だれにしようかな
午後の仕込みを終えると、厨房の外に出て煙草を口にくわえた。
夏が終わり、伊豆の海も徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
しかし、本当のレジ
ャーシーズンはこれからだ。すごしやすく、味覚を売りにできる季節のほうが温泉旅館は忙しない。
私が料理長となって、はじめての秋。夏を乗り切った安堵感以上に、不安が大きくのしかかる。
改めて実感するのは、前の料理長だった岩さんの存在感だ。勝手口のある中庭からは、垣根越しの駿河湾。女将は、あの波間から岩さんが旅館を見守っているというが、果たしてそうだろうか。
「おい、平八。お前、まさかまだ小説なんぞ書いているんじゃねえだろうな」
生前、岩さんはしばしば私をそのように叱責した。
包丁裁きに繊細さが求められる反動だろうか、たいていの料理人は気が荒い。叱責がやがて罵倒へと転じることも常だった。
「のろい! お前の仕事はのろい!」
手際の悪さを、料理に専念していないからだと、小説のせいにされたこともある。確かに物書きをする料理人は珍しいかもしれない。しかしこの世の中には、小説を書くキツネやペンギンもいる。うさぎもいれば、饅頭だっている。何故なのか、どうしてなのか。料理人ばかりが、何故咎められなければならないのか。
そんなある日、私はほんの悪戯心で小説投稿サイトに一つの掌編をアップした。物語のワンシーンで、釣りをしていた熟練の料理人が波に呑まれて命を落とす。岩さんが帰らぬ人となったのは翌日のことだった。
そう。岩さんが口にした通り、私の仕事はのろいだ。子供の頃から、自分はおかしいと感じていた。作文に書いた妄想が、現実となることがある。私は言霊を操れるのだ。料理に注文をつけた客、仕入れの品を偽装しようとした業者、SFコンテストにうつつを抜かしている投稿者。不幸に陥れたのは、岩さんだけではない。
ところが、今の私は平凡な一人の人間だ。ちょうど岩さんが波にさらわれて以来、私は理解不能な現象に見舞われている。
やはり岩さんは、料理に専念しろと言っているのだろうか。真剣に、真面目に、魂を削った作品が、身に覚えのない内容にすり替わる。ああ、これはどうしたことだろう。いつしか私の書いたものは、いじり小説なるレッテルを貼られようになっていた。
投稿画面に表示された、数千字の文字列たち。それが作品として公開された瞬間、別物へと変貌してしまう、そんな現象に悩まされてもう長い。
私一人が理不尽な目にあうのはこりごりだ。1位になった投稿者こそ、呪われるべきではないだろうか。
まともな小説を書く者は、呪われてしまえばいい。キーボードが壊れたり、あんぱんを買ったらあんが右端しか入ってなかったり、ありとあらゆる禍に見舞われればいい。
それはともかくとして、さまざまな方法を試みた私だが、一つだけ試していないことがある。それは時間外の投稿だ。
ここに投稿した人たちは、蛸壺に入ったタコも同然。もはや逃げ道などない。
投票期間が終わったら、私は言霊の力を使うことにする。今度こそ、岩さんを欺いてやるのだ。
みなさんに幸あれ。果たして、誰が1位になるの・・・
と思っていたら、どうやら終わり時が訪れたようです。
ほら、聴こえませんか、波の音。
きっと岩さんが呼んでいるのでしょう。
みなさん、お世話になりました。最後に一人くらいは道連れにできるかな?
順位を
気にする余裕は……
もう……
だ……
れ… …
に…
し…
…よ
……
…う
……か