【BNSK】月末品評会 inてきすとぽい season 2
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天気雨 ◆m03zzdT6fs
投稿時刻 : 2014.04.30 23:13
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天気雨 ◆m03zzdT6fs
ほげおちゃん


 ざ
 ざ
 雨音が聞こえる。ゆくりと、空を見上げる。中天高く上がているはずの太陽は、分厚い雲に覆われて見えはしない。
「ひどい、雨だ」
 小さく呟いた。しばらく、窓からその天気を見ていたが、やがて後から従者が声を掛けてくる。王が、私を呼んでいるらしい。勅命だ。
 この国は西方の蛮族と敵対している。そして先日、西の国境の街が襲われ、虐殺と掠奪の限りを尽くされたのだ。兵力は一万ほどだそうだが、おそらく出征軍の編成に関することなのだろう。
 一刻も経たないうちに、王宮の評定の間へと向かう。馬を厩舎につなぎ、王宮に入るときに、近衛兵へ佩刀を渡そうとすると、緊張した面持ちで直立され、案内される。
 評定の間へ到着すると、近衛兵が中へ、大声で到着を告げる。
「将軍殿が、到着いたしました、陛下」
「うむ、良きかな。入れ」
「失礼いたします」
 一声かけて、両手の拳を胸の前で合わせながら、評定の間へと入る。中には、十数人ばかりの大臣が居並んでいた。その最も奥、一段高くなた玉座に座る、優しげな男性のほうへ拝礼すると、膝行でその前まで進み出る。
「不肖の身ながら、臣、参上仕りました、陛下」
「畏まるでないぞ、将軍。直答を許す」
「恐悦至極に」
 王に近侍する側近へと小声で言葉を伝えるが、それを遮るように王より、直答の許しを賜た。
 とてもおおらかなで、公平な王だと、人々は言う。先王より継いだこの国を立て直すために、新たな税制を導入し、戸籍を整理し、法を再編し、人民から優秀な吏官を取り立てることで、先王亡き後の国土を整備したのである。
 先王は戦一筋の武王であり、その在位数十年の間で、この国を大陸最強の国家へと変貌させたが、国庫は逼迫し、人民は疲弊していた。今の王は、戦こそ下手ではあるが、急速に拡大した国家をしかりと纏め上げるという意味では、紛れもない名君だた。
「そなたの父と余の父は、義兄弟と呼んで、違わぬものだたと父より聞いた。ならば、そなたと余は義理の従兄弟じ。無論、君臣の心得を忘るる訳には行かぬが、余はそう思ておる」
 王は、そう言た。
 私の父は、かつて先王と共に戦場を駆け巡た、稀代の武人だたという。晩年は病を得たため、私が軍に入たときには南方の副都を護る太守をしていたが、その号令は子である私でも、思わず背筋を伸ばしてしまうほどの威厳を含んでいた。
 その父も、先年亡くなり、旗下の軍は今、私の下にいた。実戦経験は少なかたが、将軍にも上げられた。それを、血筋のお陰と嗤う者もいたが、気にはしなかた。
 軍功が無いのだ。仕方がない。軍功を上げれば、やがてその声も聞こえなくなる。
「そなたはまだ、若い。だが、才覚はそなたの父も認めておた。実戦経験が少ないと馬鹿にするものもおるが、そなたの軍はわが国でも最強の軍であると知ておる。しかり励め、そして余を助けてくれ」
「必ず、必ずや。勿体ないお言葉でございます、陛下。この身を、陛下に捧げられることを、無上の幸福と思います」
 私はそう言た。紛れもない本心だ。こうして実際に話すと、この王は、目の前の人間の心をしかりと掴む力に長けている。それは、国家の長としては素晴らしいことに、疑う余地はなかた。
「宰相殿が、到着いたしました、陛下」
「良いぞ、入れ」
「失礼いたします、陛下」
 近衛兵がまた、到着を告げる。しばらくすると、どす、どすと足音が響く。そして、私の隣に、その影がやてきて、立たまままま声を発した。
「参上仕た、陛下。西方の蛮族が攻めてきているそうだな」
「うむ。此度の出征の編成、意見を聞きたくてな、叔父上」
