KIYO-WAKE
天空より射し込む狂気―紅蓮の言霊が天地を揺るがす!
古来、変人の産地として名高い辺境国に彼は生を享けた。
幼少の砌より文武に通じた彼は、長じて神々の地にて勇者とな
った。
清廉潔白のあまり、状況を弁えずに行動する彼は時に畏れられ、また時に重用された。
時あたかも魔族の陰謀が神々の地を覆っていた。神の座を簒奪すべく、魔族の長が天命を詐称し、神に譲位を迫った。神々の地をしろしめす女神は魔族に籠絡され、譲位の可否を問うべく、彼を遥か南の神託の地へと遣わせる。
魔族の権勢は強大だった。その威勢に媚び諂えば、彼の栄達は思いのままだっただろう。何の証拠も残らない。ただ、神託として、魔族の野望を肯う言葉を伝えればよかったのだ。
女神と魔族の御前へと進み出る。ひとつ、深く息をした後、彼は厳然と言い放った。
「だが、断る!」
言葉は矢となり、奸佞邪智を貫く。
魔族の野望は潰えた。女神の怒りは凄まじかった。「pure」を意味する彼の名前を「DIRTY-WAKE」と改名させ、南の果ての僻地へと追放する。道なき道を進むうち、魔族の追手に襲われた彼は傷つき、もはや一歩も進めなくなった。
その時、山中に真っ白の異形の獣が現れた。獣は一行の先に立ち、岩の隙間を縫って歩いた。木々に覆われた森が、突如として開けた。そこには煙を上げる不思議な山に守られた、広大な土地があった。
何も言わずに立ち去ろうとする獣に、彼は名を問うた。振り向いた獣は静かに答えた。
「INO-SHISHI」
ほどなくして、魔族の傀儡となっていた女神は崩御した。
魔族の支配は去り、彼は神の地へと召還された。
魔族を退散させた彼は、本来ならば次の神の下で偉大なる存在として権勢を揮ってもよいはずだった。
だが、彼に用意されたのは神の地周辺の管理、運営だけだった。
理非に厳しく、信ずるところを決して曲げない彼は正しかった。だが、正しいがゆえに疎まれた。晩年は神の地に招かれ、テクノクラートとして功績を挙げた。だが、同じく失敗の責も負わされた。
彼の死後、子孫は数代で没落した。
不遇である。我々と同じに。
だが、彼は我々には決してできないことをやった。
生業の中で心に刻まれた忸怩たる思いに気づく時、彼の言葉を思い出す。
「だが、断る!」
なんと清々しい響きだろうか。
我々が不遇である限り、不遇な彼とその人生は輝き続けるのだ。
そう、我々自身の不遇な人生を、ほんの少しだけ胸を張って歩くために。