てきすとぽい
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第26回 てきすとぽい杯
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姉妹が食するビスケットの小宇宙
(
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
)
投稿時刻 : 2015.04.11 23:39
字数 : 3345
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姉妹が食するビスケットの小宇宙
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
「姉よ、これを見たまえ」
妹はそう言
っ
て、手にしていた丸いビスケ
ッ
トを白くて丸いテー
ブルの中央に置いた。
ビスケ
ッ
トは、いかにも我が輩はビスケ
ッ
トだと自己主張するような、薄いブラウンの典型的な丸い形をしていた。それを見た姉は、ポケ
ッ
トの中に入れて叩いて数を増やしたい衝動に密かに駆られる。
一方、そのビスケ
ッ
トが中央に置かれているテー
ブルの方は、シンプルな形ながら、足が三つ叉に別れていてち
ょ
っ
とこじ
ゃ
れたデザインものだ
っ
た。去年の夏に、姉がその頃一緒に住んでいた彼氏と一緒に買
っ
たものだ
っ
た。北欧家具のお店で五万円弱。姉の月給から考えたら、それはそこそこにいいお値段の買い物だ
っ
た(お金はすべて姉が出した。彼は無職でヒモだ
っ
た)。あの頃はまさか、この部屋から彼氏がいなくなるなどと姉はま
っ
たくも
っ
て思
っ
てなか
っ
たし、代わりに実家を追い出された妹が転がり込んでくるとも思
っ
ていなか
っ
た。ま
ぁ
別にいいけどさ、とこのことを考えるとき、姉はいつも独りごちるみたいに考える。別にいいけどさ、と。自分だけが傷ついた過去、みたいなものは持ちたくない主義なので、今がいいから問題ない、みたいに姉は振る舞う。
妹は姉に確認するように、これはテー
ブルで、ここにあるのはビスケ
ッ
ト、とばか丁寧に説明した。
「お姉ち
ゃ
ん、わか
っ
てる?」
「ビスケ
ッ
ト、も
っ
たいないな
っ
て思
っ
てた」
「あとで食べればなんら問題ない」
「ビスケ
ッ
トはあとからスタ
ッ
フがおいしくいただきました」
「そういうこと」
とりあえず、と妹は右手にグー
を作
っ
てテー
ブルの上に半身を乗り出した。
「私は世界を作る」
右手に作
っ
たグー
を勢いよく振り上げ、妹はそれをモグラ叩きのハンマー
のごとくビスケ
ッ
トの真ん中に振り下ろした。
鈍い音がして、ク
ッ
キー
は粉々にな
っ
た。
直後、ひ
ぃ
ぃ
、と妹は声を上げて拳を震わせた。ビスケ
ッ
トに叩きつけた拳を左手で押さえて涙目にな
っ
ている。
「痛い
ぃ
ぃ
」
「
……
そり
ゃ
、痛いだろうよ」
妹は涙目のまま、拳にく
っ
ついたビスケ
ッ
トのかけらを払
っ
た。細かな粒が、白いテー
ブルにパラパラと散る。
「だが
……
だが、これこそが、ビ
ッ
グバンの痛みなのだ!」
妹は左手を伸ばし、テー
ブルの中央で砕けているビスケ
ッ
トを散らした。「うみ
ょ
~
」という謎の効果音つきだ。宇宙の歴史の流れを表現している効果音らしい。ビスケ
ッ
トのかけらたちが、てんでばらばらにテー
ブルの上で広が
っ
ていく。
「姉よ、今ココに、宇宙が誕生した!」
姉はようやく気がつく。妹はどうやら、ビスケ
ッ
トを使
っ
て模擬宇宙を作
っ