 王に対し、何たる無礼な物言いだろうか。そう声を出しそうになたが、ぐと堪える。
 この王に対して偉そうにしている男は、この国の宰相で、王の叔父だた。先王の妹君を娶り、外戚となた人物で、王の推し進める改革を支えた名宰相、といわれている。
 だが、私はこの男が嫌いだた。父も、嫌いだと言ていた。どこか、不気味と言うか、裏でさまざまな暗躍をしているという噂を聞くほど、黒い噂が絶えないのだ。
 一国の宰相に、そんなことを考えることこそ無礼だとは思うが、やはり嫌いという感情はどうしようもなかた。
「蛮族どもの兵力から鑑みるに、そう多くの兵は要るまい。ちうど将軍もいる事だ。将軍の旗下軍でいいのではないだろうか?」
 いきなり呼ばれ、一瞬体を震わせ、驚いた。もともと、戦に関してはこの宰相は倦厭しているところがある。父と宰相は犬猿の仲だたと聞くし、当然私の事も、よく思ていないだろう。
 にもかかわらず、私を指名してきたのには、何か考えがあるのだろうか。思わず勘ぐてしまう。
「ふむ。将軍、どうじ? そなたの旗下は確か、五千の騎馬軍だたと思うが」
「打ち払て見せましう、陛下。しかし、国境の大河より十里後方に、守衛軍を配置していただければ、と思います。幾分、兵力は倍でありますので、別働隊に後背を衝かれることは避けねばなりません」
 王に、奏上をした。奏上と言うほどでもないだろうが、私にとてははじめての奏上だた。父も、こんな気持ちだたのだろうか、とふと考える。
「では、その役目は私が請け負おう。西の街の復興にすぐ駆けつけなければならぬ。幸い、わが旗下軍は精強な弓箭兵だ。守衛の役目は果たせるだろう」
 宰相自ら出る、と言うのはいくらか意外ではあたが、旗下軍の錬度はこの国でも有数と言う話は聞いていた。まだ、なんともいえない不安感は拭えないが、断るわけには行かない。それに断たところで、これ以上の適任はいないだろう。
「では、私は即座に出立いたします。凱旋をお待ちください、陛下」
「うむ、楽しみに待ておるぞ、将軍」
「宰相閣下も、守衛のお役目をよろしくお願いいたします」
「任せろ、将軍。この国土を蹂躙するのは、許せぬ。やつらには勿体ない土地だ」
 二人にしかりとした拝礼をすると、膝行のまま下がり、評定の間を後にした。それから一刻後、旗下を参集し、西の国境へと向かた。
 雨は、まだ止まない。
 三日の後、国境の大河を越えた先で、蛮族と対峙していた。
 この季節、大河は雨水を集め、急流になる。だから、橋の無い場所を渡ることは極めて難しい。
 にもかかわらず、あえて背水の陣と言う状況で布陣した。この戦いに、自分の全てを賭ける。そのつもりだた。旗下は私の覚悟を、感じ取てくれているようだた。闘気に満ちているのを、肌で感じている。
「副官、二千騎を率い、左翼へ展開してくれ。敵の右翼の騎馬が回り込もうとしている。抑えこむだけでいい」
「畏まりました、若殿」
「二千騎は私と共に来い。将校、残りの千騎を率い、私の二千騎の後背へ付け。二千で向こうの弓箭兵に無駄撃ちさせ、敵左翼の騎馬をいなす。その後、左右に分かれ反転をする。真ん中を突切り、敵に突込め。断ち割ることを目標にしろ。被害を出す必要はない」
「了解しました」
 指示を出す。のどが、からからに渇いていた。緊張で、心臓が早鐘を打ている。騎馬五千の前方、およそ半里ほどに、敵軍の姿が見える。一万、と聞いていたが、幾分か数が多い気がする。二万弱、と言たところか。
……それでも、負けるわけには行かない」
 王の期待に応えるため、そして私自身がしかりとした軍功を上げるため、ここは後方の宰相軍の一万をあてには出来ない。
 旗下軍のみで、敵を打ち破ることでようやく、将軍として認められる。そう思ていた。
「行くぞ」
 短くそういうと、乗馬している自分の愛馬の背を、少し腿で締め付けた。一度だけ、力強く嘶くと、愛馬はかけ始める。頬を、風が打ち始める。
 数日に渡て降た雨は、今はほとんど無い。地面はぬかるんではいなかたが、やや滑りやすくはなている。歩兵なら、苦労しただろう。
