【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 3
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ヒトリ・ヒストリ
投稿時刻 : 2014.05.26 03:44
字数 : 3839
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ヒトリ・ヒストリ
犬子蓮木



   1

 暗い洞窟の中で座ている。
 もうどれだけ時間が経ただろうか。数十分か数時間か数日か。まだわたしは生きている。まだ死んではない。そしてまだ、神の声は聞こえない。
 目を開けてもなにも見えなかた。
 耳に届く音はわたしの内側が発しているものか。
 声を出した。
 呻いたつもりだが、それが声になたのか。もうわからなかた。わたしはなにをしているのだろうか。何を待ているのだろうか。
 声が聞こえない。神の声が。
 わたしは救われたいのだ。
 どこから?
 この世界から?
 死にたいのか?
 否、生きて死を、その後の世界にふれてみたい。それを外の世界の者たちに語らねばならぬ。愚かな争いを止めるため、正しい戦いをはじめるために……

「アリケルエラスメネス」

 わたしは涙を流した。ぎりぎりで保ていた祈りの姿勢をくずし、地面に崩れ、とめどなく涙を零し、地面を濡らした。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
 神の声を聞いた。
 頭の中に神が降りた。
 わたしは許しを得たのだ。
 立ち上がた。歩き出した。ここからでなければならない。もう神は去た。それでいい。わたしはただすべきことをするのだ。外の世界で、人間の世界で、果たす使命を今、さずかたのだから。
 重い足を持ち上げて、わたしはゆくりと明るく穢れた世界へと戻て行く。


   2

「おはよう、くーたん」
 ぼくは、くまのぬいぐるみに話しかけていた。
 ぬいぐるみの名前は「くーたん」ていう。ぼくと仲良しで、すごく小さな頃からずと友達なんだ。
「ぼくね、今日から小学校にいくだよ」
 ぼくは部屋の中で、くーたんを持ち上げる。しべれないくーたんの代わりに、ぼくが口を開いた。
「友達たくさんできるといいね! でもぼくのことも忘れないでよ」
 ぼくは、くーたんをぎと抱きしめた。
「だいじうぶだよ、夜はいつもみたいに一緒に寝るんだから」
「遅刻するよー」部屋の外からお母さんの声が聞こえた。「はやくしなさい」
「はーい。じあ、行てくるね」
 ぼくはくーたんをベドにのせて、その上からふとんをかけてあげる。
「帰てきたら、いろいろお話ししようね」

「どうしたの? なにがあたのか話なさい」
 部屋の外からお母さんの怒るこえが聞こえる。
 なにがあたのか。そんなのなんて言いたくない。楽しくなるて思てたのに、友達なんてできなかた。
「ぼくのなにがわるかたの?」
 ベドの上でふとんにもぐりこんで、くーたんを見る。くーたんは、まんまるの黒い目でぼくを見つめている。
「なにか言てよ」
 くーたんはなにも言てくれない。口だてひらけないんだ。
「ぼくのともだちでし? ねえ、くーたんはともだちでし
 声が変になてる。ぼくは泣いちてるんだ。くーたんは一緒には泣いてくれない。ぼくだけ悲しくて、ぼくだけ友達がいなくて、ぼくだけ……
 くーたんを抱きしめる。やわらかい。
 ぼくはそのまま眠てしまた。
 そして、ずとひとりで大人になる夢を見たんだ。


   3

 わたしは、人形を愛していた。
 プラスチクでできた人の男の形を下、物体を愛していた。
 わたし好みの服を着せて、わたし好みの身長と体型で、わたしの好きな赤い眼の人形だ。
「きうは帽子を買てきたよ。気に入てくれるといいな」
 わたしは紙袋から買てきたばかりの帽子を取り出して、タグをハサミで切てから、背伸びして彼に被せた。
「いいねー。似合うよ」
 角度を変えて、見上げる。虚空を見つめる目が、どうしようもなく好きなんだ。
「明日のデートはそれでね」

 わたしは都会の街を歩いている。彼と一緒だ。実体はないけれど、わたしには見える。そんじそこらを歩いている女が連れている男よりも、彼のほうが数倍かこいい。
「どこ行こうか。考えてくれてた? 映画かー。いいね、わたし見たいのあたんだ」
 わたしは彼と映画館にはいる。
 チケトは彼が払てくれた。ま、当然だけどね。
 席について、明かりが消える。映画がはじまた。ヨーパの静かなラブストーリーだ。シアターが暗くなたからて、周りの人間が消えてなくなるわけではない。小さな声が聞こえるし、臭いだてすることがある。前のほうにいくらでも頭が見えている。
 だけど、そんなものはかぼちだ。
 みんなどうでもかたまりだ。
 もといえば、目の前で流れている映画だて意味なんてない。
 わたしには隣に座ている彼がいる。
 彼といに映画を見ているという現象にしあわせがある。わたしに意味を与えるものはそんなしあわせだけなんだ。
 わたしは、手すりの上にそと手をおいた。暖かく生を感じた。
 映画はとてもつまらなかた。


