更新履歴
- 2013/03/16 23:38:48
- 2013/03/16 23:37:54

　捜査対象を追って既に３年。対象の一人「オザキ」は、一見なんの特筆もすることもない中年男性である。平成の世の浮かれにもとらわれず中堅の商社に勤め、特にどこに追い越されるでもなく、かといって業界トップに踊る活躍をするわけでもなく。ただ、業界内では一定の存在感を醸し出し「某中堅商社にお勤めのオザキ氏」という姿を形作っている。年は５０になるかどうか、今時ではめずらしいほどのポマードぺったりの髪型で、近づけば本当に昭和の残り香が漂う紳士。
「で、このオザキ氏が、怪盗赤フン男っていう、そっちの情報のほうが、ネタだと今でも思ってるんでスけどね」
不正経理とか談合とかなら話はわかりやすいし、納得もできる。しかし「オザキ」の容疑は「怪盗赤フン男」であり、毎回珍妙な事件を引き起こすことによるものだ、と上司は言う。
　怪盗赤フン男の犯罪履歴は、「高度」なくせに「微妙」という類のもので、例えばグレーな金利で商工ローンを売っていたA社の役員から１円ずつ、毎月口座から引き落とすとか、クーポンで騒がせたB社のクーポンが、使う時は
１％お得になり、クーポン提供者にも１％多く振り込まれ、結果搾取するはずのB社だけ大損、という、どうやればそれをできるのか説明するのが難しい割に、全体の被害額が微妙な金額、という案件がざっと２０件ほど続く。そして毎月記録更新中だ。そしていつも犯行現場、ともいえるか微妙なところに赤い越中褌を落としていく、といった具合であり、
「って、容疑を話しているほうが、いつも馬鹿らしくなってくるんスよ」
「とはいってもなあ、被害にあってる会社も会社でまあ、よくガンガン言ってくるほうでなぁ」
面倒くさそうに我が上司は頭を掻いて、隣の席に座っている。少し古めの覆面パトカーに男二人。なんとか警察２４時でご存知の風景は本日、この場所でも展開している。
　まあとどのつまりは、やっかいものをどうにかしてくれ、と暗にその被害者達に相当突っつかれているらしい。例えブラック代表と言われるような企業であっても、被害に合っていれば当然被害者であり、それを守るのは公僕たる我々の…
「その先は言うなぁ、タバコがまずくなる」
「地の文読むのやめてくれまスか。あと、タバコやめるって先月いってませんでしたっけ？」
「口に出していっているものが地の文なわけがないだろう、このメタ野郎め。ああ、いつだってやめたさ。そして何度でも再開する。その繰り返しだぁ」
ニコチンという魔性の女は、今も上司を魅了し続けているらしい。

　とはいっても、毎日観察していると、「オザキ」も変な行動をすることがわかった。毎月９日になると、朝方とあるビルのポストにこそこそと近づいて、なにかを投函する、らしい。ところがその後そのビルのポストの主、であるところの会社の人間と立ち会いの元、そのポストを開けてみても、なにもないのだ。念のためその会社と「オザキ」との関係を確認したが、全く接点がない。
「試されてるんでスかね」
「まあな。『わかっているぞ』っていうサインかもしれんが、赤フンのやることはよくわからん」
どこまでも投げやりな返事が、勤労意識をがりがりと削っていく。
「いつまでこんなこと続けるんでスかね」
「まあなぁ、こういうのは、大抵その状態に慣れたなんて思っている頃に、突然終わりが来るって相場が決まってんだぁ。それまでは、じぃーっと待つのさぁ。」といってあくびを噛み殺す。どこまでもだらしがない。


しばらくして、
「で、お前ぇさんは、まだその終わりに気がついてねえんだな」
と幾分鋭い声が聞こえた。
「えっ？」
「見ろ、ワイパーのところ。　ったくどうやってひっかけたんだか。こちとらずっと車の中に居たっていうのに」
見るとワイパーの根本に、赤い布切れが纏わりついている。この状況からして、オシャレなスカーフではなさそうだ。外に出て改めて確認すると、ご丁寧に赤い越中褌。そして傍らに名刺が挟み込んである。ご丁寧にふりがながふってあり「オサキ」と書いてあった。
　さて、いままでの調べで名前の読み方が違うといった基本的なミスはしていなかったはずだ。それともそれはフェイクなのか。
「まあ、そのまま額面通り受け取ると、怪我ぁするなぁ、こりゃ。オサキ真っ暗、なんて言いてえところだが、どうやらまだヤツ、もしくは奴らの尻尾は、別に８つはありそうだってことだ、くだらねぇ。」
いまいちガテンが行かずそのココロエを聞くと、
「尾を裂く、と書いて尾裂（おさき）。九重の狐とか、んーあれか、あんまりそういうのはわからんか？　相手はくだらねえ洒落者で珍妙だからなぁ、こっちも少しばかりノってやらんと、なかなか現場にも辿りつかねぇぞ」
そういって短くなったタバコを咥えた上司は、げしげしと楽しそうに笑って、件の褌を手にとって眺めていた。上司のハンチング帽の被りが、今までに比べてずっと浅くなっていることに気がついたのは、結構後になってからだった。

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