第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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muomuo
投稿時刻 : 2014.05.06 23:44
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muomuo


 muted boy. 無理やり物言わぬ存在に変えられた、この社会にいないはずの少年とのアカウント交換。いわばセキリテ・ホールを衝いたやり口で、俺はついにこの社会から自分の存在を消した。寂れた旅館を後にして向かうのが、いよいよ“幽霊屋敷”というわけだ。思えばここまでは、短いようで長い道のりだた。頼み込まれて連帯保証人になていた実の父親に裏切られ、自分がすべての債務を被せられていると知たのは僅か三週間ほど前のこと。法律のことなんて何も分からない、学のない小市民として普通の抵抗を繰り返しているうちに、あという間に窮地に立たされたのだ。
 早死にしたお袋は一財産を遺してくれたはずだが、親父自身が多くの知人の連帯保証人になたため消え失せていた。どうにもならなくて俺を出汁にしたらしいが、おかげで俺は妻との離婚を余儀なくされ、娘とも引き離されることになた。……今どこにいるのか知らないが、どうせ消えるなら、俺を巻き込む前に消えてくれてもよか……考えまいとしても、その思いは何度も浮かんできた。

 今度は同じ車に乗り込むと、アカウント交換も済んで警戒を解いたのか、道すがら仲介人の男が色々と内幕を明かしを始めた。
「さきの少年ですがね、実は彼、“幽霊屋敷”から来たとも言えるんですよ」
 “座敷牢の私生児”……それが、さき男から聞かされた少年の正体だた。人口爆発の時代となて、無計画な出産や育児放棄などがどんどん重罪になていくなか、始末に困た子どもが人知れず匿われて一生を終えることになているというのだ。時代を遡たかのような眩暈を覚えるが、どうやらそれが現実のようだ。しかし、ごく普通の家庭にそんな真似はできるはずもない。大金に物を言わせて無茶するのは、成金セレブと揶揄される類の金持ちと昔から相場が決まている。それで、話はつながた。
「つまり“幽霊屋敷”てのは、セレブ成金が作り上げた秘密の別荘か何かてことか」
「まあ、そんなところですかね。私は……要塞と表現しておりますが」
 ……要塞か。あながち的外れでもないのだろう。今の世の中でこれだけ内情の分からない、鉄壁の情報統制が可能な場所だ。私生児にせよアカウント抹消者にせよ、何人も囲い込んで十分な生活をさせるだけでも相当な金がかかるてのに……
「大抵は彼ら自身の子どもだけでなく、他人から預かた私生児も暮らしていますけどね。彼らが外に出られるチンスは、あなたのような人とトレードされることだけなんですよ」
 吐き気がした。家族も人生もあたものじない。少年たちとその親は、アカウントだけでつながているにすぎないということか。
……その先の話も、知りたいんだが」
 虫唾の走る種明かしはもうたくさんだ。俺は話を先に進めるよう促した。
「いま俺が<名無しのアカウント>を持ていて、成金野郎の子どもという扱いになたのは分かた。だが、そこから先は? 俺はどうやたら新しいアカウントを手に入れられるんだ?」
 すると男は、なぜか声を落としてこう続けた。
……それは知らないほうがいいかもしれませんね」
「何だと!? 何故だ、どういう意味だ?」
……いつになるか分からないからですよ。十年、二十年……いや、もとかな」
「な……!」
 景色が暗転する。なんとか、何か喋らなければ、闇に呑み込まれていきそうだ。
 おいおい、聞いてないぞ……今さら聞かされて納得できる話でもないだろう。多少は覚悟してたとはいえ、そんなに時間がかかるものなのか……

 しかしその恐怖は、ある悲劇によて唐突に終わりを告げることになる。
……はい、私です」
 しばらく続いた重い静寂を、男の携帯電話が破たあとのことだた。
「な、なんですて!? 本当ですか……?」
 男が車を止めさせる。細々と指示を出した後でようやく呟いたのは、思いもかけない言葉だた。
「極めて例外的なことですが……あなた、帰れますよ。たた今、あなたは新たなアカウントを手に入れました」

 …………
 それは、つい数時間前に別れたはずの、あの少年の死を告げる電話だた。原因は交通事故だという。記録上、死んだのは俺ということになるはずだが、死体さえ始末してしまえばそれはもう調べようがない。俺が予め受けていた検査の際にでも、細工の準備は進められていたのだろう。そして逆に見るなら、私生児本人が死亡してしまい、一番の証拠が抹消されてしまうことで、セレブたちとの関係を示すのは<名無しのアカウント>ただ一つという状況になた。あとは、正規のアカウントに戻すべく、裏口から働きかけるだけということらしいのだ。……つまり、俺がアカウントを得るまでの時間と、少年の余生とがリンクしていたということである。
「てめ、最初からあの子を犠牲にするつもりだたのか!?」
 問い詰める俺に、男は珍しく言い淀み、苦しそうに小さく呟いた。
……違う」

「では、こちらのアカウントを登録いたします。よろしいですね?」
「ああ、いいから早くやてくれ」
「では……
 あの役人は、俺の顔も名前も憶えてないのか、何ら疑う様子もなく手続きを進めている。
「覚えていたとしても証拠がないですし、問題にできないんですよ」
 仲介人の男が言たとおり、他人の空似か、整形のせいだとでも思て処理したのかもしれない。今さらどうでもいいことだたが。

 そして俺は、家族のもとに向かた。
 アカウントが違う。名前が違う。それが何ほどのことだろう。俺はいま、あの子のおかげで、あの子が手に入れられなかた家族の温もりを取り戻そうとしているのだ。問題がすべて解決したわけではないが、それは問題じないんだ。一番大きな問題はそんなことじないんだと改めて分かたことが、俺にとて一番大きな、これからの財産になる。そして、見慣れた玄関のドアを開け……
「ただいま、有紀」
 娘が声を確認する。匂いを確認する。
「パパ……?」
 ……ああ。ありがたい。やはり俺たち家族の絆は、アカウントでつながてたわけじない。

                         <了>
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