てきすとぽい
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第21回 てきすとぽい杯
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結婚しよう
(
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.
)
投稿時刻 : 2014.09.20 23:43
字数 : 2036
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結婚しよう
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.
誰かの携帯電話が鳴
っ
た。ような、気がした。
幻聴だ、と自分に言い聞かせる。
聞こえた、ような気がした、のは、昔ながらのち
ゃ
ちな甲高い発信音だ。ピロロロ、ピロロロ、ピロロロ、
……
こんな昔ながらの着信音、長らく聞いてない。こんな、若い女性ばかりがいる喫茶店で、そんな音がするわけがない。幻聴だ。
僕はいつもこんな状況にいると、携帯電話の幻聴を聞いてしまう。手足が震えて足が真
っ
白になる。
小学校五年生の冬の、あの舞台のせいだ
っ
た。
学習発表会は毎年十二月に行われた。保護者や学校の近所の人々が体育館に集まり、彼らの前で各クラスがそれぞれ出し物をする。
僕のクラスは走れメロスの演劇だ
っ
た。
物心ついた時にはすさまじいあがり症で、小心者で、人前に出るなんて機会は徹底的に避けてきた内気な僕が、そのとき主役のメロス役に立候補したのは、子供らしい理由だ
っ
た。クラスのアカリち
ゃ
んのことが好きで、振り向いて欲しか
っ
たからだ。震える手を挙げた。周囲の同級生たちは無邪気さを捨て適度に目立たないことを望むようになる時期だ
っ
た。意外なほどあ
っ
さり決ま
っ
た。
舞台の練習は極めて苦痛だ
っ
た。た
っ
た二十五人のクラスメイトの前で、大声を出すのも辛か
っ
た。声は震え足が震え貧血を起こしまく
っ
た。担任にはどやされたが役を代わ
っ
てくれるクラスメイトもいなか
っ
たのでメロス役は続投とな
っ
た。アカリち
ゃ
んはいつの間にか王さま役のタカシくんと付き合
っ
ていた。
そんな苦痛にも耐えているうちに台詞も覚え多少はマシな演技ができるようにな
っ
たつもりでいた本番だ
っ
た。
体育館は底冷えがした。寒さと緊張で全身が震えていた。
ステー
ジの前にはび
っ
しり人が入
っ
ていた。クラスメイト二十五人とはくらべものにならない人数だ
っ
た。
それでも練習してきた日々を思い返し、クラスメイトらのさりげないフ
ォ
ロー
にも助けられながら、一幕、二幕を無事に演じき
っ
た。
それが起こ
っ
たのは第三幕の中盤だ
っ
た。周囲に他の役者がおらず、道中一人でくじけそうにな
っ
たメロスの長台詞。
平常心平常心と自分に言い聞かせながらなんとか台詞を紡いでいた最中、静まり返
っ
ていた体育館に携帯の着信音が鳴り響いた。
ピロロロ、ピロロロ、ピロロロー
ー
僕の集中力は突然それによ
っ
て途切れてしま
っ
た。覚えた台詞に、これまでの練習に思いを馳せていたのが全て吹
っ
飛んで、頭が真
っ
白にな
っ
てしま
っ
た。
三百人ほどの大人たちの目が、僕を見つめている。息ができなくな
っ
た。僕は数秒固ま
っ
た後、舞台から逃げ出した。
その出来事以来、僕はいつも、肝心なときに携帯電話の幻聴を聞いてしまう。そして、全身が震えて、何も考えられなくな
っ
てしまう。
テニス部の大会の最中も、大学の論文発表のときも、就職の面接のときだ
っ
て、いつもいつも、あの着信音が僕の人生の邪魔をする
――
!
だが、今日こそは、そうはさせない。僕は一度頭を振
っ
た。
目の前にいる、キ
ョ
ウコが眉根をひそめたまま、こちらを凝視している。
付き合
っ
て一年半になる。職場の先輩の紹介でなんとなくずるずる付き合いを続けてきた。別れて紹介してくれた先輩と面倒なことになるのが億劫だというのが続いていた理由だ
っ
た。
どうしてこんなことにな
っ
てしま
っ
たのだろう。
生理が来ないと打ち明けられたのは三日前だ。まさかの展開に頭が真
っ
白にな
っ
た。黙
っ
ていると、何か言
っ
てよ、と言われ、我に返りかけた。思うところがあ
っ
たが、それを口にしようとした瞬間、携帯電話の幻聴が聞こえて、僕は例によ
っ
て走
っ
て逃げだしてしま
っ
た。
だが家に帰
っ
て、落ち着き、冷静になり、言わなければならないことがあることに気付いた。
なんとか自分を落ち着けて、キ
ョ
ウコに電話をして呼び出した。
言うことは決めてきた。一人暮らしの狭いアパー
トで、台詞を何度も練習してきたのだ。人生の分かれ道だ。絶対に失敗はしない。
一度息を吸
っ
て、吐いた。
「あの、」
情けない自分の第一声が発せられたと同時、突然、テー
ブルが小刻みに振動した。わずかにテー
ブルの端と接触していた腕がびりびり振るえる。キ
ョ
ウコのスマホのバイブレー
シ
ョ
ンだ
っ
た。
不機嫌そうに、彼女がそれを止め、こちらを睨みつける。
僕の集中力はや
っ
ぱり切れてしま
っ
た。勇んでいた心が急速にしぼんでいく。
「あのさ、なんなの、さ
っ
きから黙
っ
て。何か言うことあるでし
ょ
」
「あの、あの、あの
……
」
「いい加減にしてよ! あんた、パパになるんだよ!」
「あ
……
あ
……
」
怒鳴りながら立ち上がりそうにな
っ
たキ
ョ
ウコを見て、僕はもう、完全にパニ
ッ
クにな
っ
た。
「け、け、け、け」
「け?」
「け、結婚、し、しよう」
僕はその自分の言葉が遠くから聞こえて来る他人の声のように思えた。自分の体に血が通
っ
ている気がしなか
っ
た。
『お前が職場の同僚と浮気してるの知
っ
てるんだぞ、本当に俺の子なのか』
――
今日こそ言
っ
てやると思
っ
ていた台詞は結局言えないまま、僕は人生の分かれ道で結局その場から逃げるための安易な言葉を吐いてしま
っ
た。
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