てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 11
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キカの悲歌
(
木下季花
)
投稿時刻 : 2015.04.18 19:09
最終更新 : 2015.04.19 01:28
字数 : 3012
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2015/04/19 01:28:54
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2015/04/18 22:49:04
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2015/04/18 20:35:23
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2015/04/18 19:50:53
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2015/04/18 19:47:50
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2015/04/18 19:20:02
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2015/04/18 19:18:57
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2015/04/18 19:09:38
キカの悲歌
木下季花
――
恋人よ、世界はどこにもないだろう、内面以外には
――
By
ライナー
・マリア・リルケ
この奇妙な物語は、私がリルケの詩集を読んでから眠りに就いた翌日の物語である。
ベ
ッ
ドから起き出した私は恐らくBPM97あたりの三拍子で部屋の中に足音を刻んでいた。自室の鏡の前には昨日の私がいた。彼は何度もネクタイを締めようとしているのだが、彼がその動作が完了することはない。彼がネクタイを締めようとする度に時間は少しだけ巻き戻されて、ネクタイを結ぼうとする時点の彼にまた戻
っ
てしまう。そして彼は時間が巻き戻
っ
たことを知らずにネクタイを結ぼうとする。延々と同じ動作が繰り返される。だから彼がネクタイを結び終えることはなか
っ
た。彼は会社に行けない。彼がネクタイを結ぶ動作に合わせて、私は三拍子のステ
ッ
プを踏む。ネクタイが締められていくときの音。
シ
ュ
ッ
、シ
ュ
ッ
、シ
ュ
パ
ッ
。
毎日決められた動作を行うとき特有のリズム。私はそれに合わせて足を曲げながらクラシ
ッ
クバレエのように華麗なステ
ッ
プを踏み始める。それは終了することないクラシ
ッ
クダンスだ
っ
た。その三拍子は永遠に繰り返される。彼がネクタイを結び終えない限り、私のクラシ
ッ
クバレエのようなタ
ッ
プダンスもまた終わることはないのだ。
タ
ッ
プダンスをする私を横目で見ながら、私は朝の光に満ちたリビングへと入る。そこにはコー
ヒー
を飲み続ける私がいる。彼もまたコー
ヒー
を飲む動作を終えることができない。飲み干す度に彼はコー
ヒー
を吐きだしてもう一度コー
ヒー
を飲み始める。マグカ
ッ
プは空にな
っ
た状態と液体で満たされた状態を目まぐるしく繰り返し続ける。何故そのような状況に至るのだろうか。コー
ヒー
を飲み続ける私とは、一体いつの時点の私なのだろうか。
過去のある時点の私が、延々と同じ動作をしながら、現在の中に閉じ込められている。それは果たして私の記憶の再現なのだろうか。もし記憶なのだとしたら、記憶の私と現在の私が、同一時間上に存在することなどあり得るのだろうか。テー
ブルに向か
っ
てコー
ヒー
を飲む私を、私は見つめ続けている。見つめている私の横を通り抜けて、私はコー
ヒー
を飲み続ける私の向かいに座り、コー
ヒー
を飲み始める。今コー
ヒー
を飲み始めた私とはい
っ
たい誰なのだろうか。主体としての私の姿を私は探すことが出来ない。そして恐らく意識することもできない。
今日の私はインタビ
ュ
ー
を受けなければならない。スケジ
ュ
ー
ル帳にそう記載されている。私は指定されたスタジオに向か
っ
た。その道中を歩きながら、私はインタビ
ュ
アー
にされるであろう幾つかの質問を予想し、それに対する幾つかの答えを頭に浮かべた。それと同時に、インタビ
ュ
アー
がしないであろう質問を予想し、それに対する答えを頭に浮かべた。
