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第一回 日本法螺小説大賞
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 投稿時刻 : 2013.03.27 23:24
 字数 : 2077
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しゃん@にゃん革


 ある日のこと、俺は妙な噂を耳にした。
 噂というより、都市伝説の類だ。都内のどこかの駐車場には、スフンクスのような主がいる。車を停めた後である条件に応じないと、命を獲られてしまうという。その条件が何なのかは分からない。いずれにせよ古代エジプトではあるまいし、世界に名だたる法治国家のこの国でそんな馬鹿なことが起きるはずは断じてない。

 その日、俺は購入間もないハチロクで新宿に向かていた。休日だが、仕事で書類を作らなければならなかたのだ。3,4時間で終わるはずだから、その後はどこかへ足を伸ばそうと思ていた。なにしろハチロクだ。FRだ。おまけに俺の車は6速MTだ。休みの日は、峠を攻めるためにあると表しても過言ではない。

 が、しかし、である。
 俺の職場はアジア有数の繁華街の一角にある。車で来たものの、駐車場を探すのも一苦労だ。一方通行の道を行たり来たりしているうちに、ふだんあまり足を踏み入れたことのない路地を俺は走ていた。そして、やと見つけたのだ。空きのある「P」の看板を。

「P」と標されているからには、当然、駐車場である。停まているのも、もちろん車である。が、俺の頬は激しくひきつていた。どれほどひきつていたのかは、ルームミラーで確認するまでもない。そこに停まていたのは、自慢のハチロクがかすんで見えるビンテージカーばかりだたのだ。

 フラーリF12ベルリネタ、ランボルギーニ・アヴンタドール、ランチア・ストラトス、シルビー・コブラ、ブガ・ヴイロン、トヨタ2000GT。名車博物館のように、古今東西のスポーツカーがずらりと並んでいる。駐車場の敷地に半分突込んだまま、俺は固また。目の前がまぶしすぎて、先に進む気になどなれやしない。

「すみません。お客さん、ご利用ですか?」
 呆然としていたら、耳元でコツコツと音がした。横を向けば、小太りの爺さんが運転席の窓を叩いている。
「ご利用て、やぱりここ駐車場なの? 何やらすごい車ばかり停まているけど」
 ウインドーを開けて確認すると、爺さんは表情のない目で看板を指差した。
「あそこ、Pて書いてあるでしう? お客さんは頭よさそうだし、Pの意味はご存知かと思いますが」
「そりあ、分かているけれど」
「では、問題ないですね。準備はよろしいですか? 私は必ずグーを出しますよ」
「え、ちと待て。準備て何? ここ1時間いくらなの?」
 おもむろに右の拳を握り、小刻みに揺らしている爺さんに、俺は問い質した。なんの準備がよろしいのか、またく不明だ。爺さんは俺を逃がすまいとするかのように、サイドミラーにぴたりと身体を寄せていた。
「ここの駐車場代はタダですよ。お客さんがジンケンで勝てばね。あいこもなしだたら、そこに停まている好きな車と交換していいですよ」
「好きな車て、まさか……
「あそこの平べたい車や、屋根のない車です」
「つまり、ランボルギーニやコブラのこと?」
「そうですね。特にあのコブラやヴイロンは、売たら大変なことになりますよ。状態がいいから、二億近くはいくでしう」
 俺を唾を飲み込んだ。誰が売たりするものか。もしコブラやヴイロンを手に入れたら、死ぬまで乗りつづけるのだ。あれを棺桶にできたら、なお最高だ。
「だけど、爺さん。この車だて、ローンがたぷり残ているんだ」
「心配ご無用です。私は必ずグーを出しますから。ホラじないですよ。これは神のお告げでやていることなのです」
 そして、そーれジンケンポーンという掛け声に、俺は無意識に反応していた。この爺さんが言ていることが本当なわけがない。俺は裏をかいて、グーを出した。
「はははー。爺さん、やぱり嘘をついていたな。それパーないか。無効だ、無効。インチキしたから、車をもらていくぞ」
 思い切り開かれている手の平を指差して、俺は言た。これでも空手茶帯、柔道白帯、書道三級だ。お母さん、いかつい顔に生んでくれてありがとう。
「嘘? インチキ? 負けたからイチモンづけとは、感心しませんね」
 眼光を鋭くすると、爺さんはシツの袖をまくた。爺さんの太い上腕には、たしかにグーがあた。たぶんなんとか天王とか阿修羅の握り拳だろう。それは、もんもんで描かれた巨大なものだた。
 しかし兄さんは親切な人だ、とドスの効いた低い声で言うと、爺さんは手を伸ばして素早くハチロクのキーを抜き取た。
「折角、看板を指差してあげたのにねえ。ここは兄さんも知ての通り、パーキングなんですが」
「え?」
「私、パーで勝たでしう。だからパーキング。なんてね」
「もしかして、あのランボルギーニや、フラーリも……
「さあ? なんのことでしう。ま、お客さんもアジアかロシアを旅行する機会があれば、またこの車と出会えるかもしれません」
 車の中でエクトプラズムを吐き出す俺を、サングラス姿の男たちが引きずりだした。
 東京の駐車場には、スフンクスがいるという。
 俺はこれから仕事をしなければならない。
 すでに手元にはない、騙し取られたハチロクのために。
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