スーパーショートなラノベコンテスト #スシラノコン
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三好乃ランと牛乳反射な給食時間
投稿時刻 : 2014.08.03 17:31
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三好乃ランと牛乳反射な給食時間
高波 一乱


 給食当番の子が割烹着を外して席に着くと、先生の合図でみんなが手を合わせた。
 「ちと待てください、先生!」
 クラスの中でもとびきり可愛いツインテールの女の子が、綺麗に折り目のついた制服のスカートを翻して立ち上がる。
 その瞳は生まれたての小鹿のようにくりと輝いて、みずみずしい真白な肌は皮を剥かれたばかりのダイコンのようだ。
「なんだ、三好乃(みよしの)。死にたいのか」
 クロのんこと黒野先生、独身25歳彼氏いない歴=年齢が、獲物を定めた黒豹のような目つきで私に銃を向けた。
「一大事です! 私の牛乳がありません!」
「ああん? 水で我慢しろ。トイレならすぐ目の前だろう」
「いやいや、そこにあるじないですか。先生の目は節穴ですか? 男を見るときのそれのように」
 放たれた銃弾が、私のおでこを貫く。
「あいた!」
「喜べ、今日の弾は特別製だぞ。とある薬剤を入れて、かゆみが残るようにしてみた」
 なるほど、弾の当たた場所が、蚊に刺されたみたいに痒くなてくる。
「いつも思うんですけど、これて体罰じないんですか? いろいろとマズいご時勢ですよ?」
「心配するな、ちんと許可は得ている」
 クロのんはそう言て、パパとママのサインが入た『お仕置き許可証』を見せてくれた。
「いくらパパとママがいいて言ても、教育委員会とか文部科学省とかが黙ていませんよ」
「心配するな」
 お仕置き許可証の裏面には、しかり教育委員会と文部科学大臣のサインも入ていた。

 クロのんが私を目の敵にするのには理由がある。
 実はクロのんは、私のパパとママと高校で同級生だたのだ。
 壮絶な三角関係の末、ママに負けてパパを取られてしまい、以降、そのシクを吹切るため、青春のすべてをサバゲーに捧げてきたという。
 だから最近、ママに似てきたと言われる私を見ていると、かつてのトラウマが蘇てくるのだろう。
 クロのんも素材はいいんだから、もと愛嬌というか、素直な可愛さを出せばいいと思うんだよね。
 そう、私みたいに。
「余計なお世話だ。小3のガキに心配される筋合いはない」 
 うかり声に出てしまていたようだ。
 クロのんの銃から発射された弾が、さきと同じ場所に当たる。
 ちとムズ痒くなてたところだたから、少し気持ちよかた。

「まあ、私はクロのんが行き遅れようが、戦場で大暴れしようが、それはどうでも良くてですね」
「どうでもよくない。あとクロのん言うな」
「百歩譲て体罰は認めますけど、牛乳だけは譲れません」
「三好乃。お前は昨日の給食時間に、自分が何をしたか分かているよな」
「はい。美少女にあるまじき、鼻から牛乳を噴き出すという失態を犯してしまいました」
「なぜ鼻から牛乳を噴き出した」
「面白いギグを思いついたのですが、よくよく考えてみると面白くなくて、それで牛乳を口いぱいに入れたのですが、飲み込もうと思た瞬間に面白くなてしまいまして」
 不幸なことに、私は椅子を傾けて座ていたため、後方にきりもみ回転しながら広範囲に牛乳を飛び散らせる大惨事となてしまたのだ。まるで壊れたスプリンクラーのように。
 教室のあちこちで悲鳴が上がて、隣のクラスからも見物人が集まる騒ぎになた。
「食べ物を粗末にするやつには、罰を与える必要がある。お前は今日から牛乳禁止だ」
「ええ、そんな! 成長期なのに牛乳を飲まないんじあ、体が大きくならないですよ」
「残念だたな。頭の成長が体に追いつくのを待つといい。何十年かかるかわからんがな」
「ど、どうしよう……このままじあ、おぱいも大きくならなくて、貧乳のクロのんがママに敗北を喫した二の舞に……
 クロのんはマイク置きのようなスタンドを教壇において、そこに大きなマシンガンを設置した。
 ジキリ、と弾が装填されて、照準が私に合わせられる。
「いいだろう。最後のチンスをくれてやる。ただし、また牛乳を噴き出すようなことがあれば、その時は――
「その時は?」
「法務大臣の許可を取りに行くことになるな」
 そして私は、自らの命を担保として、一本の牛乳を受け取た。
 ほぺたにヒンヤリと冷たい牛乳瓶の感触は、まるで死神に撫でられたかのようなトキメキを感じる。

