is this world your normal?
「ごめん、お前は友達だけど、そういう風には見れない。好きな人がいるんだ」
俺の好きな人は、そう言うと笑顔を作
って、また明日からは普通にしよう、と言ってくれた。
「そうだよな。ありがとう。じゃあ、また」
俺はその場から逃げ出すようにして走り去った。逃げながら最低だな、と思った。呼び出しておいて、ダメだったらすぐ逃げ出しなんて。でも、もうあの場でどうしていいかわからなかった。もっと別の想像を、幸せな未来ばかり考えていて、そりゃ不安もあったけど、成功と失敗の両方を考えていたけど、だからってやっぱりダメになるなんて実際その場までちゃんと感じられてはいなかった。
「ただいま!」
家に逃げ帰ってきて、そのまま部屋へ。ベッドに倒れ込んで、泣いた。高校生にもなって、体はずっと大きくなったのに、どうにも強くなれない。
好きなあいつの顔を思い出していた。
もうダメになったのに。
あいつとはずっと友達だった。
それが友達以上だと意識したのはあのときだ。
体育の授業のサッカーで俺の出したパスをかっこよく決めていた。
それだけ。
なんかすごい普通なんだけど、すごいかっこよくて、もっと近づきたいと思った。
すごい仲良いと思ってたんだけどなー。俺だけだったのかな。
「風呂はいりな」部屋の外から母さんの声が聞こえた。
俺は、泣いているのがバレないように気をつけて、返事をした。そのまま風呂場へ行って、服をぬいで、湯船につかる。ざぶん、と頭から一度もぐった。暖かかった。
明日からどうしようか。
また普通に、ってできるんだろうか。
あいつはそれができるから言ったのかな。
風呂からあがって、リビングへ、食事が用意されていて、二人の母さんが俺を待っていた。別に待ってなくてもいいのに。
「今日、どうかしたの?」
「別に」
「ふられたんだ」とひとりが笑う。
「ちげーよ!」
なんでこのふたりはこんなに違う性格で結婚してやっていけるのだろうか、と思う。全然似てなくて、片方はやさしすぎ、片方は粗雑。共通点なんて、目と口の数が同じ数で、ふたりとも女というところぐらいだ。男の俺にはわからないことなのか、そんなの関係なくて、ただなにかふたりだけの結びつきがあるのかもしれない。そんな気がしたから、俺もそういったものがほしいな、と思ったのに、あいつともっと親しくなりたかったのにダメだった。
「ごちそうさま」
心配も失礼な物言いもどちらも嫌だったので、さっさと食事を部屋に戻った。明日も学校だ。どんな顔をしてあいつに会おう、ああ、こんなことなら金曜日にすればよかった。でも、昨日はいける気がしたんだ。
朝。起きて、洗面所へ。寝癖をさっと直す。鏡を見て、昨日のことを思い出した。昨日はもっと髪の毛をいじっていたけれど、なんか今日はもうどうでもいいかと思った。ひげ剃りもさぼることにした。
着替えてカバンを持って玄関へ。外で働いているほうの母さんと一緒になった。
「車乗ってく?」
「いい」
家を出ると近所のおばさんがゴミ捨てに出ていた。母さんが「おはようございます」と大きな声で挨拶をしている。おばさんが旦那さんの愚痴をうちの母さんにしはじめたらしい。つかまると話が長いんだこのおばさん。付き合う必要はないと思ったので、母さんを犠牲にして学校へいくことにした。
駅。電車に乗る。時間が少し遅いので、もう満員というほどは込んではいない。
うちの学校の制服を着ている人間が多くいる。カップルらしき楽しげなふたり組も見えた。あんな風になりたかったんだよな、と思う。ただの友達としてふたりでいるのとはなにが違うのだろうか、と考えた。答えはわからないけれど、なにか空気が違うのだ。異性でも同性のカップルでも距離が近い。
「おはよう」
背後から声をかけられたので、振り返るとあいつだった。びっくりしてすぐに声を出せない。
「……お、おはよう」
隣に少し離れて並んで窓の外を眺めながら電車にゆられる。俺より高い背、低いけれど落ち着いて綺麗な声。会話はできなかった。いままでだったらなんかどうでもいいことを話せたはずなのに。
こいつはどうして声をかけてきたんだろう。気まずさとかないんだろうか。じぶんだったら、たぶん隠れていると思う。立場の違いが逆でもたぶん。
電車が揺れた。隣に立っていたあいつがバランスを崩して寄りかかってきた。驚きといろいろな感情でドキドキする。
「ごめん」体勢を戻してから言った。
「いいよ」それだけしか言えなかった。
電車が駅について、俺たちは学校へ向かう。生徒がたくさん、学校へ向かって歩いていた。
こいつの好きな奴って誰だろう。
目の前のたくさんの人を見て、そんな疑問を持った。この中にいるかもしれない。いないかもしれないけど。どこかにはいるんだ。
「好きな人って誰?」俺は聞いて見た。やぶれかぶれになってるかもしれない。
「ちょ、いきなり聞くなよ」とてもあわてている。そんな顔が見れてうれしいと思ってるじぶんがいる。
「応援するよ」
なにか迷っているようだった。まあ、そりゃそうだろう。気軽にいうものではない。俺だって、誰にも話したりはしなかった。
「友達だろ」
その言葉は下品だなと思った。じぶんが知りたいがために、利用しているから。
「男子? 女子?」
「……誰にも言うなよ」
俺はうなずく。
そっと顔を近づけてきて、こいつは小さな声で言った。それは生徒ではなかった。先生の名前だった。
「まじかよ」
顔をほのかに赤くしてうなずいている。
先生か、と思う。たしかに綺麗でかっこいいんだけど、なんというか範囲の外だと思っていた。じぶんたちは子供で、あこがれとかはあっても、先生のような大人たちは別の世界なんだって。でも、こいつは違ったらしい。
はずかしさからか、少し早歩きになっていたのでそれに合わせてスピードをはやめる。前をゆっくりあるいていた女子を抜いて言ったら、そこに出勤中の先生がいた。
「いるな」
「いるね……」
どうするんだろう、と思ったが、
「おはようございます」
「うん、おはよう」と先生。
挨拶だけして、通り過ぎ、そのままさらにスピードをあげた。なんかもう校門の前を通り過ぎるんじゃないかっていうぐらいで。
顔を見るとなんか目が輝いているようだった。
それから、ふられちゃえばいいのにな、と考えた。そうすれば俺がなぐさめてやるのに。
「どうするの? 告る?」
「どうせダメだろ、先生となんて」投げやりな言葉、表情も落ち込み気味。
「なんかで読んだけど、先生って元生徒と結婚すること多いんだってよ。出会いがねーからって」
そんな俺の言葉に友人はわずかに勇気を取り戻したらしい。言ってしまって、複雑な気持ち。
好きな人が幸せになってほしいという気持ちもあるし、不幸になる姿をみたいとも思ってしまう。幸せにするのが俺だったいいのに。
「応援するよ」
また言った。そうやってたきつけて。さっさとふられてしまえばいいなって。
だって大人とか、勝ち目ねーじゃん。
そっと心の中でつぶやいた。 <了>