第一回 クオリティスターター検定
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想いが星々をつなぐように
投稿時刻 : 2014.06.29 23:51 最終更新 : 2014.06.29 23:57
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- 2014/06/29 23:57:07
- 2014/06/29 23:51:59
想いが星々をつなぐように
三和すい


プロロー

「そ、それででは、こここれから、七が……ない八月期のてて天体観測会を始め、たいと、思います」
 部長である星崎宙太のあいさつに、学校の屋上に集また面々から軽い拍手と笑い声、そして「どうした」「がんばれ」という声が上がる。
(ずいぶんと集またものだな)
 宙太が作たクラブ「星見会」が天体観測を始めてから一年。当初は私と宙太の二人だけで行ていたが、今夜集また生徒は十四人、顧問である教師を含めると十五人だ。
 昼間雨が降たせいで湿度が高く、風もないので蒸し暑い。学校は山と畑に囲まれているので虫も出やすい。
 そんな状況にもかかわらず、これだけの人数が集またのは驚くべきことだ。
 特別なことをするわけではない。
 集まてただ空の星を見上げるだけだ。
 高校のクラブ、しかも文系の弱小クラブに予算などほとんどない。高価な天体望遠鏡はもちろん買えないし、半数が持ている星座早見盤(本体価格510円)も自らの財布から購入している。
 あえて他と違うことをあげるとすれば、宙太の解説があるぐらいだ。
 では、彼らが宙太の話を聞きに来たのかと言えば、少し違う。確かに彼らは宙太が語る星々の物語にひかれたのかもしれないが、それは彼らの好奇心の扉を少し開けただけに過ぎない。彼らの興味・関心は、すでに宙太の話がなくとも夜空の星々に向いている。
 ――何故、星々の世界にひかれるのか。
 夜空へどんなに目を凝らしても、星と星との間に線など見えない。
 たとえ見えたとしても、その形が人や動物、楽器や道具などを連想させることは、正直に言て難しい。だいたい星の並びに神話などの物語を関連させることに何の意味があるのだろう。星の物語など知て何になると言うのだ。
 最初はそう思た。そして、実際に宙太に聞いてみた。
 すると、彼は笑い出した。
『何がおかしい』
『いや。そう考える人て昔だけでなく今もいるんだなと思てさ』
 聞けば、彼の愛読書である『星座手帳』という本にも似たようなことを聞いた人がいると書いてあるらしい。
『では、その本では何と答えているのだ』
『えーと、短く言えば「もたいない」かな』
『? どういう意味だ?』
『こんな身近に美しいものが広がているのに、それをよく知らないのはもたいないてことだよ。昔の哲学者カーライルも晩年嘆いていたそうだよ。「どうして、だれも私に星座のことを教えてくれなかたのだろう。星座はいつも頭の上に光ているのに、私はその名前を知てはいないのだ」てね』
 あの時は宙太が何を言ているのか、私には理解できなかた。
 だが今は、彼が語る星々の話を聞いていると楽しい。そう思う自分が存在している。
 私は彼の言葉に耳を傾けた。
「では、まず蠍座の説明です。あそこに見える赤い星が、蠍座のα星アンタレスです。名前の由来は、アンチ・アーレス。『火星に対抗するもの』という意味で、火星がこの星の近くを通るため、そんな名前が付けられました。けど『コル・スコルピオ』という別名もあて、意味は『蠍の心臓』。位置もちうど蠍の胸の部分にあります」
 最初のあいさつと打て変わり、宙太はスラスラと説明する。声は大きく、表情も生き生きとしていて、先程とは別人のようだ。
 いつものこととはいえ、あまりの変わり様に私は思わず苦笑する。
「蠍座は、世界で一番強いと豪語したオリオンに怒た女神へーラがオリオンを殺すために放た蠍です。星座になたのは、オリオンのかかとを毒針で刺して倒した功績だと言われているけど、刺そうとしたところをオリオンに踏みつぶされて死に、哀れに思た女神が天に上げたとも言われています。ギリシ神話の本を読んでも両方の説があて、どちらが本当なのかハキリとしません」
