スーパーショートなラノベコンテスト #スシラノコン
 1  2  3 «〔 作品4 〕» 5 
食事の用意を担当している人ないし人以外へ
投稿時刻 : 2014.07.30 20:42
字数 : 6566
5
投票しない
食事の用意を担当している人ないし人以外へ
あなたの日記帳


 「Who done it?」という問いがまたしても飛び出してしまたまさにその時、僕は食堂に一人残て飯を食ていた。まあ、主観的には。
 梶原はどすどす床を踏み鳴らした後にスキプしながら入てきた。この食堂という名前がとりあえずついている場所では、そうやて床に繁茂している真黒な草というか藻というかを追い散らさないと歩けたもんじない。踏むと刺すので虫の一種かもしれない。虫は光合成しないものだという常識があるとして、ここでは通用していない。まあ、今のところは。
 にしても最悪のタイミングという奴だ。間抜けだともいう。僕はわざわざ梶原の頭を開け、中に入ている辞書を引いて調べた。間抜けとは脳の代わりに辞書が入ている梶原のような奴をさすが、その語源は別に脳がないけど辞書があるという解剖学的特徴とはあんまり関係がなくて、「間が抜けている」から来ているそうな。やらなくてもいい時にやらなくてもいいことをやてのける。
 それでその時の梶原の間抜けぶりと言たら、ちうどカレーを食べているときにうんこの話をするようなものだた。不幸な僕の魂を慰めるために補足すると、僕はその時カレーを食べていた。まあ、主観的には。
 「who?」じなくてwhatじないかなという僕の反論を梶原は無視する。辞書を大事そうに頭の中にしまい込んでいる梶原の代わりに省略を止めるとこういうことだ。
「何が俺たちに食い物をよこしてんだ?」
 食い物以外かもしれないよ、とは指摘しない。何しろ僕は今食べている。
 
 
 
