第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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名無しの少年
muomuo
投稿時刻 : 2014.05.05 23:44
字数 : 2050
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名無しの少年
muomuo


 タクシーに見えなくもない車に一人乗るよう仲介人に促されて向かたのは、とある街の旅館だた。現金なら偽名臭くても問題なく泊まれるからという事情らしいが、それは俺たち「幽霊」のためというより、仲介人たちの保身にとて都合がいいということだろう。宿台帳に記入して通された部屋にしばらく待機してから、俺はあらかじめ教えられていた部屋に向かた。
「やあ、お疲れさまでした」
 あいかわらず癪に障る口調で出迎えたので、俺は一瞥くれてやてから一応の礼を言うことにした。
……いろいろ世話になるな。だが、別々に入る必要があたのか?」
「何事も慎重に行動しませんとね」
「しかし少なくとも、もう俺を追てこられる者はいないだろ?」
 ぷ……と、仲介人の男は少し大げさに吹き出して嗤う。
「もしそうなのでしたら、こんなところに寄り道はしていません。すぐに例の場所、“幽霊屋敷”にお連れしますよ」
「どういうことだ?」
 少しあからさまに警戒の色を見せて威嚇する。罠だたということか……
「はは、そうピリピリなさらないで。ちんとご説明いたしますとも。まずは……お座りください」
 そう言て座布団を差し出した物腰を見るに、少なくとも今ここで襲たりする気もないようだ。どかと腰をおろすと、俺は手荷物を脇に固めて置いた。
……昔流行たオレオレ詐欺ですが」
「あ?」
「被害額も大きく、裏社会では大金が乱れ飛びましたよね? ……振り込め詐欺とも言たかな?」
「ああ……それが?」
「あの手の犯罪は、出し子と呼ばれる下端をいくら捕まえても根本的な解決にならなかた。……しかし一言『今どこにいるの?』と、位置情報の提供そして照合を臭わせる……それだけのことが定着するなかで、瞬く間に衰退していたわけですよね?」
……らしな」
 奴の言うとおり、市民総アカウント制度にも一面のメリトがあたことは確かだ。こんな身の上になてなけり、もう少し手離しで認めてやただろうよ。
「そうだとするならば!」
 男は、やおら芝居がかた調子で立ち上がり、こちらを値踏みするような眼差しで舐め回してから、続けた。
「そんなに便利なツールを手に入れたお役人さんが、わざわざ自分たちの武器を投げ捨てるような真似をすると、本当にお思いですか? ……アカウントを抹消することで位置情報がつかめなくなるのは、色々と不都合が大きいんですよ?」
 ……、やはり俺とお役人とじあ気質がまるで違うようだな。
「実は……抹消されていない?」
「その通り!」
 場の雰囲気には全くそぐわぬ感情を隠しもせず、男は嬉々として言た。やはりいけすかない野郎だ。
「ネトワークから一時的に退避させられるだけです。いわば休眠状態ですね。世間的には伏せられていますが、実際はダミーのアカウントと紐つけられて、追跡され続けているんですよ。ひとたび捜査機関が出張てくれば、そのダミーが誰なのかという情報はすぐに取り出されてしまいます」
 男はそう言いながら、座椅子に隠れて見えなかた小物入れのような袋の綴じ紐の部分に指を引かけると、俺の目の前に掲げてみせた。
「ですから……彼なんです」
「彼……?」
「いまトイレに行ているところですがね、……大丈夫。決して目立つようなことはできない子ですから」
 ……束の間の静寂。意味が分からず口も挟めないでいると、ス……と音もなく襖が開くなり、小さな男の子が部屋に入てきた。愛想も何もない。小学生くらいにありがちなキラクターもので着飾り、服装や身なりで判断するからには普通だが、一目でどこかが異様な少年と分かる。和室ということもあり、座敷童と紹介されても不思議でない。この俺が不覚にも気圧されかけたほど、何か悲壮な佇まいを帯びている。
「そう、この子ですよ」
 少年は奴には目もくれず、ただじ……と俺を見つめて立ている。
「この世には、もともと<名無し>の子どもがたくさんいるんです。彼らの<名無しのアカウント>は特別で、<ダミーのアカウント>と同じ階層で管理されているんです。ですから……
 先ほどの小物入れを開いて小さな器具を取り出したかと思うと、
「二つのアカウントは交換できる。……この子と、アカウントの交換を行ていただきます」
……何だと?」

 男の説明は不快だた。そんな立場の子どもたちが現実に……それも、どれだけいるというのだろうか。俺は今この時からあの子として生きていく。“幽霊屋敷”に向かう。そしてあの子は、代わりにこの俺として、どこか別の場所に連れられていく……らしい。
 アカウントの交換とやらが終わたらしく、少年が挨拶もせずに外に出る。どこか我が子の後ろ姿にも重なる気がする想いを必死に押し殺しながら、敢えて自分のこれからの生活に対する不安のほうを大きくしてやろうと言い聞かせながら、俺は黙て少年の背を見送た。
「あの子は、やと幸せの国で暮らせます。きとあなたに感謝して、笑顔で眠れるようにもなれますよ」
 男が一言、そう付け加えるのを聞きながら。

                        <続く>
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