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第26回 てきすとぽい杯
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シアノバクテリアのいない世界
 投稿時刻 : 2015.04.11 23:42
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シアノバクテリアのいない世界
永坂暖日


 体積比にして窒素78.1%、酸素20.9%、アルゴン0.93%、二酸化炭素0.032%
 地球の地表付近における大気のおおよその組成だ。ただしこれは乾燥大気の組成である。大気中には地球にいれば肌で感じ取れる通り、湿気も存在している。水蒸気の存在量は4%から1%以下と、場所や時間によて大きく変動する。
 火星の居住ドーム内は、地球大気に似せた疑似大気で満たされていた。窒素、アルゴン、二酸化炭素は微量ながら火星大気に存在するのでそこから、酸素は火星の地下に大量に埋蔵されている氷から、電気分解して確保している。大気に湿度をもたらす水蒸気も、氷から確保している。
 水の電気分解により水素も得られるので、それは主に水素発電の燃料として利用されていた。
 火星に人類自身が到達し、入植を始めてからはや数十年。地球から移住してくる者は後を絶たず、火星人口の一割ほどは火星生まれの、正真正銘火星人だ。居住ドームはどんどん拡張され、ドーム内を満たす大気の量は地球四分の一個分くらいになただろうか。
 火星で最初に建設された道路ルート1を自転車で疾走する。電動のもと便利な乗り物はいくらでもあるが、レトロな乗り物の方が好きだた。
 休憩がてら、小さな公園に入る。ベンチのそばまで自転車で乗り付け、ボトル飲料を片手にベンチに腰を下ろした。目の前には太陽系最高峰のオリンポス山が見える。空と地面の境界は青く染まりつつあり、夕方が近いことを告げている。
 地球の夕方は赤いという。大気中の微粒子に太陽光がぶつかて波長の短い青い光は遠くまで届かず、波長の長い赤い光だけが届くからだ。
 火星の居住ドーム内の疑似大気中には、その微粒子が足りないらしい。地球からの移住者である母は、青い夕焼けを見るたびに、地球が懐かしい、と呟いていた。
 火星移住者が地球に帰還できないわけではないのだが、帰還するためには移住する以上の金がかかる。新天地を求めて火星に移住したものの、思ていたのと違た、地球が懐かしくてしかたがなくなたという者は少なからずいるが、金がないため帰還を諦める者がほとんどだ。
 火星で生まれ、地球の大地に立たことがなく、その空気を吸たこともない僕には、地球を懐かしむ気持ちはない。夕焼けが赤い方が、理屈は分かていても不気味に思えるだろう。
 休憩をやめて、自転車にまたがる。再びルート1を疾走する。この道は、居住ドームの端まで続いている。
 ドームは透明な樹脂とガラスの多層構造で、簡単に破れない。
 ルート1の終わりまで来た僕は、右に曲がる。この辺りは倉庫街で、人気がほとんどない。たまに誰かいると思えば、簡単な人工知能しか搭載されていないアンドロイドだ。
 いつもの場所で、自転車を止める。振り返ると倉庫の隙間からオリンポス山が見える。それに背を向け、バクパクからいつもの道具を取り出して組み立てる。充電式で、騒音のほとんど出ないドリルだ。
 ドームのそばにしがみ込み、地面近くのある一点にドリルの先端をあてがう。スイチを入れる。音はほとんどないまま、ドリルはがりがりとドームを削る。
 貫通するまでには、まだまだ時間がかかる。だけど、いつか貫通すれば、ドーム内の大気は少しずつ外へ漏れ出るだろう。
 地球の大気は、現在と太古とでは、その組成は大きく変わている。火星の大気だて、変わてもいいではないか。本当は、もと大きな穴を一度に開けたいのだけど、今の僕ではドリルでこうするのが精一杯だ。
 僕がもと大きくなたら、この穴ももと大きくしよう。ドームに修復不可能な穴を開けよう。穴が開けば、ここには住んでいられなくなる。そうすれば、母は地球に帰還できるだろう。母以外の、地球に帰りたがている人たちも。
 シアノバクテリアが酸素を生み出し、ゆくりと地球の大気組成を変えていたように、僕も火星の大気を変えるのだ。
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