てきすとぽいトップページへ
並行世界の片隅で
 1  2 «〔 作品3 〕» 4  8 
割れた花瓶と植木鉢
 投稿時刻 : 2015.02.14 23:56 最終更新 : 2015.02.14 23:58
 字数 : 13649
5
投票しない
目次
1. 俺のせいにしたかったんだろう?
2. もう二度と会えない、会うこともない。そう思っていたし、あの日までは、それは正しかった。
全ページ一括表示
更新履歴
- 2015.02.14 23:58:30
- 2015.02.14 23:57:09
- 2015.02.14 23:56:10
1 / 2
割れた花瓶と植木鉢
永坂暖日


 俺のせいにしたかたんだろう? ――だから、してやたんだよ。お前の望み通りに。

      ●

 割れた花瓶の破片を隠すように、植木鉢の破片と土が散らばていた。
 その場にいた誰もが絶句し立ち尽くす中、青い目の彼はこちらをちらりと見て口の端を小さくつり上げ、何事もなかたように行てしまた。左手から血を流したまま。

      ●

 藤代丈が丸子翔と初めて会たのは、小学校五年生の、二学期の始業式の日だた。転校生の彼の存在は、四クラスあた学年中にあという間に知れ渡た。もちろん、転校生だからという理由も大きい。だけど、彼の容姿――特に目の色が珍しかたことも、大きな要因だた。
 丸子翔は目鼻立ちがはきりとしていた。それだけでなく、男の丈から見ても均整の取れた顔立ちだた。男子よりもませている女子が、それに気がつかないわけがない。丸子翔はあという間に女子児童の間で話題となり、一見するとそれほど日本人離れした顔立ちではないのに、瞳ははきりと青い色をしていることが、人気に輪をかけた。
 丸子翔は、父親が外国人だたらしい。でも小学校に上がる前に両親が離婚して日本人の母親に引き取られたのだと、女子たちがひそひそと話しているのをたまたま聞いてしまた。
 彼女たちが本人から聞き出したのか、噂話をしていたのかは分からないが、黒い瞳の子供たちの中に突如現れた青い目を持つ丸子翔という存在は、その顔立ちも相まて否応なく目立ていた。
 女子児童たちにとては羨望の的。しかし、男子児童たちにとては、女子の人気を独り占めするいやな奴で、人気とは関係なしに、自分たちとは違う青い目を持つ異物だた。
 転校してきたばかりの頃こそ、新しい仲間に男女関係なく何かと関わり打ち解けようとしていたが、丸子翔は人見知りなのか他人と関わることが苦手なのか、話しかけられても返事は短く、クラスに早くなじもうという気持ちをまたく持ていないようだた。
 女子は、それでもクールで格好いいなどと言ていたようだが、男子は、つまらない奴だと見切りをつけて、一月も経つ頃にはほとんど話しかけなくなていた。その頃、丸子翔と言葉を交わしていたのは積極的な女子と、出席番号が近くなたために一緒に日直当番をする丈くらいだた。
 丸子翔はとても人見知りで、一月ではクラスにまだなじめないのかもしれないと、丈はなるべく丸子翔に話しかけていた。下の名前が、じうとしう、一字違いで響きがよく似ていたから親近感を抱いていた、というのもある。ある時丸子翔にそれを言たら、
「確かに似てるね」
 と、口の端をちとだけ持ち上げ、小学五年生とは思えない笑みを浮かべたのだた。丸子翔の大人びた笑みに、丈は何故か頬がほんのり熱くなるのを感じた。女子たちが、彼は格好いいときあきあ騒ぐ理由がそのときはきりと分かた。いや、もしかしたら女子たちよりも明確に、知たかもしれない。彼女たちも、丸子翔がこういう笑い方をするなんて知らなかただろう。
 前よりも丸子翔に話しかける回数は多くなり、そして彼に話しかける男子はクラスでは丈くらいしかいなかたから、丸子翔といちばん仲が良いのは丈だ、といつしかクラスメイトはそう認識していたし、丈自身もそう思ていた。
 さりとて、丈も三十数名からなる集団の一員にすぎない。しかも、決してリーダー格にはなり得ず、気弱なところのある性格だた。いわゆるガキ大将的存在に媚びへつらうことはなかたが、彼の言うことに逆らえるほどの気概も根性もない。丈より快活で気の強い他の友人たちも、丈たちのクラスのガキ大将である相沢雄摩(あいざわゆうま)には逆らえなかた。相沢雄摩は学年でいちばん体が大きかたし、小学一年生のときから柔道をしていた彼は、五年生にして中学生相手にも勝たことがあるという、本当の強者だたのだ。
 しかしそんな彼であても、丸子翔はクラス内の勢力図に無頓着で無関心だたから、相沢雄摩はその他大勢のクラスメイトとなんら変わりない存在だたようだ。相沢雄摩は当然ながら自分になびきもしない丸子翔が気に入らなかた。相沢雄摩が密かに思いを寄せていた女子児童が、丸子賞に夢中だたのも、気に入らない大きな理由だたに違いない。
 相沢雄摩が黒と言えば白も黒くなる――ほどではなかたにせよ、彼を取り巻く子分ともいえる友人たちは、ボスである相沢雄摩に倣て丸子翔に冷たく当たた。とはいえ、丸子翔は丈や一部の女子以外とほとんど会話らしい会話も交わしていなかたので、あからさまに丸子翔を無視しようとする相沢雄馬たちの方が、むしろ滑稽に見えた。
 本人たちもすぐにそれに気がついたようで、次は直接的に嫌がらせをするようになた。丸子翔が通り過ぎようとする直前に足を出して転ばせようとしたり、いすの上に画鋲の針を上に向けて置いたり、授業中に後ろから消しゴムのかけらを投げてみたり、と教師には見つかりにくい、小さな嫌がらせをあれこれやていた。しかし丸子翔は、相沢雄馬たちの足に引かかることはなかたし、座る前に画鋲の存在に気がついたし、消しゴムのかけらくらいでは眉一つ動かさなかた。
 丸子翔が相沢雄摩に嫌がらせをされているのはクラスメイトの誰の目にも明らかだたが、やめなよとは誰も言い出せなかた。刃向かえば相沢雄馬の目の敵にされるのは分かり切ていたから、丈ももちろん止めることはできず、嫌がらせをしているところを見て、わずかに顔をしかめ、胸の中でやめればいいのにと呟くのみだた。
 相沢雄摩が丸子翔を標的に嫌がらせを始めてからも、丈は丸子賞に話しかけていた。彼にとてはそれが相沢雄摩に対する精一杯の反抗心で、丸子翔の味方だというアピールのつもりだた。あくまで、つもりだたのだ。
 二学期の終わりに近付いても、相沢雄摩は丸子翔への嫌がらせをやめなかた。丸子翔は何をされてもいかな気にする様子がなく、涼しい顔をしていた。
 相手の反応がなければ、何とかして反応を引き出そうと嫌がらせはエスカレートする。このころには、相沢雄摩は丸子翔の靴や教科書を隠したり汚したりしていて、まるきりいじめだた。丸子翔はやはり顔色一つ変えず、教師に言いつけることもしていないようだたから、いじめではあるものの相沢雄摩の独り相撲のようでもあた。
 それはあの日、突然終わりを迎えた。
 二学期の終業式が間近に迫た寒い日で、教室の窓から見える夕焼けがとてもきれいだた。授業が終わり、多くの児童は下校していたが、丈と丸子翔は連れだて図書室へ行ていた。おのおの気になる本を借りて教室へ戻ると、相沢雄摩とその子分たち五人ほどが、室内だというのにドジボールのボールを投げて遊んでいた。
 他のクラスメイトは皆帰たらしく、丈たちが後ろのドアから入ると、視線の集中砲火を浴びた。けれどそれは一瞬で、相沢雄摩がまさきに視線を外して、ボールを持ていた男子に早く投げろよと横柄に言た。
 ランドセルは机に掛けてあるから、教室全体を使てキチボールする彼らの間を縫うように取りに行かなければならない。気まずく、ボールが当たるかもしれないという恐怖心があたが、ランドセルを取らなければ帰れない。相沢雄馬たちもそれは分かてくれるはず。そう期待しながら、おかなびくり自分の机に向かう。こんな時でも、丸子翔は涼しい顔をしていた。
 丈は少し離れたところを通り過ぎたボールに過剰にびくつき、相沢雄摩に笑われたが、なんとかランドセルを回収するとそそくさとボールの飛んでこない、教室の後ろへ避難した。
 丸子翔は無事ランドセルを取れただろうかと振り返ると、ちうど相沢雄摩がボールをキチしたところだた。相沢雄摩は意地の悪い笑みを浮かべ、彼に背中を向けている丸子翔を見た。彼の机は窓際から二番目の列のいちばん前で、ランドセルを取ろうと少し前屈みになていた。その背中に向かて、相沢雄摩場ボールを投げた。
 勢いは大したことなかたが、背中の真ん中にボールの直撃を受けた丸子翔は、少しよろけて椅子に足をぶつけた。相沢雄摩が声を立てて笑い、子分たちもくすくすと笑た。
 それでも、丸子翔は顔を上げず、振り返りもしなかた。
 転がたボールを、近くにいた子分の一人が拾うと、相沢雄摩が自分に渡すように言う。そして、丈の名前を呼び、投げる。
 軽く放られただけだたので、丈でも難なくキチできた。だが、戸惑いは隠せない。もしもいま教師に見られたら、丈も一緒に遊んでいると思われるだろう。そんな巻き添えはごめんだが、相沢雄摩は、丈を巻き込むつもり満々だた。
 顎で丸子翔を示し、彼に投げろと言たのだ。小さく首を横に振り、ささやかに抵抗してみたが無駄だた。睨まれ、投げろ、とさきよりも強い調子で言われた。
 これ以上逆らたら、後で何をされるか分からない。それに、丸子翔に投げるだけだ。さきみたいに後ろからではないから、丸子翔はキチできる。
 丸子翔は屈めていた体を起こし、丈をじと見ていた。ボールをキチしようと身構えてはいない。だが、きとキチしてくれる。
 丈は運動神経がいい方ではないが、これくらいの距離なら届くだろう。早く投げろという相沢雄摩の視線に押され、丈はボールを投げた。
 丸子翔をめがけて投げたつもりだた。でも、ボールは左にそれて、窓際にあた花瓶に直撃したのだた。
 花瓶は、丈と丸子翔の真ん中あたりの床に落ちて大きな音を立てた。大小さまざまな破片と生けてあた花、水が飛び散る。
 ボールを投げた姿勢のまま、丈は固また。顔から血の気が引く。
 丸子翔は、やはり顔色一つ変えずに床に散たものに視線を落としている。恐る恐る相沢雄摩を見ると、彼は先ほどよりも意地の悪い笑みを浮かべていた。してやたり、という表情だた。
 またくタイミングの悪いことに、まだ残ている児童を早く帰すため、見回りをしている教師が近くにいたらしい。花瓶の割れるけたたましい音を聞いて、教師が駆けつけたのは言うまでもない。
 学年でいちばん若い隣のクラスの担任で、いまのは何の音だと血相を変えていた。
「丸子くんがボールを投げて、花瓶を割たんです」
 ややあらげた声の教師に、丸子翔を指さしすかさずそう答えたのは、相沢雄摩だた。
 床に散た破片とその近くに転がるボールに気がついた教師は、険しい顔で丸子翔を見た。相沢雄摩が言たことは本当なのかと問われ、丸子翔は当然ながら違いますと答える。すると教師は相沢雄摩に視線を移す。
「丸子くんがやたんです。僕らみんな、見てました」
 相沢雄摩の言葉に合わせて、子分たちがうなずく。
 丈は生きた心地もしなかた。相沢雄摩たちは、丈をかばているのではない。丸子翔のせいにしたかたのだ。それが教師に露見したら、丈が怒られてしまう。花瓶を割たこと、教室でボール遊びしていたことを。
 でも、丈は巻き込まれただけだ。ボールを投げて遊んでいたのは相沢雄摩たちで、丈はたまたまその場に鉢合わせして、投げろと命令されたから投げただけなのだ。
 違うと否定するのは丸子翔だけ、後は皆、丸子翔がやたと言い張ている。丈は、否定も肯定も、本当は自分がやたとも言えなかた。だが教師は、丈が黙りこくていることに気がついていないようだた。
 一人以外みんな丸子翔がやたと言う。教師は民主的だた。
 ずと淡々とした表情だた丸子翔が、眉間に小さくしわを寄せて違うと言ても、教師はもはや聞く耳を持たなかた。花瓶を割たのは丸子翔だと断定して片付けをするように言い、相沢雄摩たちには教室でボール遊びをするんじないと叱た。
 思惑通り、まんまと丸子翔に罪をかぶせるのに成功した相沢雄摩だたが、自分たちも叱られるのは想定外だたようだ。丸子翔の手伝いをしなさいと言われた相沢雄摩は、ますますふてくされた顔になて、丈を睨んだ。おまえがやれと言うことか。でも割たのは丈だから、自分がやるのは当然だ。
 丸子翔は動かなかた。教師がほうきや雑巾を持てくるように言ても、割れた破片を見つめている。いじけてうつむいているようにも見えた。
 丈は掃除道具入れからほうきとちりとりを取て、破片の散らばる場所へ行く。子分の一人が、さすがに何も手伝わないのはまずいと思たのか、雑巾を持てきた。
「丸子くん……
 近付いて声をかけても、丸子翔はこちらを見ないし、顔を上げなかた。恐る恐る、再度声をかけようとしたら、丸子翔がいきなり動き出して、丈は声を上げそうなくらい驚いてしまた。
 丸子翔が動いたのは、ほうきやちりとりを受け取るためではなかた。
 彼は、窓際に近付くと、さきまで花瓶があたところの隣にある植木鉢に拳をたたきつけた。拳をたたきつけられ、窓枠にぶつかり、鉢が音を立てて割れる。丸子翔はそれだけのみならず、植木鉢の中身と大きな破片をつかむと、花瓶の破片が散らばるところに投げ捨てた。けたたましい音が三度響き、破片がいくつもの破片に分かれ、土が飛び散た。
 この行動には、教師も相沢雄摩も、もちろん丈も、言葉もなく立ち尽くした。
 しんと静まり返る中、土を踏む小さい音がする。丸子翔は机に戻りランドセルを背負た。それから、丈の横を通り過ぎる。そのとき、丈は丸子翔と目が合た。彼が通り過ぎざま、ちらりと見やたのである。
 青い目に射抜かれ、丈は固また。一瞬しか見えなかたが、彼の口元は、かすかに笑ていたのだ。だが、目はその色の印象通りに冷ややかだた。
 丸子翔が教室を出てから、教師はやと気を取り戻したのか、あわてて丸子翔を追いかけた。けがをしているだろう、と大声を上げながら。
 固い植木鉢を素手で殴たのだ。彼の左手から血が流れているのは、いちばん近くにいた丈も見ていた。だが、突然の思いがけない出来事に麻痺した頭は、赤いものがついている、という程度の認識しかなかたのだ。
 そして、あのとき丸子翔が見せた笑みがどういう意味か、冬休みが終わても丈が知ることはなかた。終業式の日まで聞くに聞けずにいて、年が明けたら今度こそ聞こうと決めたのに、年が明けたら丸子翔は転校していたのだた。
 本当は自分が割たと言い出せなかたことを謝れないまま、丸子翔は丈の前からいなくなてしまた。謝れなかたこと、本当のことを言えなかたことの罪悪感は、丸子翔の思い出とも言えない思い出とともに、小さな棘のように丈の心に突き刺さり、いつまでも抜けなかた。
 成長するにつれ、棘の存在感は薄れてはいた。だが、決して抜けることはなく、ふとした折りに、丈は丸子翔という存在と、それに付随する罪悪感をも思い出すのだた。彼がどこに転校していたのか担任は教えてくれなかたが、遠いところだとほのめかされた。クラスでいちばん仲が良かたはずの丈に行き先を教えてくれないなんて水くさいと思い喪失感に囚われもしたが、あんな仕打ちをした丈に、丸子翔はもはや友情を感じていなかたのだろう。あの後も会話はあたが、どこかよそよそしさがあたのは否めない。転校することもその行き先も教えてくれないのは、当然だた。
続きを読む »
« 読み返す