幽霊屋敷の浴室
幽霊屋敷というとだれもが頭に思い描くような、そうい
ったいわゆる古い洋館で、僕とおばあちゃんは向い合って夕食をとっていた。
ここはずいぶんと昔に栄えた港町で、古い建物がいくつも残されている。おばあちゃんの住む家も、そのうちの一つだ。
「日記は書けたの?」
「5月4日と、5月5日の分は書けたよ。今日の分はまだ」
ポテトサラダを小皿に取り分けながら、おばあちゃんは静かな声で僕に尋ねる。
連休中に小学校から出されたのは『ゴールデンウィークのできごとを日記に書く』という宿題だった。
5月4日(くもり)
おとうさんとおかあさんは仕事を休めないので、おばあちゃんのうちに泊まりにきました。
5月5日(雨)
おばあちゃんが、がめの葉もちを作ってくれました。かしわの葉でつつむのがかしわもちだけど、この地方では、がめの葉でつつむのだとおばあちゃんが教えてくれました。
そんな感じで、僕の日記はたいしたイベントも無く連休を終えようとしている。
僕はこの家のことが嫌いではなかった。くすんだ壁紙の模様も、分厚く重いカーテンも、ひんやりと湿っぽい匂いも、好ましく思う。気に入らないのは簡易水洗のトイレが流れにくいことくらいだ。
「今日の日記に書くことが無いのね」
「ポテトサラダのことを書くよ。おばあちゃんの作るポテトサラダにはみかんの缶詰が入っています。って」
僕は箸でみかんを皿の端に寄せて、ポテトサラダを食べる。そんな僕を見て、おばあちゃんは上品に微笑む。
「浴室のタイルを見てみなさい」
「タイル?」
静かな昼食を終えて、僕は浴室を覗いてみる。バスタブの水は抜かれ、綺麗に掃除されていた。古い浴室のタイルは一枚一枚が教科書くらいの大きなもので、いくつかひび割れているものもある。修理しようにも、これほど大きなタイルはあまり手に入らないのだと、おばあちゃんは言っていた。
「これ、なんだろう……」
茶色いマーブル模様のタイルに、昨日は気づかなかった印がつけられている。右上の隅に、数字の『2』を横にしたような文字。
僕は浴室の中を見渡す。よく見ると、隅に数字の書かれたタイルがいくつもある。その数字は縦になったりよこになったりしているけれど。
シャンプーや石鹸の置かれている棚を移動させる。『9』と記されたタイルがそこにある。マーブル模様の中央に、大金でも入っていそうな布袋のイラストが描かれている。
「おばあちゃん、カメラある!?」
リビングに駆け込む僕に、おばあちゃんはポラロイドカメラを差し出す。最初から用意されていたみたいだった。
僕は大急ぎで写真を撮る。もうすぐ父と母が迎えに来るのだ。