猫と熊と宇宙とそれ以外
成葉屋(なるはや)は悩んでいた。問題は猫なのだ。だが、猫ではないかもしれない。確実に犬ではないし、おそらく魚類のたぐいでもないのであろうが自信はない。最近は甲殻類も仕入れづらくな
ってきたから、とりあえずは熊で代用していたのだが、どうもそれが実は猫だという噂が立っているらしいのだ。どうせ都市伝説のたぐいだろうと高をくくっていたのだけれども、どうも気になって仕方がない。気になって仕方がないから熊が実際猫に見えてくる。猫熊だ。熊猫だ。因みにどっちも同じ意味で、白黒の猫の体で顔が人間、子供の自分から聡明で一を言えば十を覚え神童と評されていたものの都会で挫折を味わい田舎に帰ってきたが昔の彼を知っていたものは誰もおらず、自分があまりにも長い時間都会で過ごしていたことに気付いて絶望のあまり都会人から渡された箱を開けてみるともうもうと煙が立ち込め老人の姿に変わったとかかわらなかったとか。今はそんなことより猫が問題なのだ。問題の猫なのだ。膃肭臍ではないし、やはり犬ではありえない。奇天烈なうわさ話などに惑わされてなるものかと両の目でじぃっと熊を見やるのだが、やはり熊だ。毛深くて耳が二つあって目も三つあるし、八本の足でカシャカシャと音を立てながら元気に這いずりまわっている。間違いなく熊だ。猫ではない。そもそも熊を猫と見違える方が気がしれぬ。それこそオロブランコとスウィーティを間違えるようなものだ。常識的に考えてあり得ないではないか。そうだ常識で物事を考えてみよう。我思う故に我ありから出発して、途中で休憩したりもして、シュレディンガーの方程式にたどり着くのだ。そうやっと辿り着いた。長かったぜ。これで猫の生死も確かめられるってもんよ。そんなわけあって「あした天気になぁれ」ってな調子でシュレディンガー方程式をぶん投げてやる。けれども波動関数がうまく機能しなかったようでどうにも結果が読めない。生と死が重なりあって曖昧だ。観測できない。こりゃ乱視のせいだな。よく見てみりゃさっきから世界が重なって見えやがる。コイツはいけませんね。どうもだめそうだね。我思ったところで我が何人もいるんじゃどうしようもないって話だよ。やり直しだ。
成葉屋(なる早)は悩んでいた。問題は猫なのだが、なるべく早くと言われても肝心の時間が足りない。あっちこっちに寄り道したせいではあるのだが悪気があったわけではない。無邪気というやつである。そして目の前の熊/猫/熊/猫も無邪気に欠伸をしている。問題の猫である。先ほどよりもより一層よりにもよって不確かさがましたような気もするがきっと気のせいであろう。少なくとも蟹でも海月でも無ければ、驢馬でもない。考える葦であるはずもない。当然のことながら。いざその正体を確かめんと、とりあえず熊/猫/熊/猫のフタ部分の熊を取り外してみると中には小ぶりな猫/熊/猫/熊/猫が入っておりまして、またその頭の猫を外してみますとまたもや更に小さな熊/猫/熊/猫/熊/猫が入っており(略)熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫/熊/猫が入っておりましたわけで、此処に至るまでだいぶ道のりを歩いてきたような気がするけれども、果たして此処に至るまでに何回の操作を必要としたかを答えよ(一五点、サービス問題)。まあ、辿り着いたのは極小の世界というわけでこれがプランク長か感心しながら眺めている場合でもないのだ。スーパーなストリングだかDのブレーンだか知らんが、問題は猫なのだ。ノラや、ノラやと呼んでみても出てこない。きっと重力の井戸に落ちて死んだのだ。やり直しだ。
成葉屋(ナルハヤ)は悩んでいた。問題はやはり猫で熊/猫/(略)/猫/熊だったか猫/熊/(略)/熊/猫だったかは忘れたが、タクティカルギアでもなければレールキャノンでもない。強いて言えばプラグマティズムに近いような気もするが。やはり猫なのだ。ではその猫とは何者なのか述べよ(五点)。と言われてもてんで検討がつかない。点でわからぬのだからやはりまるでわからぬ。もちろん球でも分からぬが、ハイパーキューブまで拡張してみればわかるであろうか。しかしそんな暇はないのだ。マトリョーシカと言われているのだから。ご存じない方も多いかと思うがマトリョーシカとはなるべく急ぎでという意味だ。マトリョーシカ。マトリョーシカ。だめだ。やはり、やり直し。
成葉屋(NARUHAYA)は悩んでいたんだと思う。思い返せば良い人生だった。走馬灯のように思い出が駆け巡る。そう、あれは桜舞い散る季節でしたね。桜色の猫を追いかけて、桜色のあなたと出会いました。熊子。今あなたはどこにいらっしゃるのでしょう。知るか!やり直し。
成葉屋(Tachypleus tridentatus)は悩むことをやめた。
成葉屋(من عجل ندم)はやめた。
成葉屋( )はやがて芽をだす。成長し、大樹になった彼は綺麗な桜色の花を咲かす。秋には猫がなり、熊がそれを食べる。もちろん葉は多く生い茂っている。もうやり直しは効かない。引き返せないところまで来てしまったのだ。だが朗報がある。まだこれは終わりではない。猫はこれからもなりつづけ、熊は食い続けるが、時には猫が熊を食うことだってあるんだ。やり直しが効かなければ、いつでも新しく始められる。こちらには猫と熊があるんだ。宇宙なんていくつでも作れるさ。