第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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幽霊屋敷の記憶
投稿時刻 : 2014.05.03 23:43 最終更新 : 2014.05.06 23:39
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幽霊屋敷の記憶
三和すい


 ミートボールを食べながら、僕は大きな館を見上げた。
「これが、その幽霊屋敷?」
 電車に乗ること二時間。駅から車で一時間。ようやく着いた山の麓で車を降りて歩くことさらに三十分。こんなところに人が住んでいるのかと思うような山の中に、その屋敷はあた。
 かなり古そうだけど、荒れた感じはしない。今も誰かが住んでいそうな雰囲気だ。けど、実際には長いこと誰も住んでいないらしい。
「立派な屋敷だね」
「そうだろう。なかなかの掘り出し物だたよ」
 依頼人である不動産屋さんは、僕の隣でお茶を飲みながら自慢げに言た。
 学校の遠足よりも長い距離を移動し、僕も不動産屋さんもお腹がペコペコだた。僕の母さんが作てくれたお弁当を二人で食べながら、不動産屋さんから詳しい話を聞く。
 不動産屋さんがこの屋敷を見つけたのは三月前。この辺の土地を持ていた地主さんが亡くなり、売りに出されたいくつかの山を見回ている時だた。近くの村で聞いてもそんな屋敷があたのかと首を傾げられ、役所とかで調べてみても持ち主どころか屋敷の存在さえ記載されていなかた。
 造りから少なくとも二百年以上前に建てられた屋敷は、壊してしまうには惜しいほど状態が良く、改装して売り出すつもりだと不動産屋さんは言ていた。
 こんな山の中にある屋敷を買う人がいるのかなと不思議に思て聞いてみると、この一帯の道路や鉄道を整備してリゾート地にする計画があて、この屋敷は別荘や小さな旅館にするにはちうどいいらしい。僕には忍者屋敷とかに改造した方がお客さんがいぱい来ると思うけど。
 問題が見つかたのは、改装を始めてすぐのことだた。
 屋敷の中に幽霊が出るというのだ。
 言い出したのは、改装業者のほぼ全員。
 最初は、何かを見たわけではなかた。作業中に楽しそうな話し声や笑い声が聞こえてきたり、パタパタと子供たちが走り回るような足音が聞こえてきたり、朝と夕方に厨房から料理のおいしそうな匂いが漂てきたりと、誰かがいる気配がするだけ。
 恐くはないが気味が悪い。
 そう言て手を引いた職人さんたちが何人かいたけれど、残た人たちで作業は進められた。
 そのうち、いるはずのない人の姿を見る職人さんが出てきた。
 足音が聞こえたと思てふり返ると、着物姿の子供が廊下の角を曲がていく後ろ姿を見たり、和室の前の横を通り過ぎた時、視界の隅に布団で寝ている老人の姿が見えたので驚いて覗き込んだら誰もいなかたり、忘れ物をしたので夕方屋敷に戻てみたら、大広間で婚礼が行われていたのを見たり。
 そして、さらに不思議な現象が起きるようになた。
 改装したはずの場所が、次の日になると元の状態に戻てしまうのだ。
 恐いのを我慢して作業していた職人さんたちも、これにはさすがにお手上げ。みんな作業をやめて帰てしまた。
 屋敷の改装が進まないどころか最初の状態に戻てしまい、幽霊が出ると噂も出始め、不動産屋さんは慌てて僕の家に「幽霊を祓てほしい」と依頼してきた。
 あいにくと両親だけでなく兄さんも姉さんも他の仕事を抱えていて、手が空いているのは僕しかいなかた。不動産屋さんは小学生の僕を見て不満そうにしていたけど、祓うだけなら僕一人で十分だというのが父さんの判断だた。
「ところで、その幽霊は何か悪いことをしたの? 例えば誰かケガをしたとか病気になたとか」
 僕の質問に、不動産屋さんは「いや」と首を横に振た。
「そういう話は聞いていないな」
「じあ、このままでもいいんじない? 幽霊屋敷て、おもしろいと思うけど」
「大金を出してこの辺一帯を買い占めたんだぞ! 変な噂が広がて万が一リゾート計画がなくなたらどうしてくれるんだ!」