 僕の人生から条理と常識が手に手を取て逃げ出してしまたときのことはよく覚えている。これは別に、ちと厨二病にかかた人間(や、現状の僕ら)がよく陥ている「なんでもこた比喩をひねらずにはいない症候群」じなくて現実の光景だ。何しろ目撃者がいる。僕がこの〈学園〉に隔離された時のことだ。通用門ということになているあのぐにぐにに僕たちが恐る恐る足を突込んだ時ちうど横にいた梶原の証言では、確かに僕の頭からなにか光り輝く二つのものが飛び出して明後日の方向に――梶原が誓て言うところでは「俺が小学三年生の時にかとばした満塁ホームランみたいに」――飛んで行たそうな。
 なんじそりと思た僕は一緒に入たほかの二人であるところの正木と円藤を問い詰め、正木のほうからは「そういわれてみたらそんなものが出てた気がする」という証言を引き出した。一方円藤のほうは僕がこの話を切り出すや否や言葉を濁し、そのせいでちとした緊張関係が樹立された。円藤いかにも言いにくそうに曰く「俺は別に光なんか見なかた」。
 もちろん今では別にこの手の不整合なんて僕らはみな鼻で笑い飛ばす。でも、当時は僕はまだ〈学園〉に来ていなくて、つまりはこの世の皮を一枚はがせばそこには道理とか理屈が通ていると信じていたのだ。僕らはいかにも若かた。「バカだたよねダハハ、ダハ、ハが」とは正木の弁。黙れよほんとにと僕は思う。僕らがここ一年ぐらいで目にしている唯一の人類の生きている女だということをさぴいても、正木はなかなかの美人なのだ。黙てさえいれば。
 さて、円藤はなんで黙ていたのかといえば、その時は僕らがまだあまり仲良くなていなかたという理由に尽きるものであるらしい。調子を合わせておかないと何されるかわかたもんじないと思たそうで、まあそれは無理もないかなと思う。あの時の僕は荒れていたし、〈学園〉に入てからはどう見えていたか知る由もない。
 見えると言たら、目を覚ましたら紙コプになていた朝のことは今でも忘れられない。うろたえ騒いだ僕は寝床を飛び出し、梶原や正木や円藤を探して〈学園〉じうを――安全じないかなあと思われる範囲を――彷徨た。見つかた三人はそろて視聴覚室でうどんなんかすすていて、これ自体驚くべき発見だた。視聴覚室に見える空間が実在していたこともだし、折れ曲がた懐中電灯みたいな物体からうどんが出てきたこともそうだし、なにより三人はあろうことか椅子に座ていた。この〈学園〉に座れる椅子があるとして、大体はほかの誰かが座ている。何かが座ていることもある。座ている誰かないし何かは、特にやさしい場合には目に見える。触れないことは多い。電磁波や放射線や微細振動を発していることもあてこういうのに当たると死ぬ。まあ、一時的には。
 その時の三人は別に死んでいなかた。恐る恐る近づいた僕は自分の分と思しき椅子に座り、すると正木が顔も上げずに曰く「おはよー」。残り二人ももごもごとごあいさつで、僕が紙コプになてしまていることは一顧だにしなかた。事情を説明しても三人少しも慌てず騒がず「今気づいたの?」との由。なんでもおとといあたりから僕は紙コプになていたのだそうな。マジかよ、と嘆いた僕に微笑みかける正木の顔立ちはそれはもう可愛くて、僕は危うく恋に落ちるところだたし、「僕にお出汁を入れて飲んでよ」なんて一世一代のプロポーズも飛び出しそうになたけれど、それは正木がすすていたうどんが急に針金に変わたおかげで未然に防がれ事なきを得た。針金を噛み砕く女性の笑顔には千年の恋も一発で覚ます威力がある。
 その時の僕は破れた恋を床に投げ捨ててその場を乗り切た。自分が紙コプであるという問題のほうは、何か得体の知れないゲル状物体が円藤の声で「今日は掃除休んでもいいかな、体調悪くて」と切り出してきたときに消え去た。そういえばこいつは円藤だた。二週間ぐらいこの格好なものだから忘れていた。まあ細かいことを気にしてもしうがない。何しろここは〈学園〉だ。
 さて横道を逆走して、僕らがこの〈学園〉に入た時に円藤が何を見たのかという話に戻ると、円藤はごぼうをみたんだそうである。例の食べられる木の根こみたいな代物だ。そいつが僕の頭に突き刺さり、頭蓋骨を砕き、脳漿を飛び散らせる様を円藤は確かに見たという。頭の砕け散た僕はそのまま通用口に入り、しばらくはそのまま生活していたんだとか。ああだからあんなビビてたのかあと納得すると円藤は笑う。「だてごぼうだよ。しばらくは頭もなかたし」
 -(条理+常識)+ごぼう=僕-頭部。つじつまは合う。平仄が合うともいう。頭を取り戻した僕のもとに条理や常識が戻てきたり、あるいはごぼうが出ていたりする気配はない。まあ主観的に。今のところは。
 
 
 
