第26回 てきすとぽい杯
〔 1 〕…〔 10 〕〔 11 〕«〔 作品12 〕»〔 13 〕
それって地球何個分?
投稿時刻 : 2015.04.11 23:43
字数 : 2307
1 2 3 4 5
投票しない
それって地球何個分?
朝比奈 和咲


「東京の人って、東京ドームが好きなんですか?」
 三日ぶりに家へやって来た春香に、背後から藍香はいきなり言われ、キーボードを打つ手を止めて振り向いた。振り向くと高校のセーラー服姿で部屋のドア前に春香がいた。
 藍香はアメリカで生まれ六年前に日本に来たため、生粋の日本人とは言い難い。さらに日本に来てから神奈川県で暮らしているため、東京タワーも東京ドームも一度しか見たことがない。
 確かに母と二人で日本に住み始めたとき、東京ドーム何個分とか、プール何杯分の何とか、レモン百個分のビタミンCとか、そういう倍々的な表現を目にはしていたが、別に気にすることはなかった。それよりも、マイクロなナノよりも微細な量子の世界の方が藍香は興味があり、今もこうして学校を三日ほどずる休みしてパソコンに向かっていた。
「それは、東京ドーム何個分とかよくマスコミが使うからとか?」
「そう! 伊賀ではそういうの全く聞かなかったのに、関東に引っ越してきてからというもの、忘れたころに東京ドーム何個分ですよ!? しかもだーれも不思議に思わないで納得していますし、だから、みんな東京ドーム一個分の分量を知っているのかなあ、って。そんなに好きなのか、と」
「好きだからって、東京ドームのことを全て知っているわけじゃないでしょうが」
「えー、そんなことないですよ。だって私、彼氏の身長体重から足のサイズに足音まで分かりますし」
 屈託のない笑顔で言う春香に対し、「あのねえ」と藍香は言葉を濁した。
「でも、どうして私に聞くのよ、そんなこと」
「ええ、だってアイちゃんすっごく物知りじゃないですかあ」
 私はそんな物知りじゃないよ、と藍香は溜息をつくと、インターホンが鳴った。藍香は椅子から立ち上がり電話機があるところへ向かおうとすると、春香が言った。
「夢人くんですよ。間違いなく」
「どうして分かるのよ」
 藍香は目を細めて睨むと、鼻を鳴らして春香は言った。
「足音で、分かります」
「嘘つくな。春香の彼氏は夢人じゃないでしょ」
「ご名答」と春香が言い、続けていった。
「本当を言うと、この家にアポなしで訪れる人っていったら、私と夢人くんぐらいしかいないです」
 藍香は返答せず、「どいて」と春香を押しのけて部屋から出ると、階段を下りて玄関へ向かった。
 その後ろを春香が着いて行くと、なんとなしにこう言った。
「ほらあ、三日も学校来ないと心配なんですよ、夢人くんも。いくら好きなことだからって家に引き籠ってばっかじゃだめですよ」
「うっさいなあ。別にいいじゃないの」
「今日はこのまま私帰りますから、夢人くんとそのまま外に出て散歩でもした方がいいですよ。三日も外出しないと、筋肉がみるみる細くなっていって、その綺麗な足が鳥の骨になっちゃいますからね」
「知ったかしないでほしいね。足が鳥の骨になるのは運動不足よりも栄養失調だし、外に出なくても家の中歩いているだけで若いうちは十分カロリーを消費できるんだよ。太る理由は暴飲暴食によるカロリー過剰摂取だし、はっきし言って学校に毎日行くほうが太るよ。ストレス過剰による暴食で」
「へえ!? いっつもカップラーメンしか食べないアイちゃんが暴食するんですか? どれだけのカップラーメンを食べるんですか? 東京ドーム何杯分? それとも地球何個分?」
 その春香の悪気のない言葉に藍香は舌打ちだけで反応すると、玄関に辿り着いた藍香はサンダルも履かずに土間を歩きドアを開けた。
 外には自分より背の低い夢人が自信なさそうにして立っていた。「やあ」
 夢人は挨拶と同時に手を上げつつも、笑顔は引きつっていた。藍香はそれを見ると「どりあえず、上がれば」とだけ言い玄関へ入れた。
 すると、それと入れ違うかのように春香がするするっと出ていこうとした。夢人は、どうして春香がいたの、というふうに不思議そうな顔をして、藍香はそそくさと逃げるように帰ろうとする春香を引き止めようとした。
「いやあ、お邪魔しでも悪いですし、私もこれからデートですし」
 にへらにへらと笑う春香の言葉に藍香は「ふざけんな」と言い、どうして私の家に急に来たのかを尋ねた。
「少し時間が余ったので、アイちゃん元気かなあ、ってそれだけです」
 その言葉に睨む藍香に対し、夢人がまあまあ、と宥めようとした。
「その、春さんも心配だったんだよ」
 その言葉に春香は何度も頷いた。バツが悪くなった藍香は「ああ、そう」と言うと、急に夢人にいじわるしてやろうと思った。
「どんんぐらい心配だったのよ? ええ? 地球何個分ぐらい?」
 突然の質問に驚いた夢人に対し、春香が大笑いして、「時間に遅れるといけないので」とだけ言うと、ささくそと去って行ってしまった。
 夢人は急にどうしてそんな質問だきたのかわからず、とりあえず、「二個分ぐらい」とだけ答えた。
「ふーん。たった、二個分なんだ。そのくらいなんだ、へー」
「いや、じゃあ、もっと」
「いいよ、別に。二個分かあ、そっかあ」
 藍香も地球二個分がどのくらいなのかさっぱり見当はつかないが、それでも一個ではなかったことに少し嬉しさを感じていた。
「でも、どのくらい好きなのって訊かれたら、たぶん答えられなかったよ思う」
 その夢人の突然の言葉に、藍香は自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。
 とてつもなく頬が熱くなるのが自分でも分かると、急にここに居られなくなり、とっさにこう言った。
「散歩行こう。なんか風に当たりたい」
「うん。どこ行く?」
「いや、いま、夢人は来ないでほしい」
「どうして!?」
 どうしてもこうしてもない。三日ぶりに外に出た藍香は、季節は春先でありながら二月中旬の寒さであるにもかかわらず、この冷たい風がいまは非常に心地よいのであった。
← 前の作品へ
次の作品へ →
1 2 3 4 5 投票しない