 腰に佩いた剣を、抜いた。敵が近づいてくる。ぱらぱら、と矢が射かけられてきた。まだ、届きはしない。
「まだだ、まだ行くぞ」
 それを気にせず、馬を駆けさせる。疾駆させるにはまだ早いから、速駈け程度だ。距離が、四半里を切た。最前の、槍を構えた蛮族の顔が、判別できるくらいまで、突込む。
「左右に分かれ、反転」
 ここ、というところで、命令を出す。そして、一気に馬首を返した。命令を出すのと、敵軍から弓弦の風を切る音が聞こえるのは、ほとんど同時だた。
 敵の第一射は、ことごとく反転を開始する味方騎馬軍の手前に落ちる。被害は、無い。
 二度目の射撃音が聞こえた。後方で、何騎かが射落とされた気配はある。それは、考えないようにした。
「合流、我が旗の下へ集まれ」
 号令を出す。父ほどの声は出ない。だが、兵たちは命令を聞いてくれている。敵軍のほうを見た。将校に任せた千騎が、敵陣を断ち割ている。ただ、断ち割ているだけだ。被害は与えることは難しいだろう。
「駈けろ、今が疾駆する機だ。断ち割た敵陣が再建されるまでに、横腹に喰らい付く」
 剣を振り上げる。愛馬に、腿の締め付けだけで意志を伝えた。髪が、後に靡く。泥の匂いが、鼻腔をくすぐる。
「突込むぞ」
 声を掛けたが、届きはしなかただろう。ただ、その命令どおり、後方に旗下の騎馬軍が付いてきていることは、しかりと分かた。腿を締め付け、疾駆させる。風を切る音がした。
 敵左翼の騎馬が、こちらに気づいた。千騎ほどがこちらに向かてくる。ぶつかた。敵を一騎、二騎、斬りおとした。後続も、それに続いている。
 騎馬の錬度は、こちらのほうが上だた。被害は少ないだろう。指揮官を失ただろう敵の騎馬は、まとまりを欠いていた。それは、もう無視する。
 将校に任せた千騎の後方に、歩兵がまとわりついている。このままだと、被害が大きくなりそうだ。そんなことを考えながら、二千騎で敵陣の横へと突込んだ。敵陣が、大きく揺らいだ。
 突破した将校の千騎が、反転して突込んでくる。それで、また敵が乱れた。
「二手に分かれろ、将校の千騎に合流して、反転。もう一度断ち割れ」
「は
 傍にいた、士官の一人に命令を出す。すぐに、千騎を率いて将校に合流した。それが、また二手に分かれる。十字に、陣を断ち割るつもりのようだ。陣の全体が、大きく揺らいだ。
 すと、目を細める。敵陣を断ち割りながら、大きく俯瞰するように、見回した。
……あそこか」
 見えた。この混乱する陣の中で一箇所だけ、混乱が少ない部分。従者に、旗を掲げさせた。そして、旗を大きく、その方向へと向ける。
 私は、また愛馬の腿を締め付けた。ぐ、と首を沈み込ませ、愛馬が疾駆を始める。途中、遮ろうとした蛮族を一人、二人、斬た。
 剣を、振り上げる。二手に分かれていた、将校の二千騎が、一直線に私の命令どおり、突込んでいる。
 副官に預けた二千は、敵右翼の騎馬を翻弄していた。その内、五百ほどが別れ、こちらへと合流してきている。
「行け、突込め」
 腹のそこから、吼える。こんなに大声を出したことは、無かた。見える。一際、大きな具足を纏た、蛮族。副官のいる右翼方向に、指示を出していた。
 その顔が、こちらへ向く。兜の隙間から、目が合た。驚愕で、目が見開かれている。馳せ違た。剣をしたから、斬り上げる。首が飛んだ。
 敵が算を乱し始めた。誰かが指揮権を引き継ぐ様子はない。あるいは、副官が既に死んでいるのかもしれない。
「追い討て、国境より一里まで。それ以上は深追いをするな」
 号令を出した。後から合流してきた五百以外を、追撃に出すと、敵の騎馬軍が残していた騎馬を集める。武器も、集めた。
「大勝利であります、若殿。いえ、もう殿と呼ぶべきでしうな」
「兵たちが良く戦てくれた。お前も、将校も」
「胸の透くような指揮でありました。大殿ほどの勇猛さは感じませんが、実に緻密、慎重で、しかし臆病ではなく、機は逃されませんでした」
 お世辞かと思たが、副官は本気で言ているようだ。まだ、私など父には及ばない。そう言おうと思たが、今は素直に受け取ろう。そう思た。
