第24回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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投稿時刻 : 2014.12.14 00:11
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雨之森散策


「ごめんなさいね。ウチ、お酒は置いてないのよ」
 砕けた口調で向かいの蓮見さんは僕の前に白いマグカプを差し出した。NYSTYLEなどと印字されたそのマグカプには羽の生えた猫のイラストが描かれている。
 さすがに声も出なかた。僕はしばらく呆然と蓮見さんの顔を見つめた。
「え? マグカプ?」
 そう驚いたのは町内会長の園田のおじさんだ。会長は老眼鏡の奥にある目を大きく瞠て蓮見さんの手のなかの器を見ている。
 いや、だて、と抗議がましく蓮見さんが会長に振り返た。
「うち旦那が糖尿だし、私も血圧高いんだもの。もうお酒なんて」
「はあ。そりあ大変だ」
 園田会長は自分の疑問符が綺麗に外されていることを指摘もしないで唸ている。
「ネスカフのカフラテなら特売でいぱいあるから、お酒じないけど」
「はあ……かへらて……
「あとで会長さんにも淹れますから インスタントだけど」
 またく悪びれない様子の蓮見さんはそのまま猫の描かれたマグカプを僕の前に置いてしまた。
 内容物はたしかに酒ではなかた。白い猫のカプから立ち上る湯気からは芳醇な香りが漂ている。
「いやあ……はあ」
 園田会長は困り果ててはいる風を装てはいるが実際のところは面倒なのだろう。
 僕のほうをちらりと伺うと
「時代の流れ、なんですかねえ」
 などと小さくうそぶいて湯気のたつカプを見下ろした。
 園田会長もひとたび家に帰れば介護が必要な両親のいる身だ、あまり家を空けさせるのも気が引ける。
 いいよ、もう。
 僕はマグカプの中の液体に何度か鼻を近づけながらOKサインを出した。
「ああ、作用でございますか」
 現金なものでこの時ばかりは猫背になりがちな会長の背筋が伸びる。
「ありがとうございます……
 蓮見さんまで急に口調が柔らかくなてしまう。
「ではでは」
 園田会長は妙にほとしたような顔で右手の親指から古めかしい銅の指輪を抜き出すと、僕の前に置く。
「えー、わたしく園田家十八代目当主・園田正樹は、古来より続く契約に則り、本年も速鷲さまに実り多きを感謝し――
 たどたどしい物言いは毎年いつもそこで途切れるのだが僕も慣れてしまた。そういえば先代や先々代もこんなもんだたよな気がする。それにセリフ自体は既に時代を経て原型を留めないほど改変されてきているのだから途切れたて僕は怒りも泣きもしない。
「感謝し――ええと、何でしたけ?」
「ここに証として御神酒と指金(ゆびがね)を献じたてまつります」
 蓮見さんがサポートを入れると園田さんが
「たてまつりまする」
 と要領よく繋いで言い切てしまた。
「はい、ご苦労様でした」
「いえいえ、こちらこそ。ご主人にはくれぐれもお大事にするように言て下さいよ」
「ああ、だめだめ外で飲んでるからあの人は。それよりも会長さんこそ無理しないようにね」
 この時ばかりは心配げな顔をした蓮見さんに会長さんは寂しげに微笑むと僕に一礼してから一度捧げた指輪をふたたび元の指にはめ直すとこの小さな社の外へと歩み去た。
……速鷲さま、贅沢言わないから来年はいい年にしてちうだいよ」
 ひとり残た蓮見さんがそんなことを言てから寒そうに腕を抱えて園田さんの背を追いかけるように歩き始める。
 速鷲さまと呼ばれたのは随分とむかしのことで、その名前の由来は僕ですら忘れてしまた。きとこの町内にも僕が何者かを知る人はいないだろう。
 それでもこうして毎年、この地を治めた神官の子孫と地侍の子孫が二人並んで僕に感謝の言葉をのべ、ちと贅沢な、あるいは慎ましやかな願い事をして去てゆく。今年はカフラテ、来年はさて何になるだろう。
 僕は蓮見さんの風変わりな置き土産の香りをもう一度嗅ぐと羽を広げてこの町の小さな空へと帰ていた。
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