 不動産屋さんは顔を真赤にして怒鳴た。
 仕方なく、僕はお弁当箱を片付けると除霊の準備を始めた。
 リクにいぱいに詰めてきたペンギンの小さな置物を、屋敷を取り囲むように置いていく。
「それは、幽霊を祓う道具なのか?」
 不動産屋さんが聞いてきたので僕はうなずいた。
「お祖母ちんからもらた道具なんだ。ほら、かわいいでしう?」
 手のひらサイズのペンギンは、僕のお気に入りの道具だ。全部手作りで、ちとずつポーズが違ている。首を少しかたむけたり、つぶらな目で見上げたり、小さな翼を広げたりする姿はどれもかわいくて、僕は見ているだけで幸せな気分になてくる。
 だけど、ペンギンの置物を差し出すと、不動産屋さんは顔をしかめて後ずさた。
「そうか? 私には何だか不気味に感じるが……
 その答えに、僕はやぱりと思うと同時に、少しだけ感心した。
 長い間ずと大切に使われ続けた道具には魂が宿ると言われている。
 このペンギンの置物たちは、僕のお祖母ちんがずと除霊に使ていた道具だ。百年にはまだまだ届かないけれど、しまたはずの場所から時々いなくなるペンギンもいる。そのうち歩く僕の後をヨチヨチとついてきてくれないかなと期待している。
 魂が宿るにはまだまだ時間はかかりそうだけど、何かを宿し始めている置物は、そこそこ霊感がある人には不気味に感じるらしい。
 ――多くの人はね、自分と違う存在を恐れ、排除しようとするものなのよ。
 前にお祖母ちんがさびしそうに言たことがある。
 この不動産屋さんもそうなのかもしれない。
 自分とは違う存在だから、何も悪いことをしていない幽霊を消し去りたいのかもしれない。
 僕は屋敷の周りにペンギンの置物を並べ終えると、不動産屋さんに聞いてみた。
「本当にここにいる霊を祓てもいいの?」
「ああ。もちろんだ」
「でも、何も悪いことはしていないんでしう?」
「していなくても、死んだ人間の魂が屋敷の中をさまよているだけで気味が悪い」
 存在していることが悪いという言葉にちぴり悲しくなる。そして同時に、不動産屋さんがいろいろ勘違いしていることに僕は気づいた。
「幽霊は、死んだ人の魂じないよ」
 これは僕の家族みんなが感じていることだ。たまに本物の魂がさまよていることもあるけれど、ほとんどは違う。
「幽霊はね、残された強い想いなんだよ」
「想い、だと?」
 うん、と僕はうなずく。
「死ぬ時にすごい恐いと思たり、こうしたかたとか大きな未練があたりすると、その想いがその場に焼き付いてしまうんだて。あと、生きている人の想いが幽霊みたいになることもあるんだよ」
「生き霊というやつか。ん? つまり、この屋敷に出る幽霊は生き霊で、ライバル会社の奴が私に嫌がらせをしたいと思ているのか?」
「違うよ。ここに残ているのは死んだモノの想いだよ」
 そう。『彼』の魂は、もうこの世に存在していない。僕にはそう感じられる。
「たぶん、恐かたんだろうね」
「死ぬことがか?」
「死んで、覚えているモノが誰もいなくなることが」
 この場所は、あたたかい気配に包み込まれている。
 きとこの屋敷に住んでいた人たちは代々幸せだたのだろう。楽しかた、うれしかた、そんな想いがこの場所に染み込んでいる。
「過去が忘れ去られてしまうのが恐かた。だから、幸せだた頃の想いが、記憶が、ここには残ていた……
 僕は不動産屋さんの顔を見た。
「あなたは、それを消してしまうの?」
「当然だ」
 不動産屋さんはきぱりと言た。
「ここはもうすぐリゾート地として生まれ変わるんだ。過去など関係ない! さあ、ささと除霊してくれ!」
 依頼人である不動産屋さんがそう言うのなら仕方がない。僕は渋々は呪文を唱え始めた。
「ユタオカ ウイト シ レキコラインノモ ヤコジ シキ……
 僕の言葉に、ペンギンの置物たちがいせいに淡く輝き始めた。

 そして一時間後。
 目の前に現れた空き地に、不動産屋さんは茫然と立ちつくしていた。
「や、屋敷はどこにいたんだ?」
「祓たよ」
「は?」
「だから、僕は依頼どおり祓たよ。幽霊の『屋敷』をね」
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