 私が席に戻ると、クラスメイトたちは机を教室の端へ移動させた。
 広い教室の真ん中には、机が三つだけだ。
「ふえ……ランちん、本当に大丈夫なの?」
 痒み止めクリームを差し出してくれたのは、私の親友で、ふえ系女子のサーヤちん。
 ハーフのサーヤちんは、月夜のススキのような、銀色でサラサラの髪の毛をしている。
 心配性でおこちいなサーヤちんは、私の悪戯心を十二分に満たしてくれる最高のパートナーだ。
「黒野先生の言うことも正しいよ。ちんと座て、変なことを考えないようにしないと」
 ジト目で私をたしなめるのは、私の親友で、似非クール系女子のシオリちん。
 背が高くて、運動神経が抜群なシオリちんは、女の子にすごい人気があて、バレンタインデーにはたくさんのチコレートが集まてくる。
 しかしクールな外見と言動に騙されるなかれ、シオリちんはこう見えて、だだ甘のゆるゆるなのだ。
 人見知りが激しいからクールな印象を与えるんだけど、心を許した相手にはとことん甘い。 
 例えば、シオリちんの家に遊びにいて、シオリちんを抱き枕代わりに使ていると、シオリちんは私が飽きるまでじーとしているし、おしりとかふとももとかぷにぷに触ても、ピクと反応はするけどされるがままなのである。
 でも甘いだけじなくて、私のことを心配して厳しいことも言てくれるシオリちんは、私の最高のパートナ-なのだ。
 心配そうに見つめる二人の親友をおいて、私は死ぬわけにはいかない。
 
 それはともかく、今日の給食の献立を確認しよう。
 まずは小学生の永遠のアイドル、きなこパンだ。
 ふかふかと柔らかな焼きたてパンに、さらさらと甘い香りの幸せが散りばめられている。
 校内美少女コンテスト第一位である私でも、きなこパンを相手にしては分が悪い。
 次に、お野菜と肉団子がたぷり入たスープ。
 細かく刻まれたホウレン草とニンジンが、表面に浮いた油にきらきらと輝いている。
 きなこパンの甘みがスープのしぱさを、スープのしぱさがきなこパンの甘みを求め合う最高の組み合わせだ。
 デザートはイチゴと生クリームが乗た焼きプリン。
 私はこのデザートのためなら、一日に算数が5時間あても学校に来るだろう。

 私が牛乳を手に取ると、教室がざわとした。
 サーヤちんとシオリちんも、少しだけ後ろに身を引いた。
 昨日の一番の被害者は、目の前にいた二人だたのだから、それも仕方の無いことだ。
「ホントに大丈夫なの?」
 サーヤちんが、ふえて顔で私を見ている。
「ダメかもしれない」
 私は正直に答えた。
「今は大丈夫なんだけど、牛乳を口に入れた瞬間に、いろいろ込み上げてきそうな予感がする」
「少しずつ飲めばいいじないか」
 シオリちんの言うことはもともだけど、勢いよく飲まなければ牛乳ではないのだ。

 私は、おいしいものは後に取ておくタイプだ。
 今日の献立の中で、牛乳が一番好きなわけじなけれど、ある意味おいしいのは牛乳なので、まずはそれ以外から手に付けることにする。
 教室は静かな緊張感に包まれている。クロのんのマシンガンは、相変わらず私の方を向いている。
「変なことを考えないようにしようとすると、余計に考えちうんだよね」
 きなこパンを頬張りながら、私はアンニイなため息をついた。
「ランちん、何を考えているの?」
 言葉通りに受け取ると、少しシクな感じがする言い方だけど、サーヤちんに悪気はない。
「単なる、つまらないギグだたんだよ」
「どんなの?」
 サーヤちんが私に聞いたタイミングで、あちこちから牛乳瓶を置く音や咳払いが聞こえてきた。
 教室が静まり返たのを確認して、私は私を窮地に追いやたギグを明らかにする。

