てきすとぽい
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第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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絆
(
muomuo
)
投稿時刻 : 2014.05.06 23:44
字数 : 2459
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絆
muomuo
muted
boy.
無理やり物言わぬ存在に変えられた、この社会にいないはずの少年とのアカウント交換。いわばセキ
ュ
リテ
ィ
・ホー
ルを衝いたやり口で、俺はついにこの社会から自分の存在を消した。寂れた旅館を後にして向かうのが、いよいよ“幽霊屋敷”というわけだ。思えばここまでは、短いようで長い道のりだ
っ
た。頼み込まれて連帯保証人にな
っ
ていた実の父親に裏切られ、自分がすべての債務を被せられていると知
っ
たのは僅か三週間ほど前のこと。法律のことなんて何も分からない、学のない小市民として普通の抵抗を繰り返しているうちに、あ
っ
という間に窮地に立たされたのだ。
早死にしたお袋は一財産を遺してくれたはずだが、親父自身が多くの知人の連帯保証人にな
っ
たため消え失せていた。どうにもならなくて俺を出汁にしたらしいが、おかげで俺は妻との離婚を余儀なくされ、娘とも引き離されることにな
っ
た。
……
今どこにいるのか知らないが、どうせ消えるなら、俺を巻き込む前に消えてくれてもよか
っ
た
……
考えまいとしても、その思いは何度も浮かんできた。
今度は同じ車に乗り込むと、アカウント交換も済んで警戒を解いたのか、道すがら仲介人の男が色々と内幕を明かしを始めた。
「さ
っ
きの少年ですがね、実は彼、“幽霊屋敷”から来たとも言えるんですよ」
“座敷牢の私生児”
……
それが、さ
っ
き男から聞かされた少年の正体だ
っ
た。人口爆発の時代とな
っ
て、無計画な出産や育児放棄などがどんどん重罪にな
っ
ていくなか、始末に困
っ
た子どもが人知れず匿われて一生を終えることにな
っ
ているというのだ。時代を遡
っ
たかのような眩暈を覚えるが、どうやらそれが現実のようだ。しかし、ごく普通の家庭にそんな真似はできるはずもない。大金に物を言わせて無茶するのは、成金セレブと揶揄される類の金持ちと昔から相場が決ま
っ
ている。それで、話はつなが
っ
た。
「つまり“幽霊屋敷”
っ
てのは、セレブ成金が作り上げた秘密の別荘か何か
っ
てことか」
「まあ、そんなところですかね
ぇ
。私は
……
要塞と表現しておりますが」
……
要塞か。あながち的外れでもないのだろう。今の世の中でこれだけ内情の分からない、鉄壁の情報統制が可能な場所だ。私生児にせよアカウント抹消者にせよ、何人も囲い込んで十分な生活をさせるだけでも相当な金がかかる
っ
てのに
……
。
「大抵は彼ら自身の子どもだけでなく、他人から預か
っ
た私生児も暮らしていますけどね。彼らが外に出られるチ
ャ
ンスは、あなたのような人とトレー
ドされることだけなんですよ」
吐き気がした。家族も人生もあ
っ
たものじ
ゃ
ない。少年たちとその親は、アカウントだけでつなが
っ
ているにすぎないということか。
「
……
その先の話も、知りたいんだが」
虫唾の走る種明かしはもうたくさんだ。俺は話を先に進めるよう促した。
「いま俺が<名無しのアカウント>を持
っ
ていて、成金野郎の子どもという扱いにな
っ
たのは分か
っ
た。だが、そこから先は? 俺はどうや
っ
たら新しいアカウントを手に入れられるんだ?」
すると男は、なぜか声を落としてこう続けた。
「
……
それは知らないほうがいいかもしれませんね」
「何だと!? 何故だ、どういう意味だ?」
「
……
いつになるか分からないからですよ。十年、二十年
……
いや、も
っ
とかな」
「な
っ
……
!」
景色が暗転する。なんとか、何か喋らなければ、闇に呑み込まれていきそうだ。
おいおい、聞いてないぞ
……
今さら聞かされて納得できる話でもないだろう。多少は覚悟してたとはいえ、そんなに時間がかかるものなのか
……
?
しかしその恐怖は、ある悲劇によ
っ
て唐突に終わりを告げることになる。
「
……
はい、私です」
しばらく続いた重い静寂を、男の携帯電話が破
っ
たあとのことだ
っ
た。
「な、なんです
っ
て!? 本当ですか
……
?」
男が車を止めさせる。細々と指示を出した後でようやく呟いたのは、思いもかけない言葉だ
っ
た。
「極めて例外的なことですが
……
あなた、帰れますよ。た
っ
た今、あなたは新たなアカウントを手に入れました」
…………
。
それは、つい数時間前に別れたはずの、あの少年の死を告げる電話だ
っ
た。原因は交通事故だという。記録上、死んだのは俺ということになるはずだが、死体さえ始末してしまえばそれはもう調べようがない。俺が予め受けていた検査の際にでも、細工の準備は進められていたのだろう。そして逆に見るなら、私生児本人が死亡してしまい、一番の証拠が抹消されてしまうことで、セレブたちとの関係を示すのは<名無しのアカウント>ただ一つという状況にな
っ
た。あとは、正規のアカウントに戻すべく、裏口から働きかけるだけということらしいのだ。
……
つまり、俺がアカウントを得るまでの時間と、少年の余生とがリンクしていたということである。
「てめ
ぇ
、最初からあの子を犠牲にするつもりだ
っ
たのか!?」
問い詰める俺に、男は珍しく言い淀み、苦しそうに小さく呟いた。
「
……
違う」
「では、こちらのアカウントを登録いたします。よろしいですね?」
「ああ、いいから早くや
っ
てくれ」
「では
……
」
あの役人は、俺の顔も名前も憶えてないのか、何ら疑う様子もなく手続きを進めている。
「覚えていたとしても証拠がないですし、問題にできないんですよ」
仲介人の男が言
っ
たとおり、他人の空似か、整形のせいだとでも思
っ
て処理したのかもしれない。今さらどうでもいいことだ
っ
たが。
そして俺は、家族のもとに向か
っ
た。
アカウントが違う。名前が違う。それが何ほどのことだろう。俺はいま、あの子のおかげで、あの子が手に入れられなか
っ
た家族の温もりを取り戻そうとしているのだ。問題がすべて解決したわけではないが、それは問題じ
ゃ
ないんだ。一番大きな問題はそんなことじ
ゃ
ないんだと改めて分か
っ
たことが、俺にと
っ
て一番大きな、これからの財産になる。そして、見慣れた玄関のドアを開け
……
、
「ただいま、有紀」
娘が声を確認する。匂いを確認する。
「パパ
……
?」
……
ああ。ありがたい。やはり俺たち家族の絆は、アカウントでつなが
っ
てたわけじ
ゃ
ない。
<了>
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