 
 全員が集まるまでには一時間かかり、僕と梶原はその間に部屋の掃除と、安全な区域の点検をした。目立た発見といえば家庭科室(ということになている部屋)の中心部、天井のテーブルの間から金属質のオブジが生えていたぐらいのものだた。棘が何本も突き出していて、それぞれの間には虹がかかている。大きさは冷蔵庫ほど、これは時々廊下を走ていたりするアレのことではなくて、食品を冷やして保存するのに使う道具のこと。にいいいいいいという軋るような音は人間の可聴域の外で出ていると梶原はいい、僕は僕でオブジ表面のアルベドが異様に高くて困惑しきり。棘にしがみついていた無数の蜘蛛状の生き物の一体に話しかけてみたところ「暇そうに見えるか!」とのお叱りを頂戴したのでひとすると僕らと同じような生徒のなれの果てかもしれない。差し迫た危険ではないだろうという評価を下し、僕らはそと家庭科室を封鎖する。オブジの名前は「針山」にする。
 僕らの話を聞いて正木は高笑いし、円藤は死にそうな顔になる(今の円藤には顔がある)。おなじみの反応というのはとても貴重なもので、それは向こうも同じらしい。何もかもがちと目を離すと取り返しのつかないほど変わてしまうこの〈学園〉で、僕らだけが変わらず、安全で、安心できるものなのだ。
「へー、じあ家庭科室あとで見に行てみようかな。ヤバい?」
「とりあえず無害そう」と梶原が頭をぱかぱかさせた。
「蜘蛛がいたよ」
「蜘蛛か―。サイズは? あたしの口に入る?」
「余裕で。あと人語をしべる」
「そかー
「やめなよ、蜘蛛なんて食べるの」と円藤が恐れをなす。正木はえーいいじんおいしいかもよとカラカラ笑う。正木はここに来た当初から、とりあえずなんでも口に入れようとする態度を貫き続けている。正木が食べてないものといたら床(ダイヤモンド並みに硬い)と天井(届かない)と僕たちぐらいのもので、それも最後の一つについては「僕らの意識がある間は」の但し書きが付く。僕らが寝ている間とか、僕らの分岐体とか、その他想像もつかない形で僕らが餌食にされている可能性は0ではない。まあ、僕の信じるところでは。どうせなら性的な意味で餌食になりたいと思たり思わなかたりしないでもないことを、僕は別に否定も肯定もしません。
 話題が食べ物に及んだところで、梶原が当初の目的を思い出した。
「というわけで本日の議題は、俺たちに食い物を配達してくれているのは何か、です」
「神」と僕。
「床」と正木。
「うせーよお前ら。円藤、お前はどうよ」
「んー」と言たきり円藤は黙る。語りえないことについて円藤は沈黙する。語れよと言われても沈黙する。考えていないのかというとそんなことはなく、突然深い洞察が飛び出してくることも多々ある。悲しいことにここでは洞察なんか何の役にも立たない。朝に知られた道は夕べには死んでいる。可なり。不可だろ、と思ていられたのはここに来てから二週間ぐらいの間で、後はもうよきに計らえという気分で僕らは生きている。ここに来てから円藤の口数はどんどん減た。最近はだんだん増えてきて、よきに計らえだと思う。
「まーほら、毒じないんじない? あたしら生きてるわけだし」
「俺の頭に辞書入てんだけど」
「それで?」
「こんなんで生きてるて言ていいのかよ。俺の脳みそどこ行たんだよ」
「ここ出る時までにはきと戻てくるよ」と僕。「それに、食べ物と、梶原の脳みそが無くなてる件は関係ないでし
「ねーけどさー」と梶原は不満げだ。「あるかもわかんないだろ」
「ない」
「ない」
「悪いけど、ないと思う」
「知てるよそんなこと、うせえなあもう」
 僕らの話は大体それる。筋道、なんてものは遠い記憶のかなたで、おしめとかブランコとかの記憶の隣で埃をかぶている。僕らをここに送り込んだ先生や親が見たら涙を流すだろう。不可解きわまる環境で哲学的問答に精を出しながらサバイバルする学生たち、という僕らの有様はきと何かの理想像を体現している。僕らの実感としては与太話をしながらおくる無為徒食の日々という奴で、ありがとうモラトリアムなどと言いたくなる。モラルハザードだたかもしれない。僕は梶原の頭を開けて、モラトリアムの項を引く。載ていない。いつの間にか仏和辞典になていた。
「おい御木本(僕の名前です)、お前聞いてんのかよ」
「梶原はさあ、来週あたり脳みそ帰てくると思うよ」
「え、マジで」
「勘ね」
「勘かよ」
 ごまかせた。脳みそがない相手なんかちろいもんである。
「はいじあ話これでおしまいねー。ごはんよー
 正木が袖をまくりあげ、そこらの床のタイルをはがす。中にはカレーが四人前。さき食べたのになあ、とは思ても言わない。得体の知れないカレーだよね、なんてなおさら言えない。せかくごまかせたのだし、何よりスパイスの香りは食欲をそそる。直前に食べたものの記憶を消し去る作用もあると思う。
 
 
 