「『ウマがふとんだ』ていうギグなんだけど」
 なにそれ、という二人の表情は正しいリアクシンだと思う。
「何かて、ウマがウマイて駄洒落と、布団が吹飛んだていう駄洒落を組み合わせたんだよ」
「それはなんとなくわかるけど。鼻から牛乳を吹き出すほどのこと?」
「まあ、そうだよね、シオリちんの言うとおりだよ。私は最初、ある意味シルで面白いかなと思たんだけど、冷静になて考えてみて、普通に無いよねと思たんだ。そしたら――牛乳を含んだ瞬間に、理不尽に吹飛ばされているウマの無念そうな顔が、リアルな感じで思い浮かんできちたの。ほら、強い風を顔を当てたときの映像を、スーパースローカメラで見ると、顔の肉と皮がたるんで面白い感じになるじん? そこへウマの『ヒヒーン!』て鳴き声がスローで聞こえてきて、気づいたら鼻から牛乳を吹き出していたてわけ」
「ふえ……よくわかんないよ……
「ランは、なんでそう余計なことを考えるのかな」
 性分なので仕方ない。

 そんなこんなで、残る給食は牛乳だけになた。
「それで、どうするつもり。このままだと、きと同じことになてしまうよ」
 私はふふんと鼻息をついて、机の中から洗濯ばさみを取り出し、鼻に挟んだ。
「ほあ、こうすえば、はあからぎういうは、であいよ」
 牛乳瓶のビニールとフタを外して、口元に近づけた。
 サーヤちんとシオリちんは、ハンカチを目の前に開いて防御の姿勢を取ている。
「が、頑張てね……!」
「おかしなことを考えないようにな」
 教室中が見守る中、私は牛乳瓶を口につけて、ぐいと傾けた。

 一口、二口……
 おお、いけそうだ。
 そして、牛乳が美味しい。
 きなこパンを一口分だけ残して、直前に口に放り込んだのが正解だた。
 鼻をつまんでいるため、やや風味にかけるけど、今は命がかかているのだから贅沢はいえない。

 三口、四口……
 きたよ、ウマが。
 昨日と同じように空中を吹飛んでいて、ばたばたと足を動かしている。
 私の視線はゆくりとウマの顔に近づいてて、鼻水と涙を垂れ流しているウマの顔がドアプになた。
 ウマは私に訴えかけるように口をパクパクさせている。
『ウマだけに、トホホース(horse=ウマ)』
 ……うわあ。

 牛乳を飲む私のペースが止また。
 濃厚な白い液体は、喉から奥へと進むことなく、上へ上へとせりあがて行く。
「ら、ランちん、頑張て!」
「ラン、気をしかり持つんだ! 余計なことを考えるな!」
 真白な世界の中で、サーヤちんとシオリちんの声が聞こえてくる。
 クラスメイトたちも、ランちんコールで私を応援してくれていた。
 頑張らなくては。みんなの期待に応えなくては。
 うん、やはり洗濯ばさみは正解だた。 
 寸でのところまで来ている牛乳は、鼻の中でギリギリ堪えていた。

 おのれ、私の頭の中のウマめ。
 いつまでウマ面でニヤニヤしているんだ。
 お前なんて、ささとどこかに飛んでいてしまえ。
……よく頑張たな、ランよ』
 ウマは急に真顔になて、私に語りかけた。
 その姿はみるみるうちに白くなていて、ウマはウシになていた。
『私は牛乳の神だ。ウマに姿を変えて、お前の牛乳に対する気持ちを試していたのだ』
 ウシがにこりと微笑んだ。
『これからも牛乳を美味しく飲んでくれたまえ。では、さらば――ぐはあ!?』
 さらなる衝撃を受けて、ウシは断末魔の叫びを上げた。
『ヒヒーン!!』

 ゴボ、と水が爆発するような音がした。
 濃厚な甘い香りが鼻の中から外へと突き抜けていく。
 聞いたことのある声の悲鳴が、すぐ近くで聞こえた。
 ガガガガガガガ! と、マシンガンの弾が発射される。
 全身に弾を浴びた私は、壊れた操り人形のように無様に崩れ落ちた。


