第19回 てきすとぽい杯〈日昼開催〉
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レイテンシィ
大沢愛
投稿時刻 : 2014.07.13 16:15
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レイテンシィ
大沢愛


 階段のかなたから足音が聞こえる。「資料室」の暗がりのなかで身を縮める。ドアの明かり窓がぼんやりと白くなる。踊り場の電燈がついたようだ。
「三階までは上がてこないことも多いよ。先生にもよるけれど、真暗な会館の階段なんて上りたくないもん」
 三年の柚希先輩の言葉を思い出す。1/2の賭けは悪い方に出たみたいだ。
 大翔のシツがもぞもぞと動く。今年の「れーてんしー」つまりLatency(潜伏)係のパートナーだ。嗅覚がすこしずつ鋭敏になてくる。息遣いのにおいが変わた気がする。

 例年九月に行われるわが資生館高校の文化・体育祭「資生祭」は、一年から三年までのクラスを縦割りにして八つのチームを作る。文化祭はステージと展示、体育祭は応援とダンス、それに競技のポイントで競い合う。リーダーの三年生は少し不自然なくらい熱血的になて一・二年生を指揮する。応援・ダンスについては五月ごろから演武・振付のメニを決め、チームの確定する八月からは毎日、呼び出して練習に入る。一応、学校での練習時間は放課後、六時までだたけれど、もちろんそんなもので許されるはずはない。いたん解散した後、午後八時に集合がかけられる。場所は運動公園や球場駐車場、神社の境内などさまざまだた。そこで午前二時くらいまで練習して、帰宅、仮眠、登校という毎日になる。去年は一年生で、何もわからないうちにダンスのメンバーに入れられて、気が狂いそうになた。衣裳は型紙を渡されて各自で自作することになていたけれど、このスケジルで作る余裕はない。みんなそうらしいけれど、結局はママに泣きついた。型紙を見たママは言た。
「これ、絶対に作る人間のこと考えてないでし
 ママはものすごく頑張てくれた、らしい。私は毎日、帰宅するなりシワーを浴びてぶ倒れていた。仮縫いするときも半分くらい寝ていた。苦闘するママを見て、大学時代演劇部だたパパは言た。
「両面テープと針金、あとホチキスがあればイケるんじないか?」
 舞台衣装ならそれでいいかもしれないけれど、ジンプしたりピラミドの上から飛び降りたりするダンスのコスチムとしては無理だと思う。パパの合理化策はあさり退けられて、ママの労作のおかげでなんとか、本番に耐えうる衣裳ができた。
 今年はかなり強烈に自己主張をして、ステージ係になた。「愛莉、去年のダンスうまかたじん」「やぱ愛莉が適任よね」という悪魔のような声を振り切るについては多少、人間関係も犠牲にした。「結衣のところ、去年優勝したよね? ここはぜひチンピオンのノウハウを活かしてほしいな」「杏のジンプ、あれは真似できないよ。最後にキメてね!」めまぐるしく変わる目つきをかいくぐて、ステージ係をゲトしたときには、もう終わてもいい気がしていた。

