告白屋
告白屋。
そんな辺鄙な商売を始めてから暫く経つ。客入りは、まあ、多くない。
人には言えない秘密を告白してす
っきりしてもらう。それを真摯に聞いて、簡単なアドバイス何やらもしたりして、お悩み相談のような形で始めたのがきっかけだ。半ば趣味。悪趣味な趣味だが、趣味を論ずること能わざるなり。蓼食う虫も好き好きという。
私は人の告白を聞くのが好きなのだ。
はじめのうちは金をもらうだけだったが、正直金をもらうことには対して執着していなかった。
だから、いつの間にか面白い話には金を払うようになっていた。それは秘密の告白を買うということにして。
あまり売れてはいないが、その秘密も売っている。
他人の秘密を自分のものとして抱えることができるという謳い文句で。
つまらない告白からは金を取り、面白い告白には金を払う。
いつしかそんな商売になっていた。
そんなある日、いかにも秘密を抱えていますといった表情の男がやって来た。
顔面蒼白で今にも電車にでも飛び込んでしまいそうな男だ。
こいつは面白い話が聞けそうだと、身構えていると、男は語りだした。
「私は生まれた時から、それは言い過ぎか、物心ついた頃から一種の衝動に苛まれてきたんです」
男はかすかに震えている。
「その衝動は成長するに連れてだんだんと大きくなってきました。たまにはガス抜きもしていたんです。そうじゃないととんでもないことを犯してしまいそうで。それがいけないことだとは分かっていたんですが」
「ガス抜きですか?」
「ええ、子供には許される範囲で」
「と言いますと」
「子供が虫を殺しても、それは異常ではないでしょう?」
「まあ、そうですね」
「だからバイトもなるべくそれに近いものを選んだんです。肉を切ったりできるような仕事を」
「つまりそれは破壊衝動といったようなものでしょうか」
「いいえ、ものを壊すことにはさほど興味がありませんでした。無機質なものを壊しても衝動が収まることは決してなかった」
「命あるものなければ駄目だったと」
「ええ、そうです。その通りです」
「つまりあなたは何かの命を奪うことへの衝動へと常に苛まれていると」
「ええ」
これはなかなかおもしろい秘密だと思い始めていた。場合によっては金を払ってもいいかもしれない。
「でも、犬や猫じゃダメだったんです。いえ、はじめのうちは大丈夫だったんですけど」
「もしかして……」
「そう人です。次第に僕は人を殺したいという衝動に悩まされてしまったんです」
これは、殺人鬼予備軍の告白だ。滅多にない告白だ。これは面白い。
「だから」
「だから?」
「これから殺しに行こうと思うんです」
さすがにそれは不味いと思い始めてきた。これは殺人予告ではないか。いくら面白い話とはいえ、止めるべきでは? いや、警察に?
だが、そんな後ろめたい話はいくらでも聞いてきた。しかしこれからというのはさすがに予防すべきか?
「さすがに人を殺すというのは」
そんな苦し紛れの言葉が私の口から漏れた。
だが、そんな私の言葉に男はきょとんとした様子で答えた。
「人? まさか、これから殺すのは人ではありませんよ。人はもう、飽きましたから」
「え?」
男の言葉に耳を疑った。人は、もう飽きた?
「私はこれから殺しに行くんです。そう、神をね」
そう言って男は鞄から包丁を取り出すと己の首を掻っ切った。
血が吹き出し、辺り一面が血の海と化す。
私は、呆然としているしかなかった、という話なんですがね。
これが私の告白です。
ええ、信じて下さい。
そこの男、私が殺したわけじゃないんです。勝手に死んだんですよ。ねえ、信じて下さいよ。