幽霊屋敷
「これが、その幽霊屋敷ですか」
私は古い館を見上げながら、ゼイゼイと息を切らしている依頼人に声をかけた。
電車に乗ること四時間。駅から車で一時間。ようやく着いた山の麓で車を降りて歩くことさらに三十分。正直に言
って、こんなところに人が住んでいるのかと疑わしい山の中に、その屋敷はあった。
古そうだがさびれた感じはない。今も誰かが住んでいそうな雰囲気だが、実際には長いこと誰も住んでいないらしい。
「なかなか立派ですね」
「……そう、だろう。なかなかの、掘り出し物、だったよ」
依頼人である不動産屋は、息を整えると自慢げに言った。
この辺の土地を所有する地主が亡くなり、相続人が手放したいくつかの山を見回っている時に見つけたそうだ。誰も住んでおらず、周辺の村人や山を手放した相続人に聞いてもそんな屋敷があったのかと首を傾げ、役所などで調べてもいつ建てられたかすらわからなかった。
壊すには惜しいほど状態が良く、改装して売り出すつもりだと不動産屋は語った。
こんな山の中にある屋敷を買う人がいるのだろうかと不思議に思って聞いてみると、何でもこの一帯の道路や鉄道を整備してリゾート地にする計画が持ち上がっているらしい。それなら別荘や小さなホテルにするにはちょうど良さそうな物件だ。
だが、改装を始めて間もなく一つの問題が見つかった。
屋敷の中に幽霊が出るというのだ。
その屋敷に幽霊が出るので祓ってほしい、というのが今回の依頼だ。
「ところで、その幽霊は何か悪さをしたのですか？ 例えば誰かケガをしたとか病気になったとか」
私の質問に、依頼人は「いや」と首を横に振った。
「話し声や笑い声が聞こえてきたり、子供が走るような足音がしたり、厨房の方から料理の良い香りがしたりと、誰かが住んでいるような気配がするだけだそうだ」
「では、このままでもいいのでは？ 幽霊が出る屋敷として売り出せば、その手のマニアや研究者なら高値で買い取ってくれそうですが」
「ここはもうすぐリゾート地になるんだぞ！ 本物の心霊スポットなどいらん！」
不動産屋は顔を真っ赤にして怒鳴る。まあ、大金を出してこの辺一帯を買い占めたのだ。幽霊話でリゾート計画がなくなれば大赤字になるのだから怒るのも無理はない。
仕方なしに、私は準備を始めた。
「念のため確認しますけれど、本当にここにいる霊を祓っても構わないですね？」
準備を進めながら私は不動産屋に声をかける。
「ああ。もちろんだ」
「何が起きても？」
「何が起きると言うんだ。さっさとやってくれ！」
私は肩をすくめると、呪文を唱え始めた。
そして一時間後。
空き地を目の前に不動産屋は茫然として言った。
「や、屋敷はどこにいったんだ？」
「祓いましたよ」
「は？」
「ですから、祓ったんです。幽霊である『屋敷』をね」