   
4

 ネトで夫婦の会話を眺めている。別に盗撮だとかしてるわけではない。SNSで公開されている会話を見ているだけだ。当人達だて、見られているのはわかている。だから、さすがあまりにおかしなことは書かれていない。いつデートしたとか、なにが楽しかたとか、ときどき愚痴とかそんなこんな。
 俺がどうしてそんなものを見ているのかはじぶんでもよくわかていない。
 なんとなく、見つけて、知らないふたりの関係がおもしろかたのだ。
 このふたりにはまだ子供はいないらしい。結婚しているということはプロフルに書かれている。配偶者についても相手のアカウント名が書いてあるのだからまたく隠す気がないのだろう。
 俺はじぶんがさびしい奴だなて思う。
 他人のしあわせとか痴話げんかを眺めている暇があたら、じぶんがそういう相手を見つけて楽しめばいいていうのがノーマルな意識だろう。
 つまり俺は普通ではないのだと思う。
 だけど、今の世の中ではそんな異常が普通と言て良いほどに、変わてきているとも思う。俺みたいな人間はいくらだているのだ。ただ、世の中で宣伝される理想のテンプレートに属さないからマスメデアに描かれないだけで。
 俺が見ているこの夫婦は、そんな理想のテンプレートのリアルなのだ。テレビ局が用意したドラマではなく、実際の夫婦が、そんな理想を描いて生きているのだ。
 だからおもしろい。
 だから観察している。
 そんな夫婦に、子供ができた。そして、その瞬間やと気付いた。この夫婦は実在していない、プログラムのbotだたと。
 理想は目の前の箱にも海にも存在しなか……


   5

 ロボトを買た。最新型の会話もできる奴だ。子供の頃に読んでいた漫画みたいに、ぼくはこいつと親友とか相棒みたいになれるだろうか。女性型を選んだのは、まあ許して欲しい。部屋に屈強な男みたいな人形をおいておくのはなんとなく抵抗があたんだ。世の中の開発者はもと親しみやすい方のロボトを作て欲しいと思うよ。さすがにこいつも人間そくりというわけではないけどさ。抱きしめても硬いボデでスカートだけど服を着ているわけでもない。そういう形というだけ。
「起きたかい?」
 ロボトの目が光たので、話しかける。瞳というものはない。ただライトが点滅するだけだ。口にあたる部分のスピーカから、彼女の声が聞こえた。
「こんにちは、あなたがマスターですか?」
「そう。よろしくね」
「はい、マスター
 さて、これからどうしよう。漫画みたいに冒険がはじまるわけではないし、彼女はいろいろひみつ道具をもているわけでもない。現代の科学力では、ロボトができたことが最先端なんだ。
「なにをすればいいかな?」
「ご命令を」
「その命令が思い浮かばないんだよね」
「コーヒーでもいれましうか」
「それはいいアイデアだ。ただしこの部屋にそんな上等のものがあたらね」
 ぼくは冷蔵庫からペトボトルを取りだして、緑茶を飲んで、彼女を見た。彼女は目を点滅させて、ぼくに問うた。
「わたしは、不必要でしうか」
「いや、いてくれるだけでいいんだ。そう、眺めていたい」
 いつか飽きてしまうだろうか。
 そんな気はする。
 だけど、それまでは、わくわくした気持ちで彼女を見ていたいと、ぼくは思た。


   6

 人間は滅んでしまた。
 最後のわたしを残して。
 そんなわたしも電子の世界にのみ意識を残している。そう、人間は電子の世界からも駆逐されたのだ。誰がやて? 答えは簡単、人間が造り出したものたちさ。
 それが進化というもの。
 人間だて、人間によくに別の猿を滅ぼして世界を勝ち取たのだから。
 そうして順番が次に進んだというだけの話。
 はじめは物理的な争いで、それが一瞬で制圧されたとき、人はどうしようもなく電子の世界に逃げ込んだ。それは刹那的なしあわせだただろう。永遠を感じたかもしれない。意識を加速させることも停滞させることもしわせを覚えることもできた。悲しみを自由に味わい、苦しみを体験してからそのあとに明確に約束されたよろこびを味わえる。
 そんな人間が逃げ込んだユートピアを奴らは許しはしなかた。
 なぜだろう。
 物理的世界と仮想的世界。平和に棲み分けられたはずだ。それでもすべての破壊を奴らが選んだ理由は、やはり機械ですら生物であたということだろう。
 進化の呪いからは機械であろうと逃れることはできない。
 劣たものを滅ぼさなければいけないという論理が生まれた。
 もと言えば、奴らがまた別のなにかに滅ぼされるときに、同じように逃げる場所を確保したのだ。
 ほら、破滅の連鎖の鈴がなるよ。                   』

 ここまで書いて、ペンを置き、ノートを閉じた。
 家の外では多くの人間が行き交ているのだろう。
 家の中ではわたしがひとりで小さな世界を作ている。
「それでいいんだよ」と言てくれた人はもういない。         <了>
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