空
捜し物は首です。
奇妙なお話かもしれませんが、事実なのですから仕方が御座いません。
朝起きたら、首が無くな
っていたのです。
朝になって鏡を見てみると、首が無くなっていたのです。
勿論、目というものは首から上についていて、首というのは首だけではなくて、首から上の頭も含んでいるところを意味するものでありますから、その目も当然無くなっていたわけでございますが、何故か「見え」てはおりました。目以外の何を持ってして、ものを「見る」ことが可能だったのかという点は、甚だ不思議なところではありますが、それを言ってしまえば脳もなく、どうやって考えているのかということも不可解といえるところで御座いましょう。
そもそも私は今の何かを考えているのかと問われれば、果たしてどうかとも思ってしまうわけですが、そもそも首を失う以前の私がものを考えていたのかどうかということすら怪しく思えてきたものです。
さてそんな風ですから少し考えて逡巡したあとに、人まずはと思い、朝食を済ませた後に、部屋中を探しまわってみたのです。夜寝る前に箪笥の中へでも片付けてしまったものかと箪笥の中の衣装ケースやダンボールやらを引っ掻き回したものの、それらしきものは一向に見当たりません。
はてな。これはもしや盗まれたのではあるまいか。しかし、深夜に人の入った形跡もなく、首を盗む泥棒などあろうものかとも思います。
ふと、昨日は休日ということもあって居酒屋で酒を浴びるほど呑んでも酔いも良いほどにまわって二軒、三軒と千鳥足でまわりもはや人事不省の体で布団に潜り込んだことを思い出しました。
よもや、昨晩、酔った道中に首を何処かへ置いてきてしまったのではあるまいか。
そんなわけですからは昨日の飲み屋の番号を調べると、手当たりしだいに首は落ちていなかったかと問い合わせてみました。けれどもどこの店員も気の毒そうに首の忘れ物など無いことを告げるのです。中には右腕の落し物ならあったと教えてくれる店員もいたのですが、首の代わりに腕をつけたところで仕方ありませんし、他人の腕を勝手に拝借するわけにも参りません。
仕方なしに昨日歩いたと思われる経路を逆向きに辿ってみたりするのです。
けれども、一向に首はみつかりません。
道行く人に
「私の首を見かけませんでしたか」
と訪ねてみるのですが、道行く人は気の毒そうに首を振るだけで誰も首を見た人はおりませんでした。
首が見つからない。もしかしたらどこかでゴミとして処分されてしまったか、野良犬にでも食われてしまったのかもしれない。
私は茫然自失となって公園のベンチに座りました。
「どうかされたのですか?」
ふと声をかけられたので、横を向いてみるとそこには人はいませんでした。
はて? と思っていると、
「ここです。あ、下の方です」
という声がしました。先程は呆然として気が付きませんでしたが、私の座っている横に、ひとつの首が置いてあったのです。
一瞬、やっとみつかったと思った私ですが、よくよく見たら私の首ではありません。
誰かの首が話しかけていたのです。
「いえ、ちょっと首をなくしてしまって」
そう言うと首はさも心配そうな顔をしたあとに、にこっと笑った。
「奇遇ですね。私も体がどこかへ行ってしまったのです」
「それは、お互い大変ですね」
私は自分のことも忘れて隣にいる首を不憫そうに見た。首だけになってしまっては体を探すのは一苦労だろう。
「空、綺麗ですね」
お互い疲れているのか、ふと沈黙が漂った時、そんな風に首が言った。
その日初めて、空を眺めたような気がした。
雲ひとつ無い、快晴だ。
「ああ、本当だ」
結局、首は今も見つかっていない。
あのあと一緒になって首と体を探しまわったのだけれど、痕跡すらつかむことは出来なかった。
私の首は一体どこへ行ってしまったのだろう。
きっと、遠くへ、どこか遠くへ行ってしまったのだろう。
私は大切なモノを失ってしまった。
けれども、あの日、私は大切な人と出会えた。
首は失ってしまったけれど、今は幸せだ。
首を失うことがなかったらきっと今の幸せもなかったのだろうと思うと、何だか不思議だ。