「わかりました、こうしましう」
 私の胸倉をつかみ、コメカミに銃を突きつけてくるクロのんに、私はある提案をした。
「クロのんが私の妨害に負けず、ちんと牛乳を飲めたら、私の負けということで」
「勝ちも負けもあるか、ばか者が!」
「あれれ? 怖いんですか? 生徒たちの目の前で、鼻から牛乳を吹き出すのが」
……いいだろう。その挑戦、受けて立つ! その代わり私が勝たら……お前は一生、死ぬよりも辛い、試し打ち用の動く的になるのだ」
 クロのんは単純だから扱いやすい。
 だが、問題はこれからだ。クロのんはまたくといていいほど笑わない。
 以前、うちに遊びに来たとき、なんとかクロのんを笑わせようと漫才や面白映像を見せたのだけど、クスリともしなかたのだ。

 クロのんは余裕の笑みを浮かべて牛乳を構えている。
 私がどんなネタを見せても、絶対に笑わないという自信があるのだ。
「どうした、三好乃。私はいつでもいいぞ」
「く……
 クロのんを倒すネタが思いつかないまま、とうとう給食の時間の終了を知らせるチイムが鳴てしまた。
「いくぞ!」
 クロのんがフタを外して、牛乳を飲み始める。
 大人だから、飲むのも早い!
「ふえ……もう飲み終わうよお……
「ラン、なんでもいい、黒野先生を動揺させるようなことを言うんだ」
 クロのんが動揺しそうなこと……
 25歳、独身、彼氏いない歴=年齢の、恋愛にトラウマを持つクロのんを倒す一言は……

「昨日、クロのんとエチする夢みちた」
「ぶはあ!」
 びちびちびち! と、私はクロのんの吐き出した牛乳を真正面から浴びていた。
 私のときより大きな悲鳴が上がて、他のクラスの子たちが他の先生を呼びに走ていた。
「みーよーしー…………!!」
 真白な涙と、真白な鼻水と、真白なよだれを流して起き上がるクロのんを見て、本能的な恐怖を感じた私は、走てその場から逃げ出した。
 しかし小学校において、生徒が先生から逃げられるはずもなく、私は放課後、生徒指導室に呼び出されてしまたのだた。
 

 翌日の給食時間、私の机の上に牛乳が置かれているのを見て、みんなは驚いていた。
「それだけ絞られたてことかな」
 シオリちんの言葉に、私は頷いた。
「ふえ……き、きついお仕置きだたの?」
 サーヤちんを安心させるように、私は首を横に振た。
 そう、体罰なんてもんじない。
 生徒指導室に呼ばれた私に、クロのんが最初に言た言葉は、「それで、私とどんなエチをしたんだ。最初から最後まで、全部言てみろ」だた。
 クロのんは保健体育の先生でもあるので、そういたことをネタにしたことを、本気で怒ていたようだ。
 そういた知識はマンガとかで何となくしか知らない私は、それはもう全身が真赤になるような辱めを受けたのだた。
 いたいどんなやり取りが生徒指導室であたのかは、サーヤちんとシオリちんにも言えない。

 いただきます、の号令で給食が始また。
 おとなしくしている私とクロのんを見て、他のクラスメイトも安心しているのか、いつも通りの席の配置だ。
 他愛のない話を、サーヤちんとシオリちんたちと楽しみながら、私は最後に残た牛乳に口をつける。

 一口、二口……
 大丈夫、飲める。
 ウマとかウシとか、そういた変なのは、まるで出てくる気配がしない。

 三口、四口……
 思い浮かぶのは、クロのんがお説教のあとに出してくれた牛乳だ。
 その時、さすがにクロのんも私をいじめすぎたと思たのか、一つ打ち明け話をしてくれた。
 それは高校時代、パパとママとの三角関係の話なんだけど、クロのんはママにパパを取られたのではなく、パパにママを取られたということだた。
 私は8歳で小学三年生だから、そういうことは良く分からないけど、懐かしそうに夕日を眺める黒野先生は綺麗だと思た。

「ランちん、大丈夫?」
 サーヤちんに声を掛けられて、私は「ふえ?!」と情けない声を出してしまた。
「顔、真赤だよ?」
 手鏡に映た私は、ゆでダコみたいになている。
「どうした三好乃、熱でもあるのか」
 クロのんが私の額に手を当てた。私の顔はますます赤くなる。
「だ、大丈夫! なんでもないです!」

 私は残た牛乳を一気に飲み干した。
 冷たくて甘い感触が、火照た喉をするりと駆け下りていた。
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