員は、奥の厨房を急かす様子もなく、ただ突
っ
立
っ
ている。
いつの間にか、他の客は、みな出されていた皿を空にしていた。だというのに誰も帰らない。ただ、思い出したかのように、指でカウンター
を叩くだけだ。
あの。
私が声を出したのは、いよいよ九時五十九分を回
っ
たときだ
っ
た。
もう帰ります。
そう言
っ
て、席を立
っ
た。
カウンター
に背中を向け、引き戸に手をかける。だが開かない。腕時計の針は十時を回
っ
ていた。営業時間は終
っ
た。終わ
っ
てしま
っ
た。
とんとん、と音がした。
とんとん。
とんとん。
振り返ると、二人の店員が、三人の客が、みなが私を見ていた。みながカウンター
を指で叩いていた。
だんだんと音がそろ
っ
てくる。奥の厨房を間仕切りしているカー
テンがゆらめいた。
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