 追撃隊から報告が来た。討ち取た数、およそ四千。捕虜は二千。鹵獲した騎馬千頭、武器は数え切れないほど。こちらの被害はおよそ七百。紛れもない、大勝利だた。
「凱旋する。陛下もお喜びになるだろう」
 捕虜がいるため、一度旗下を再編した。捕虜護送と鹵獲品輸送の指示を将校へ伝え、半日して副官と輸送の兵を残し、五百を率いて帰還を決定した。
 まずは、宰相に礼を言わなければならない。必要なかたかもしれないとはいえ、後方に一万の兵がいるというのは、相手にとて不気味だたに違いない。
 国境の大河にて、迎えるとの伝令がきた。大河に掛かる橋が崩れたらしく、浅瀬を渡るように、とのことだた。
「橋が崩れるとは、また難儀なことですな」
「全くだ」
 少し方向を変え、山間から開けた場所にある、浅瀬へと向かう。
 間道を抜け、浅瀬までやてきた。穏やかな光を湛えた浅瀬は、緩やかな流れを見せている。
 少し、違和感を抱いた。その違和感が何か、考える前に前へと進む。ぱしり、ぱしりと、水面で魚が跳ねた。
「妙ですな」
「何がだ?」
 副官がふと、呟いた。
「この季節にしては、河の水が少ない。それも、あれだけの大雨が、数日降たあとにも関わらず」
 言われて見ると、確かにおかしい。記憶違いで無ければ、行きに河を渡たときは、橋の下を濁流が流れていたはずだ。一日二日で、収まるような様子ではなかた。
「駈けるぞ」
 嫌な予感がした。まだ、河の半ばだ。岸まで、まだ距離がある。この嫌な予感には従うべきだ。そう思て、号令を出した瞬間だた。
 轟音が聞こえた。音のほうを見る。山間の谷の、更に奥のほうからだた。しかし、なにも起こらない。馬が駈け始めた。岸まであと、三十完歩も無い。
 耳鳴りのような音が、僅かに聞こえた。足元を見る。水位が、少し上がている気がする。もう一度、谷のほうを見た。あと、二十完歩。
 押し寄せてくる、濁流が見えた。あと、十完歩。
 いきなり体に、衝撃が走る。空が見える。空を飛んでいるのだろうか。雲ひとつ無い、いい天気だと、思た。そして、叩きつけられる。
 地面か、水面かも分からない。感覚が、ほとんど麻痺していた。
 僅かに意識が、暗転する。だが、すぐに取り戻した。いや、もしかすると、すぐではなかたのかもしれない。ただ、なんとなくそう感じただけだ。
「全く、忌々しいほど頑丈な体をしておるな、将軍。流石はあの男の息子か。しかし、部下は皆、死んだぞ。お前もそのまま死んでいればよかたのだがな」
 声が聞こえた。誰の声だ、と思た。頭を動かす。宰相だ。なぜ、と思た。意味は大して、なかた。分かたところで、何か言うことも、何か出来るわけでもない。
 酷く、体が重い。力が入らない。右腕を見た、あらぬ方向へと曲がている。仕方がないので、左腕で体を支え、後を見た。幾人の死体と、馬の死体が倒れていた。だが、数はほとんどない。流されたのだろうか。考える力も、ほとんどなかた。
「いずれ私がこの国を奪うとき、お前は邪魔になる。それに、私はお前の父親が嫌いだたが、お前も嫌いなのだ。だから、死ね」
 そんな声が聞こえた。この国を、奪う。そんなことを言ている。叛乱ではないか。王に、伝えなければ。
「副官、早馬で王都に伝令だ。宰相の叛乱だ」
 言たが、声は出なかた。返事はない。副官の姿は、どこにも無い。
「蛮族を追い払たことには、感謝しよう、将軍。お前は、二万の蛮族軍と勇猛に戦い、多大な損害を与えたが、部下と共に戦死した。そう、王には伝えることにしよう」
 宰相が、軽く手を上げる。ずらり、と人影が何百人も現れた。目がかすんで、よく見えない。だが、弓を構えているように思える。
 静かに、宰相は手を振り下ろした。
 ざ
 ざ
 雨音が聞こえる。ゆくりと、空を見上げる。中天高く上がている太陽が、燦燦と辺りを照らしている。少し、眩しかた。
「こんなにいい天気なのに、雨の音か。天気雨、だな」
 小さく呟いた。声が出たかは分からない。
 無数の雨が、私の体を貫いた。そんな気がした。
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