第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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柿のお供え
投稿時刻 : 2014.05.03 23:43 最終更新 : 2014.05.07 01:51
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柿のお供え
高田@小説垢


 私の家の隣は、幽霊屋敷だ。埃がかた窓や、強い風がふくたびに木が軋む音がするので、気がつけば誰かが幽霊屋敷と呼ぶようになていた。その屋敷は広い敷地をもており、幼いころは忍び込んで柿を食べていた。今ではもう、そんなことはしていない。夏になると草刈りのチンソーの音がして、ああ隣かと毎年思ていた。なぜ、寂れた屋敷をそのままにしているのだろうか。


 秋の肌寒い空気を感じ、隣の幽霊屋敷の柿のを思い出した。柿の甘い味が脳裏に蘇り、奥から唾液が出てくる。食べたい。私は身軽な軽装をして、自宅の塀を登た。感覚は忘れてなかたようだ。あの頃より大きくなた身体は、むしろ侵入しやすいとさえ思た。地面に着地して、柿のあた場所へ向かう。

 柿の木は変わらずにあた。たまに塀を越えた枝から柿が川にボトンと落ちているのを見て、誰も食べないなら私が食べると子どもらしい傲慢さで忍び込んだ記憶が蘇る。そして決まり事も思い出した。柿を取たなら、一つはお供え。もう一つは屋敷のお猫様に。残りは私のものという決まり事だた。


 私が初めて柿を取た時、ギと木の軋む音が屋敷からした。その音は不気味で、とさに玄関の入り口にお供えのように柿を残して離れた。すると気味の悪い音がおさまたのだ。私はそのことで、屋敷に何か住みついていると予想していた。幽霊屋敷と呼ばれるだけあて、不気味だた。

 翌日私が確認しに行くと、柿は玄関から消えていた。お供え物をしていれば大丈夫ということなのだろう。安心して帰ろうとした時、屋敷の開いたままにされている窓から黒猫がするりと出てきた。ンナと甘えるように鳴いて、玄関に丸まる。もしやと思い、まずお供え用の柿を置き、黒猫の前にも柿を置くと満足そうに目を細めてンナと鳴いた。それから決まり事になたのだ。


 そして今、記憶に従てお供え用とお猫様用に柿を玄関に並べた。懐かしの黒猫が柿の匂いにつられたのか、ひいと窓から出てきた。久しぶりに見ると、猫が小さく見えた。私が大きくなた証拠だろう。昔は触れなかた猫に触れたくなて手をのばすと、猫は素直に撫でさせてくれた。おとなしい猫のようだ。毛並みを楽しんでいると、またギと不気味な木の軋む音がする。もう帰れという意味なのではないだろうか。私は幽霊屋敷を後にした。


 彼女が帰てからしばらくして、屋敷のドアが開く。屋敷から出てきた何かは、足元の柿と柿の前でご満悦な顔をして丸まている黒猫を見て、あの子が来たのかと呟いた。そう呟いた何かは、玄関の影になていてよく分からないが人の姿をしており、浴衣を着てどこか浮世離れしていた。影から少し踏み出すことで、肌が青白く、生気をまたく感じない青年だと分かる。彼は柿を手に取る。強く柿を握て、何かを諦めたかのように自嘲的に笑た。彼はドアを開いたまま、黒猫を屋敷へ招き入れた。こうして今日も柿が消費される。



 翌日も幽霊屋敷の敷地に侵入する。久しぶりに柿をお供えしたので、ちんと柿がなくなているか確認したいと思たからだ。塀を乗り越えて、柿を取てから石畳を辿る。改めて思うのは、この屋敷の庭は広いということだ。石畳を辿れば玄関に着くのだが、歩きながら家主はどれほどの大金持ちだろうかと想いを馳せる。古びた西洋屋敷でありながら、細部の造りが凝ていた。

 柿をお供え用とお猫様用に用意して玄関に向かうと、初めて見る光景があた。知らない男がお猫様を膝に乗せて、撫でているのだ。彼は私の土を踏みしめる音に気づき、顔を上げた。そして私の手の中にあるものに気づき、何か納得したような顔をした。

「君は、よく柿のために忍び込んでくる子だね」
「そんなことないです」

 思わず反射的に否定するが、彼の目が私の両手の柿にそそがれていて、居心地が悪い。背に柿を隠した。

……そうです。ごめんなさい」
「素直だね。この子と同じだ」

 彼はクスクスと笑て、慈しむように黒猫を撫でた。猫をよく知ているらしい。人が住むような屋敷には見えないが、屋敷の主なのだろうか。肌の色は青白く、浴衣から覗く手足でやせ細ている印象がある。療養中なのかもしれないと考えた。

「この猫はいつの間にか住み着いていたんだ。食い意地がはてるから、君がくる時間に合わせてちんと来るだろう」

 またくその通りだた。黒猫をじと見つめると、ニアと鳴いてお座りした。柿の催促だ。そのつぶらな瞳に、仕方ないなと柿を前に置いた。猫はありがとうとでも言うかのように足にまとわりつき、柿に噛みつく。それとは別に玄関へ一つ柿を置いて、彼にも柿を差し出した。

「あ、柿は一つでいいよ。だからその手にあるやつは君が食べるといい」

 彼は玄関に置かれた柿を拾い上げた。彼が柿を食べていたのかもしれない。私はこくりと頷いて、柿をしまた。

「よかたら、明日もまたおいで。この子も僕も喜ぶから」

 彼の儚げな笑みに、分かたと言葉を返した。浴衣から覗く彼の細い手足に、彼はそんなに長くないのかもしれないと思た。見送る二人を背に、玄関先で別れる。明日は柿以外のものも持て行こうか。初めてそう思た。
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