2014年4月22日の物語
 1  2  3 «〔 作品4 〕» 5 
あなたはそこに立っている
投稿時刻 : 2014.04.23 12:52
字数 : 1396
5
投票しない
あなたはそこに立っている
ながつきゆうこ


 あなたはそこに立ている。
 目の前には水平線がどこまでも伸びていく。海は穏やかで波頭もなく、ただ陽光を受けてきらきらと不規則な光を投げる。
 視線を下せばレールを縁取る水仙が、過ぎていく季節を告げる。
 潮風で古びたコンクリートのホームにあなたは立ている。同じ潮風があなたの長い髪をさらう。泳ぐ髪をあなたは右手で抑えるだろうか。
 やがて、駅舎に似つかわしい電車がゆくりとホームに滑てくる。
 あなたは半自動のそのドアを慣れた手つきで開けるだろう。ボクス席を見渡して、どちに座る?海側か山側か。電車と並行してますぐに伸びていく海よりも、あなたは自宅を臨む山側に腰を下ろすかもしれない。
 電車はやがて海と別れを告げる。右に右に、海岸線をそれていけば、新幹線のある駅に到着する。
 あなたはその小さな売店で、草だんごのキラクターのキーホルダーをお土産に買うかもしれない。そういうご当地キラを私が好きだて知ているから。
 新幹線のホームには鴉が紛れ込んでいて「かーかー!」と一鳴き、あなたはちと驚くかも。人なれしている鴉の図々しさに呆れながらも微笑んで、あなたは新幹線に乗り込むだろう。
 新幹線が走り出す。あなたはぼんやり外を眺めるだろうか。この季節の窓の外は、まだ雪残る街並みに桜がもう散り始めている。遠くの山はまだしかりと雪化粧して、線路のすぐ横のスキー場にも雪は残る。
 あなたは今年の関東の大雪を笑うだろうか。今雪残る街並みほどの量で、こちは右往左往してしまうんだから。
 喉が渇いたあなたは売り子さんを呼び止めて、お茶を買うかもしれない。ペトボトルには村上産と書いてあて、村上のお茶のペトボトルは関東では買えないからあなたは私の分まで買ておいてくれるかな。
 いくつもトンネルを越えれば耳がふさがて、あなたはもう一度お茶を口にする。トンネルを抜けるたび、お茶を飲むたび、山や木々が建物に変わていく。高木はやがてビルになり、目的地までもう少し。ごみごみと雑然としたビル群をすり抜けるように、新幹線は終点にたどり着く。
 もうこの辺りは花の季節が終わりを告げて、新緑が緑を深め始めている。新幹線のドアが開けば、空気の暖かさに驚くかもしれない。
 指定席券と乗車券と特急券はまとめて改札に入れられるよ。だけど乗車券は忘れずにね。東京23区内で使えるんだよ。
 あなたは乗車券だけを持て、改札を抜けるだろう。私は東京ばな奈のお店の前で、そんなあなたを待ている。
 「久しぶり」と、そう言てほほ笑んでくれるだろうか。
 2014年4月22日。
 けれど、あなたはそこにいない。
 あなたは指定席券と乗車券と特急券を持ていない。山並みがビル群へと変わりゆく景色を見ていない。お茶のペトボトルを買うこともない。雪残るスキー場を眺めることも散りゆく桜を寂しく思うことも、海岸線をそれていく電車にもいない。
 あなたはそこに立ていない。
 潮風で古びたコンクリートのホームにあなたは立ていない。同じ潮風があなたの長い髪をさらうことはない。あなたは陽光輝くあの海を、ホームでもう眺めない。
 あなたは。
 交通機関を使わずに、そしてどんな交通機関でもたどり着けない場所に一人でいてしまたから。
 だから私も、東京駅にいない。東京ばな奈のお店の前であなたを待ていない。
 2014年4月22日。
 私は、空を見上げながら、ここであなたを思ている。
 
 
 
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない