第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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ぼくとお屋敷
投稿時刻 : 2014.05.05 23:39
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ぼくとお屋敷
犬子蓮木


 ぼくはこのお屋敷に住んでいる。大きなお屋敷でいつもキラキラしていて、住んでいる人も働いている人も大勢が動いているこのお屋敷で、誰にも認識されずに住んでいる。
 つまりは幽霊てことなんだろう。
 このお屋敷は元はぼくのお父さんが持ていたもので、ぼくも今、住んでいる人たちみたいに、豪勢な暮らしをしていた。毎晩、おいしいごはんを食べて、笑て、お手伝いさんをからかて遊んだりしていた記憶がある。
 だけど、そんなぼくの一生はとても短かた。
 名前もよくわからない病気になて、ベドから出ることもできず、そして死んでしまた。死んだ後と言えば、ぼくはすぐ今みたいな幽霊になていたのだけど、お父さんもお母さんも執事もメイドもぼくには気付いてくれないし、それから数年して、お父さん達はどこかに引越してしまた。
 ぼくをおいて。
 そうしてこのお屋敷に新しい家族が入て、出て、入てを繰り返し、いまの家族が暮らしているというわけだた。お父さんとお母さんとお嬢様とその弟、それから執事とメイドとコクさんやたくさんの人たち。
 もう、認識してもらえない悲しさも忘れて、なんでものぞき見できる楽しさにも飽きたというぼくにとて、この幽霊という状態がなんのためにあるのかはまたくわからなくなていた。
 死んでしまいたい。
 もう死んでいるけど。
 成仏とかいうんだろうか。
 意識がなくなるか、せめて話ができるような相手のいるところに行きたいなと思う。天国とか、なんかもう地獄でもいいやて。
 屋敷の一室で、椅子に座ていた執事のおじいさんが涙を流していた。メイドさんやお嬢さんが泣いていることはよくあるけど、このベテランの執事さん泣くなんて今まで見たことがなかたので、ぼくは驚きながらおじいさんを見ていた。
「どうすればいい……」執事が呟いた。
 おじいさんは何かになやんでいるようだた。手に持ていた紙になにか書いてあるようなので、ぼくはそれをどうにかして読んでいた。
 誘拐。孫。お嬢様。命。警察。
 執事のおじいさんは頭を抱え込んでいる。全部を読めたわけではないけれど、おじいさんはどうやら孫を誘拐されたらしい。そして、その孫を無事返す代わりに、このお屋敷のお嬢様を誘拐することを手伝えと脅されているようだた。そうして、犯人は、お嬢様に対する身代金として、大金を要求するのだろう。
 ぼくはそのお嬢様のことをどちらかと言えば嫌いだた。かわいいらしいところがなにかイヤで。
 でも、どうにかしてあげたい気持ちもある。誘拐は悪いことだ。だから、たとえばぼくが幽霊としての力を駆使して、犯人を脅かすとかなんかして事件を解決したりすればいいお話になるだろう。
 だけど、それはできない。
 ぼくは現実にはなにも干渉できないんだ。
 なにか物を動かすことも、声を出して驚かすこともできない。ぼくにできるのはただ知ること、考えること、そして祈ること。それだけなのだ。
 執事のおじいさんは、何かを心に決めてしまたらしい。部屋をでて、別の部屋に向かう。行き先は電話のある部屋でもないし、主人のいる部屋でもないようで、お嬢様の部屋に向かている。
 警察に連絡するのでもなく、主人に話すのでもなく、つまりはそういうことなのだろう。
「お嬢様、失礼致します」
 ドアの外でノク。さきまでの泣いていた様子はどこにも見あたらない。これも今までの経験からできることなんだろうか。ドアが開き、中からでてきた子に笑いかけたその顔が、ぼくにはとても恐ろしく冷たく感じられた。しうがない。だけど、なんで、苦悶が見ることができないのだろうと。