「なぜあなたの左足親指の爪は深く食い込んでいるのですか」
「それは私の歩き方がおかしいせいかもしれない。あるいは私は鋭い爪が肉に食い込み、その痛みを自覚することで文章が書けるのかもしれない。あるいは戒めとして私は常に痛みを感じ続けねばならないのかもしれない」
私は貸しビルの中にあるスタジオに入る。
真
っ
白な壁に囲まれた部屋の真ん中には二脚の椅子が置かれている。その椅子の一つには私が座
っ
ていた。訊ねるであろう質問を確認するように、メモを見ている。私が来たことにはまだ気がついていない。
壁際には照明を焚いている私と、椅子に向か
っ
てカメラを向ける私がいた。何故そこに存在するのか分からない私もいた。私は私たちに挨拶をしながら、インタビ
ュ
アー
の前に用意された椅子に座る。私を見たインタビ
ュ
アー
の私はにこりと微笑む。今日はよろしくお願いします。と彼は言う。こちらこそ、と私は言う。目の前の私は短く息を吸う。インタビ
ュ
アー
である私は早速、私に質問を投げかける。あなたが書いた文章の事なのですが。インタビ
ュ
アー
である私は、少し間をおいて話を続ける。それは紛れもない私の癖だ
っ
た。
「あなたは先週、小説としての文章を完成させました。しかし昨夜にな
っ
て、あなたはその文章を全て燃やしました。果たしてこれはどういうことなのでし
ょ
うか」
「それは昨日の私に訊いてくれないと困るな」
私は軽く微笑みながらそう言う。インタビ
ュ
アー
も納得して次の質問に続く。
「それでは、次の質問です。あなたは何をしている時に、最も自分らしく在れると考えていますか」
私は少し考えながら、浮かんできた言葉を口にした。
「恐らく相手を見下しながら、偽善者ぶ
っ
ている時です」
それがまるで本心には思えなか
っ
た。格好をつけている自意識過剰の男の台詞に聞こえた。
しかしながら、この発言の後では、私は大勢の私に非難を受ける事だろう。
私はインタビ
ュ
ー
を終えて家へと帰る。
玄関にある鏡の中にいる私が私を出迎えた。鏡の中の私は絶えず、私のことを見つめている。私は鏡の前に立ちながらグリー
ンピー
スを食べるふりをした。グリー
ンピー
スは私の嫌いな食べ物だ
っ
たが、鏡の中にいる私もこちら側の私も、その動作をして見せるだけで苦い顔はしなか
っ
た。形のないグリー
ンピー
スは、苦痛を与えすらしなか
っ
た。
私が部屋に向かうのを、鏡の中にいる私が見送
っ
ている。彼はいつでもそこにいるのだろうか。それとも私が認識している時だけ彼はそこにいるのだろうか。それは私の永遠のテー
マだ
っ
た。認識している時にしか私は私を確認できないのか。私はそれについて考えている。
廊下を歩いていると数え切れないほどの私がリビングに向か
っ
ているのが見えた。表情に乏しい私もいれば、笑い続けている私もいる。絶えずステ
ッ
プを踏み続ける私もいれば、作りたての人形である彼女に抱き着く私もいた。
彼らは一様にリビングに入る。私はリビングでしか小説を書かないからだ。私はリビングに入る。コー
ヒー
を飲み続けている私がいる。目薬を差そうとして容器から液体を垂らしながらも時間が巻き戻るせいで永遠に目薬を差せない私がいる。彼の目は渇きき
っ
ている。時計でジ
ャ
グリングをする私は、もはや時間が進んだり巻き戻
っ
たりするせいで、時計が手に触れることなく延々と中空で舞い続けている様子を眺めている。時計の針は様々な方向へと回り、気が触れたような動きを続けている。私は彼らを眺めながらリビングのソフ
ァ
ー
に腰掛けた。リビングに集ま
っ
てきた私たちは私の前で踊り始める。それは始め、足並みが揃わずにお互いを傷つけ合いぶつかりながらまるで格闘技のようにもつれ合
っ
ているだけだ
っ
た。だが、時間が正しい方向に進むようになると、彼らはきれいに足並みをそろえて、美しいダンスを踊るようにな
っ
た。足のステ
ッ
プ、手の動き、それらが綺麗にシンクロし、百人近い私がリビングで奇妙な踊りを見せ始める。その奇妙な動きは、何百もの手と脚が綺麗に弧を描いたり振り回されたりすることで喩えようもない美しさを生み出した。二百本近くもある足が一斉に跳ねあがり、同時に地を衝く力強い音は私に感動をもたらした。彼らはきれいなワルツを踊り出している。今では全くぶつかることもない。ソフ
ァ
ー
に座る私は、完璧な踊りを見せ始めた百人近い私をじ
っ
と眺める。そうして私はようやく燃やし尽くしたはずの文章の一行目をもう一度、書き始めることが出来るのだ。
恐らく、私がここまでややこしい状況に追い込まれたのは、昨晩にリルケの詩集を読んでしま
っ
たからのように思う。
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