「オリオンて、メデサを倒したヤツだけ?」
 誰かの言葉に、宙太は笑て答えた。
「それはペルセウスだね。領主に命じられてゴルゴーン三姉妹の一人であるメデサの首をとたんだ。その時に吹き出したメデサの血からペガサスが生まれたとされていて、メデサ退治の帰り道に生け贄にされようとしていた王女アンドロメダを助けている。ちなみに、ペルセウス座とペガサス座、そしてアンドロメダ座は三つとも秋の星座です」
「じあ、オリオンは何をしたんだ?」
「海神ポセイドンとアマゾンの女王の子供で、狩猟の名人だね。オリオン座の近くにある大犬座は一説によるとオリオンが連れていた犬の一匹だとも言われている。他にオリオンと関係している星は、牡牛座のプレアデス星団かな。プレアデスは、巨人アトラスの娘たちの名前で、彼女たちはオリオンに追いかけられて困ていたのでゼウスが星にして逃してあげたと言われているんだ」
「えー。それ、オリオンひどくない?」
「何でそんなヤツが星座になているのよ」
 隣のクラスの女子二名、唯と双葉から非難の声が上がる。そこに、
「追いかけるくらいいいじないかよ」
「それにオリオンて結構格好良かたらしいぜ」
「え、ホント! それなら……
「ちと、唯! 何言てるのよ!」
 男子から茶々が入り、それをきかけに四、五人が言い合いを始める。
 天体観測会の主催者は宙太だ。一言言えばすぐにでも止まる程度のケンカだが、宙太はオロオロして周囲を見回している。先生もまだ止める気はないようだ。
 仕方がない。私が一歩前に出ようとした時、
「やぱり星て夢があていいよな
 私の後ろにいた伏見が呟いた。見ると、彼の目は星空へと向けられている。
 そんな伏見に、一年の卯月がうれしそうな顔で近づいてくる。
「先輩もそう思いますか? あたしも星てとてもロマンチクだと思います!」
「見ているとワクワクするよね。あの星が全部太陽と同じ恒星なんだよ。きと地球みたいに生命が住んでいる星があて、地球よりも科学が発達していて、宇宙船とかワープ航法とかモビルスーツを開発していて、絶対地球にも来ているよね!」
 どうやら伏見が宇宙人マニアだとは知らなかたらしい。若干引きつた笑みを浮かべながら、卯月はゆくりと後退りする。
 そんな後輩を気にした様子もなく、伏見はうとりと空を見上げて呟く。
「もしアンタレスに地球みたいな惑星があて、その星から太陽を見たらこんな感じなのかな
「いや、それはない」
 間髪入れず否定したのは、この私だ。
 不満そうに口を尖らす伏見に向かて私は言葉を続ける。
「アンタレスの大きさは太陽の約二百三十倍だ。光の強さに換算すれば約一万五千倍。アンタレス第五惑星あたりのヤツらが夜空を見上げても、太陽を見つけられるかどうかもあやしいぞ。……ん?」
 伏見が驚いたように私を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「いや、その。日下部さんて真面目そうだから、てきり宇宙人なんていないて言うと思たから意外で。ひとして、日下部さんも宇宙人はいると思ている?」
「いるも何も……
 私が言いかけた時、
「ほら、次の星座を説明するよ!」
 宙太が珍しく大きな声を張り上げるた。私が嘘をつくのが苦手なことを知ていて助け船を出したのだろう。
 そう。私は宇宙人――地球外知的生命体が存在していることを知ている。
 何故ならば……
「つ、次は夏の大三角の説明をしたいと思います。夏の大三角を作ている星――ベガ、アルタイル、デネブはそれぞれこと座、わし座、白鳥座のα星で……
 宙太の説明を聞きながら、私は夜空に目を向けた。中指でメガネをわずかに上げ、位置を調整する。少し厚めの縁にはマイクロカメラが仕込んであり、星の位置や明るさなどの観測データを機体のメインコンピターに送信している。
 宙太と天体観測を始めてから、もうすぐ一年。
 私はあと少しで、この地球という惑星にある日本という名の地域から見える星座をすべて観測したことになる。観測から得られたデータから星図を作り、私の機体に元々記録されていた星図を照合させ、私の現在座標を確定させる。そうすれば、母星への帰還ルートが算出できる。
 私が、ふたたび宇宙に旅立つ日が近づいていた。