 執事のおじいさんは嘘をついて、駐車場へと連れて行く。執事の前を進む、ピンク色のスカートがかわいかた。ぼくの嫌いなスカートだけど、いまそんな気持ちよりも悲しさが強い。車に乗せて、どこかへ行くつもりだろうか。
 にげて、と思た。
 声には出さない。もう何年も声なんて出していない。ぼくの声は誰にも聞こえなくて、ぼくの耳にしか入らないのならば声を出す必要がない。さけぶような思いも、そんな習慣のせいで、ただ思うだけになてしまう。
 駐車場。執事のおじいさんはいつも通りのやさしい動きで、車のドアをあけた。スカートが一瞬ふわとなて、それから後部座席で落ち着いた。
 ぼくはまずい、と思た。
 ここで生まれてここで死んだぼくは、この屋敷からでることのできない幽霊なのだ。もちろん、ついて行てなにもできない。ぼくがここにいたて、誰も気付かないし、ここが幽霊屋敷だなんて思うことすらしない。ぼくはただのやじうまだとわかている。知りたいという欲求だけで、うわさ話が好きなメイドさんたちとかわらない。
 車が動き出す。大きな庭をゆくりと走り、門の方へ。ぼくはまだ車の中にいられる。だけど、もうすぐ置いていかれる。お父さんとお母さんの乗た車が、ぼくを残してこの屋敷から出て行たときのように。
 行かないで、と思た。
 そのとき、声が聞こえた。
「ぼくをどこに連れて行くつもり?」無邪気な笑い声。
 お嬢様? 違う。執事もそれに気付いたらしい。車が止また。
「お姉ちんだと思た? 違うよ、僕だよ」
 俯いていた少年がなんにも知らずにほほえんだ。車に乗ていたのは、お嬢様の弟でこのお屋敷の跡継ぎの少年だた。
 執事のおじいさんは運転席で震えていた。その普段とは違う様子に少年もなにかに気付いたらしい。
「ごめんなさい。お姉ちんと服を交換して遊んでたの。怒らないで……
 執事は涙をこぼしていた。それを少年に見えないようにぬぐて、ふりかえて微笑んだ。
「怒りませんよ。お屋敷に戻りましう。こちらこそ申し訳ございません。お嬢様をお連れするお約束自体が私の勘違いでございました」
 車が庭の噴水をまわて駐車場へと引き返していた。
 その後、執事のおじいさんは主人に事情を話し、お屋敷は大騒ぎとなた。それでもやてきたおまわりさん達がちんと働いてくれて、執事のお孫さんも無事、救出されたようだた。
 結局、ぼくはなにもできなくて、ただ事件がはじまて終わるのを眺めていることしかできなかた。事件のあと、ふらふらとお屋敷で遊んでいたぼくは、あの執事とお嬢様が話しているところを目撃した。
「どうして正直に話すことにしたのですか? 戻てきて、わたしを連れて行てもよかたでしう」
……そうですね。ただ、私はじぶんに幻滅したのです。いくら服装が変わていたとはいえ、仕えるべきお嬢様とご子息を間違えるなどという大きな失態をおかした自分自身に」
「そう」お嬢様は微笑んだ。「よくわかりません」
 やぱりこのお嬢様はバカで、あまり好きになれない。ちとだけ誘拐されちえばよかたのにとか思た。いや、それは嘘。そうしておこう。
 そんな嫌いなお嬢様でも、ぼくが気になていたことを聞いてくれたのでよしとしよう、と思う。
 この執事のおじいさんが、どうして思いとどまたのか。それはずと気になていたんだ。はたから見れば冷静ですごい怖かたけど、中身はやぱり動揺してたんだなてぼくは安心した。
 こんなことがあるから幽霊てのいいかなと思う。
 それにさ、やぱり男と女を間違えるなんて失礼だよね。ぼくも生きていたときはよく間違えられたんだ。いくらスカートをはくのがイヤだたからて、男の子と間違えるなんて失礼しちうよね。
 いまでもスカートなんてはかないけどさ。                 <了>
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