「Who done it?」に答えられる人間はいない。人間以外もいない。今のところは。答えなくていいんじないかという人間は年々増えている。大体が若い人で、つまりは〈学園〉の卒業生だ。
 〈学園〉は正式にはゾーンとか特異現象領域とか呼ばれている。ゾーン出現に先んじて、送り付けてきた何者かはメセージを添えていた。大体こんな調子だたそうだ。
「安全です。お気軽にお入りください」
 確かに安全だた。お気軽とは言いかねる態勢で送り込まれた無数の探査隊と機器によてそのことは証明された。少しも欠けずに戻てきた探査隊は相互に矛盾をきたした調査機器のデータを公表し、「ゾーンは無外です。これ以上の調査は金の無駄です」とコメントした。そんな馬鹿なと乗り込んでいた後続隊はげそりした調子で戻り、一人残らず同じことを報告するにおよび、ゾーンの危険性はほとんどゼロであるという理解が広また。
 それ以外のことは何一つわからなかた。ゾーンはすべてが崩壊している。理解を拒むオブジやら現象やらで沸き立ち、一時も同じ姿をしていない。ゾーンの外で役に立ちそうなものは何一つなく、持ち出せるものも右に同じ。目くるめく不条理体験の果てに得られるのはある種の諦観だ。この世にはわけのわからないものがあります。
 使えるじないか、と、どこかの教育関係者が気付いたそうな。
 人類を根本から蝕んでいる病があるとすれば、それは未知のものに対する恐怖心だ。闇の中で肉食獣に襲われていたころにうえつけられた異種恐怖症という本能は、今ではちと信条や外見が異なるだけの人にまで牙をむくようになている。森の中で飢えながらうろついていたおかげではぐくまれた糖分や脂質に対する嗜好と同じで、過去の遺物だ。
 ゾーンは、そんな人類の未知恐怖症を飼い馴らすのに絶好の道具だた。ゾーンは何一つ傷つけない。ただわけがわからないだけだ。ちと死に至るモノもあるとして、ゾーンはそんな損傷をしかり修復してくれる。得難い教訓てんこもり。
 〈学園〉はそうやて生まれた。
 毎年、世界中の子供たちが送り込まれ、中でしばらく過ごして帰てくる。出てきた子供たちは皆辛抱強く、理性的で、多少の理不尽相手ならびくともせずに取り組める我慢強さというお土産をしかりと携え、ちとまぶしそうな目をして帰てくる。中には帰てきてからしばらくの間、壁なりお花なりに未知の言語で話しかけてしまう子も出てくるそうだけれど、大したことにはならない。児童虐待を訴えていたお偉方はゾーンに連れ込まれてその無害さというか無意味さを思い知らされ、すぐに沈黙する。
 送り込まれる側の意見を言わせてもらうと、ここはそんなに悪くない。ここは楽しい。毎日発見があるし、理不尽が寄てたかて遊んでくれる。知覚力や思考力が外部から強化されることもたまにあて、世界の見え方が変わる感覚も味わえる。ここに入る前に恐れていたように気が狂う様子もない。狂うだけ時間の無駄と思わせる何かがここにはある。
 
 
 
 僕たちはカレーを食べる。何を食べているのかという疑問は無視する。主観的にはカレーです。
「そりそうだけどさあ」と梶原は愚痴る。頭の継ぎ目はいつの間にか消え去り、僕は辞書にさよならを言う。
「気になるならあたしがもらうけど」
「そういうことをいてんじなくてさあ」
――気になるなら、自分で作ればいいよ」
 円藤の言葉に、皆のスプーンが止まる。円藤はおずおずと、昨日の探索で発見したものについて語る。透明度の高い水源池、なんだかスパイシーなペーストの垂れ下がる藤棚、水田(大きさは30センチ四方、表面温度は3K)。僕らは顔を見合わせて、カレーが作れるかどうか検討し始める。水よし、ルー多分よし、米もある。具はどうするかという話に至り、正木は僕らが見つけた蜘蛛を入れようと強硬に主張する。
「行けるて! 絶対いけるて! 駄目な時はあたしが責任もて食べるから」
 またく正木は覚悟が決まている。美人なのに。こんな残念な話はないと思う。
 結局僕らは具を探すことを決める。なんとなく、いい具材が見つかりそうな予感はある。何しろカレーの完成品のほうは出てくるのだ。ちとした手作りができないわけがない。僕らのお世話をしてくれている何者かは、多分僕らの思いをくんで、ジガイモあたりを用意してくれるだろう。まあ、見た目ジガイモ程度のものかもしれないけれど。
 聞いているかな? みているかな? 僕らはカレーを作ります。蜘蛛は食べたくありません。おいしい具材を、どうかよろしくお願いします。
 ごちそうさま。解散。
 
 
 
 終わり
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない