平行世界の外側で
一日仕事を終えた魔導師は、いそいそと自分の部屋に向か
った。手に入れたばかりの魔道具で早く遊びたくて仕方がないのだ。
お気に入りの品々で埋め尽くされた自分の部屋。その中でも特に貴重なコレクションを並べた棚から「箱庭」を取り出す。
「箱庭」といっても、見た目は分厚い本の形をした魔道具だ。表紙をめくれば、そこには様々な物語が綴られている――途中までは。
「さて、今日はどんな物語を読ませてくれるのだろう」
魔導師は本を開くと、おもちゃ箱の中から人形や絵葉書などを取り出し、白いページの上に次々と置いていく。すると、人形たちは淡い光に包まれ、すうっと消えてしまった。いや、本の中に吸い込まれたのだ。
魔道具「語り部たちの本」は、物語を紡ぐ。
白紙のページに置かれた物を取り込み、それにまつわる物語が文字となって浮かび上がるのだ。今日は森のカードとペンギンの人形を白紙のページに置いてみた。だから、森を舞台にしたペンギンの話が出来上がるはずである。
物語をこよなく愛する魔導師は、こうして魔道具に浮かび上がる物語を読むのを楽しみにしていた。特に最近はあえて同じ人形を本に取り込ませて楽しんでいる。
人形は三体。
青い瞳をしたマルコ。
長い髪のナオミ。
そして、魔導師がうっかり落として左手に傷がついてしまったジョー。
同じ人形を取り込ませると、出来上がった物語には、当然ながら同じ名前と特徴の人物が登場する。けれど、舞台や状況などが変わるだけで、まったく別の物語が出来上がるのだ。それが面白くてたまらなかった。
戦場が舞台になったことがあった。子供頃に友だった三人が敵味方に分かれて戦わなければならない運命に胸が締め付けられた。
学校が舞台になったこともあった。そこで育まれたマルコとジョーの友情が、大人になって歪んだ形で花開く様に引き込まれた。
霧の都で人形たちが絵描きになったこともあった。彼らの生き方やとらえ方の違いがとても興味深かった。
人形の性別が変わることもあった。ほとんどの物語ではマルコは男だったが、遠い星の皇女や残忍な魔女として登場することもあった。また、ジョーが人間でないこともあったが、これは大熊の骨を一緒に箱庭に取り込ませたのが原因だろう。
別の本を一緒に取り込ませてみたこともある。以前読んだ大蛇の物語と妖精の物語の設定を使いながらも、全く別の物語が出来上がったのには驚いた。
そうやって何度も繰り返しているうちに、本の中の登場人物たちも、他の物語に自分たちと同じ名前の存在がいることに気づいたらしい。「多次元ジョー申告所」なる事務所を開設し、様々なジョーを管理しようとする者も出てきた。
「今度はどんな物語ができたかな」
今年流行りの白いモコモコしたコートを羽織ると、魔導師は「箱庭」に浮かび上がる物語を読み始めた。