第21回 てきすとぽい杯
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アゲハとコオロギ
投稿時刻 : 2014.09.20 23:05
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アゲハとコオロギ
犬子蓮木


 誰かの携帯電話が鳴った。
 次に私のおなかが鳴った。
 視線が私にあつまったかと思ったけど、どうやら違っていて、みんなの視線を集めたのは隣の人のようだった。隣の青年の携帯電話が鳴ったのだ。
 着信音はコオロギの鳴く声だった。
 今は初夏なのでコオロギはいない。だからこの続いている音は携帯電話の音だ。コオロギが泣き止む。
「もしもし」
 青年が電話にでた。
「ああ、久しぶり……」
 青年の声だけが響く。
 こんなところで電話するなんてマナー違反だなと思うけど、強くマナーを指摘するほど私個人は携帯電話での会話に不快感を持ってはない。周りの人もそれぞれなにかを思い、ちょっと嫌そうな顔をする人もいるけれど、結局、誰も注意はしない。
「うん、今度、顔見せるわ」
 青年の電話は続く。
「あ、そういや、あれ知ってたっけ? ああ、現場にいなかったんだ。すごかったんだって。山口さんがさ、いきなりね。なんだ知ってるのかよ。ああ、あいつが話したのか。どうせおもしろおかしく話したんだろうなー。いや、そうだけど。伝え方とかあるわけじゃん? あいつはそういうところがダメなんだよ。なんというかいい人でいいんだけどね。いや、別に好きじゃねーし。おい、ふざけるなよ。怒るよ。まじ、まじだって。だって顔こえーじゃん。中と外が違うっていうか、もったいねーなってだけだよ。ギャップ萌え? ねーよ。いや、ハスキーが好きなのはでかいからで。言ったかもしれないけど、おい、きるぞ。いや、まてきるな。ちゃんと言うから」
 ふと顔をあげると目の前を横切るものがあった。
 蝶々だ。
 アゲハチョウがひらひらと飛んでいる。
 なんでこんなところに入ってきたのだろう。
 出られるのだろうか。
 つかまえて出してあげようか。
 アゲハチョウに気付いた数人の視線が、私と同じく、蝶の飛ぶ軌跡を辿った。ひらひらゆらゆら。きらきらちらちら。室内は風がないので、安定して飛んでいるように思える。
 黄色と黒が少し怖いなと思った。
 綺麗なのだけど、どこか怖さを持った美しさ。強さも感じる。雄だろうか雌だろうか。きっとアンケートをとったら、半々にはならない。なぜ、綺麗なものに女性を感じてしまうのだろう。それが生まれつき持っている感覚なのか、それとも生きていく過程で身につくものなのか知りたいと感じた。
 たとえば人間以外の生物には雄のほうが煌びやかなものがいる。
 そういったものにアンケートをとったら、人間とは別の結果が得られるのだろうか。
 なぜ、私は人間に生まれたのだろう。
 人間以外に生まれたら、まったく別の考えを持てたかもしれないのに。
 これはいくらかの人が持つ自らの国の人間ではなく、別の国の人間に生まれたかったという感情に近いだろうか。たとえば、異性に生まれたいという感情と似ているだろうか。特定のある人に生まれ変わってみたいという感情は一緒だろうか。
 世の中はわからないことしかないみたい。
「違うって。俺が好きなのはお前なの! 黙ったな? 聞いてるか? ちゃんと聞いたよな。もう繰り返さないからな。なんでこんな電話でいわなくちゃいけないんだよ。まったく……。言うな。返事は待って。その、お願いします……」
 ぐぅと私のおなかが二度目の催促をした。
 ああ、おなかすいたなー。                        <了>
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