 予想通り、ステージ係は応援・ダンス係ほどの拘束はなかた。そもそも、台本が仕上がらないのだ。リーダーの三年生の中でも、リーダープが取れる人は応援、ダンスの担当になり、ステージはその次だた。一番おとなしい人は展示を担当する。おとなしいなりに着実に準備を進めるのも展示で、つまりステージ係はちらんぽらんなメンバーばかりが揃ていた。去年、あるチームは、舞台上に台本を広げて置き、うつむいて読み上げながら劇をやる、という力技をカマしていたくらいだ。今年のステージ係も、あれやこれやと悩んだ挙句、八月の終わりになてようやく台本が決また。「おおきく待ち構えて」というバレーボール劇だ。全員体操服でいい、というのが斬新というか、ありがたかたけれど。
 練習は放課後、二年生の教室で始また。私は出演者になてしまた。子どもの頃のトラウマを抱えていて思い切てアタクが打てなくなり、チーム内で孤立するけれども最後には勝利に貢献するレフトの女の子役だた。しう口ごもていればいいのは楽だたけれど、キプテン役の朱里にしう罵倒される。しかも朱里は徐々にノリノリになてきて、こちも本気で腹が立てくる。
「ここで取組み合いでもすれば盛り上がりませんか?」
 思い切て提案してみたけれど、監督の三年生はにべもなかた。
「十分間だから」
 最後に感極まて抱き合う場面で朱里の首を締め上げることにして、ひたすら耐えた。
 ステージ発表なら、やはり実際に舞台で合わせてみたいところだ。本番で使う体育館のステージは、演劇部と吹奏楽部、それに軽音楽部がローテーンで使ていて、チームの舞台練習はできなかた。三年の柚希先輩が言う。
「資生会館四階の小体育館。あそこで練習するんだよ」
 資生会館は学校敷地の南端に建ていた。一階が食堂と購買、二・三階が選択教室、そして四階が「小体育館」と呼ばれていた。バレーボールのコートならぎりぎり一面、バドミントンのコートは二面だけ取れる、というフロアで、いつもは運動部の一年生が交代で使ていた。広さの割には天井近くにギラリーもある。
「警備会社の警備対象外でね、こそり忍び込めば朝まで使える」
 ただし、と柚希先輩は声を潜めた。
「先生もそのへんわかてるからね。夕方に見回りして、きちり施錠していく。だからそれまでに忍び込んで、見つからないように館内に潜伏して、職員室が無人になたところで入り口の鍵を内側から開けて皆を呼び込む。例年、この潜伏係は『れーてんしーてよばれててさ。勇気ある男女に許された大役なんだ」
 「れーてんしー」は先輩からの指名で決まる。まず、付き合ている相手がいる子は選ばれない。そして、どう考えても相手にとて罰ゲーム的な立ち位置の子も外される。
「要するに、暗い中に二人きりで、ヒアウイゴーになてもいいかなて子に回て来るんだよ」
「それて、うれしいんだか情けないんだか分かりませんよねー
 そう言て、私は笑たんだ。

 その三日後に、私は大翔とともに「れーてんしー」を拝命した。

 夕方、会館前で大翔と落ち合た。同じクラスで、ときどき話すことはあたけれど、二人きりになるのは想定していなかた。
「ごはん、どうする?」
 大翔が言う。
「もう、すませてきた」
「あ、俺も」
 何を喋ているのかわからない。でも、大翔の顔をまともに見ると気が変になりそうだた。
 そのまま、二人で会館へ入る。ひとのいない会館内は、踊り場の窓から差し込む夕日に古めかしく染まていた。階段を上て、三階のフロアにたどりつく。「資料室」のプレートがぼんやりと見える。ここが「れーてんしー」の本拠地らしい。ドアノブをそと回す。室内はソフが五脚、運び込まれて、暗幕と机が積み上げてあた。
 ドアを閉める。部屋には窓がなかた。電灯をつけて、向かい合たソフに座る。大翔はバグを隣に置いて、両ひざをそろえている。
「このままでいるんだよね」
「うん、たしか八時半くらいまでかな」
「緊張するね」
「うん」
 そんなことを言い合ていた。
 途中でトイレに立た。帰てきた大翔は、歯磨きの香りがした。あわてて、私もポーチをもてトイレに行た。
 なんだか不思議な感じがした。本当のことを言うと、大翔のことは前から気になていた。こういう形で二人きりにされたのはなんか悔しかたけれど、時間が経つにつれてなじんできた。

 スマホを見る。午後八時過ぎだた。大翔と私は部屋の奥へ走た。積み上げられていた暗幕を摑んで、中に潜た。足音はドアの前で止また。ノブが回り、部屋の明かりがつけられた。暗幕の下で、大翔ときつく抱き合た。ついさき、ささやき合ていたのに、こんな形で抱き合うなんて思てもみなかた。
 いきなり、幕が引きはがされる。固く瞑た眼をそと開く。そこに立ていたのは、柚希先輩だた。


 一年後、資生祭文化祭当日。
 舞台の上では大翔と愛莉が抱き合ていた。まともに見られないかと思ていたけれど、案外、平気だた。
 客席からの拍手が沸き起こる。大翔も、このどこかにいるに違いない。
「恒例なんだよ」
 柚希先輩の言葉を思い出す。
「こうやて、『れーてんしー』の二人がどうなるか、録音で記録しておいて、翌年の舞台の台本にするの。来年の舞台まで、仲よくしていないと、すごくバツか悪いからね。がんばて」
 柚希先輩も、一昨年の「れーてんしー」だたそうだ。去年やた、あのラブストーリーて実話だたんだ。確かに、これじ後輩にもやらせないわけにはいかないよね。
 舞台上ではクライマクスシーンが始まている。
 一年越しの捜し物が見つかた気分で、私は目を凝らす。 

 
 
 
 
 
 
 
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