1 ?年前。

 意識を取り戻した私は、暗闇の中を漂ていた。
(……ここは、機体の中か?)
 ぼんやりとした意識でそう考えた途端、私はハとして辺りを見回した。肉眼では深い闇を見通すことはできないが、すかり慣れてしまた無重力状態が、ここが宇宙空間であることを教えてくれる。
 そう、宇宙。ここで私はさきまで戦ていたのだ!
(みんなは? 敵は、どこだ?)
 慌てて機体の起動コマンドを口にしようとし、思い止まる。意識を失たのは戦闘中だた。母艦が敵の急襲を受け、仲間たちと緊急発進。不気味な姿をした敵を数体撃墜した後、機体の背後から敵に絡み付かれた。敵のアームを振りほどこうとした時に凄まじい衝撃を受け、操縦席から放り出され、壁に体ごと叩きつけられて……
(それから……どうなた?)
 わからない。早く状況を確認しなければと思う一方で、近くに敵がいるかもしれないという恐怖がじわりと私の心から染み出してくる。
 そもそも何故コクピトが真暗なのだ? 待機モードでも非常灯は消えないはず。まさか、機体が大破しているのか?
 胸を締め付けられるような不安を感じながら、隠密モードでの起動を音声入力。
 視界にパと四角い光が飛び込んできた。メインモニターだ! 周囲にも小さな緑色の光点が、非常灯の明かりが円を描くように次々と浮かび上がる。
 大丈夫、まだ機体は生きている。
 体を動かし、球形のコクピトルームの中心に固定された操縦席へと滑り込む。
 メインモニターで索敵結果を呼び出す。
 近くに敵の反応はない。個体でもワープしてくるヤツらなので油断はできないが、ひとまず胸をなでおろす。そして、気づいた。
(みんな、は?)
 モニターには味方を示す光点が1つもなかた。それどころか母艦がいる方向を教えてくれる矢印さえも表示されていない。モニターには、真ん中に自分を示す赤い光点がポツンと一つあるだけ……
(まさか……)
 急いで機体を通常モードに切り替える。微かな音を立てながらが周囲が明るくなる。球形のコクピトルームを覆う壁面モニターが起動したのだ。360度だけでなく天井や床にも外の様子が映し出され、一瞬、機体の外に放り出されたような錯覚に陥る。
『あたしね、本当は戦うの嫌いだけど、機体の中から星を見るのは好きなんだ』
 いつだたか同室の女の子がそう言ていたのを思い出す。
 高画質のモニターに映し出された星々は、確かにきれいだ。平常時なら私も少しは見とれたかもしれない。
 だが、今は――
 私は操縦席から身を乗り出した。正面を見る。右にも、左にも目を向ける。そして頭上に広がる宇宙空間にも目を凝らす。
 誰も、いない。
 敵も、味方も。戦闘後に出る機体の残骸や小惑星のかけらさえも見当たらない。
 ただ、無数の星々が遥か遠くにきらめいている……
「壁面モニター、オフ!」
 私は思わず叫んでいた。エネルギー消費を抑えるためではない。怖かた。ただ怖かた。広大な宇宙にただ一人取り残されたという現実に体が震えた。
「落ち着け。落ち着くんだ」
 自分に言い聞かせるように、あえて声に出す。
 宇宙空間で戦闘を行う以上こういう事態は想定されている。毎月行ている非常訓練で緊急時にどうすればいいのかは知ている。
「まずは機体の状態をチ……損傷軽微。エネルギー残量、七割。酸素もまだ十分残ている」
 母艦が基地を出発してから半日も経たないうちに敵の襲撃を受けた。基地とはそう離れていないはず。これなら単機でも帰還できると安心しかけた時、小さな警告音が鳴た。同時にメインモニターの中央にエラー表示が現れる。
「自動帰還プログラムに、エラー?」
 一番近い基地を選び、最小限のエネルギー消費かつ酸素が保つ時間内で帰還できるよう機体を動かすプログラム。これがなければ手動で帰らなければならないが、私は戦闘要員だ。宇宙を長距離航行する訓練など受けていない!
「どういうこと? エラー内容は……現在座標が不明?」
 現在座標は機体から見える星の位置から割り出している。センサーか、恒星の位置データが破損したのか。それとも、またく知らない宙域にきてしまたのか。
 そもそも私はどれだけの時間気を失ていたのだ? 時計が壊れてしまたのか、現在時刻もおかしな数字が並んでいる。
 再び、小さな警告音が鳴た。モニターにメセージが表示される。

 ――緊急避難緊急プログラムに移行します。よろしいですか?

 聞いたことはあた。
 ひとまず近くの恒星まで行き、恒星からの距離や大きさなどから生命が存続できそうな惑星を探し出す。見つかれば着陸、見つからなければ別の恒星に向かう。そんなプログラムがあると。そして、その間は搭乗者は冷凍睡眠させられると。
 だが、この緊急避難プログラムを使た者が生還したという話は聞いていない……
(どうしたら、いいの……
 適当な方向に機体を進め、偶然基地や母艦が見つかることなどありえない。頭では緊急避難プログラムを頼るしかないことはわかているが、
(本当に、見つかるの?)
 冷凍睡眠から目が覚めることはできるのか?
 もしどこかの惑星に不時着したとしても、私はそこで生きていけるのか?
 わからない。何の保証もない。
 でも、このまま何もしなければ私は確実に死ぬ。
 私は震える指でプログラムのスタートボタンを押した。



【参考文献】
「星座手帳」(草下英明著、現代教養文庫)
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