たらしい。
は
ぁ
は
ぁ
と息を切らしつつ、でもなんだか誇らしげに妹が胸を張
っ
ているので、姉は拍手で称えてや
っ
た。姉たるもの、いつだ
っ
て妹という若輩者のことは温かい目で見てやらないといけないものなのだ、と姉は昔から常々思
っ
ている。
「姉よ、これが太陽だ」
散
っ
たかけらの中で最も大きそうなものを指さし、妹はぐぐぐ
っ
と眉間を寄せた。学者
っ
ぽい雰囲気を心がけ、声にはいかにも偉そうな、権威がありそうな感じを含ませるように意識している。
「これが太陽、すべてのエネルギー
の源だ」
太陽に選ばれたかけらを少しだけ妹は移動させた。そして、別のかけらを探してその周囲に並べ始める。
「太陽を中心に、たくさんの惑星が回
っ
ている」
水、金、地火木、土天海冥
……
と歌うように口ずさむ。
「あの、先生」
そこで姉は口を挟む。権威あるビスケ
ッ
ト宇宙の専門家である妹の気をそがぬよう、その言葉には細心の注意が払われる。
「なんだね、君」
「冥王星に関して、ご報告したいことがあります」
「言
っ
てみたまえ」
「冥王星は、少し前に惑星ではなくなりました」
冥王星は二〇〇六年に惑星から準惑星に降格している。
妹はビスケ
ッ
トのかけらを摘まんでいた手を止めた。ビスケ
ッ
トの粉で汚れた手を見つめ、それから姉の方を見る。
「わか
っ
ておる。いらぬ心配じ
ゃ
」
「ならよか
っ
たです」
妹は、太陽の周りに惑星をセ
ッ
トし終えると、また満足げな顔にな
っ
た。
「我々の母星、地球はこれだ」
妹が指さしたビスケ
ッ
トのかけらは、ほかのどの惑星よりも大きいものだ
っ
た。
姉は細かいことが気になる性分だ
っ
た。やめておけばいいのにとは思うのに、また声をかけてしまう。
「あの、先生」
「なんだね、君」
「質問があります」
「言
っ
てみたまえ」
「地球
っ
て、こんなに大きいんですか?」
妹はビスケ
ッ
トの地球を見つめると、姉を見返した。その眉間には深いしわが寄
っ
ている。
「いけないかね?」
「いけなくはないんですけども」
「地球を大きくしてはいかんのかね?」
「太陽は地球一〇九個分の大きさです。太陽と比べた場合、比率がおかしいです」
「私は、地球が、好きなんだ」
「私も、地球は好きだと思います、多分」
「私は、すんごく地球が好きなんだ!」
「それは存じ上げませんでした」
「地球が大きくて、何か問題でも?」
「
……
先生のお気持ち、了解しました」
一歩下が
っ
た姉に、わかればよろしい、と妹は神妙な面持ちにな
っ
た。
「私は地球が好きだ」
「さ
っ
き聞きました」
「だけど、現実はこうだ」
妹はビスケ
ッ
トの粉だらけの手を、ジ
ャ
ケ
ッ
トのポケ
ッ
トに突
っ
込んだ。いつからそんなものを入れていたのか、小袋に入
っ
た丸いキ
ャ
ンデ
ィ
ー
が出てくる。妹はいかにも勢いよく開けました、みたいな感じで乱暴に小袋を破ると、キ
ャ
ンデ
ィ
ー
をテー
ブルの上に置いた。カツンと小さな音が鳴る。
「ストロベリー
味ですか?」
「味のことはこの際あと回しでかまわん」
「ビスケ
ッ
トの粉だらけになりますね」
「あとで胃に入れれば同じことだ」
妹は、あめ玉をビスケ
ッ
トの太陽系に向けてぴん
っ
と指ではじいた。
あめ玉はコロコロと転が
っ
ていき、その軌道を少し斜めにした。妹は指でそれを止め、最終的に、自分の指で軌道修正しながら転がした。
ピンク色のキ
ャ
ンデ
ィ
ー
が、ビスケ
ッ
トの地球にぶつか
っ
た。
「これが現実だ」
キ
ャ
ンデ
ィ
ー
は、ビスケ
ッ
トの地球をじりじりと押しつぶしていく。小麦粉の粒がつぶれる、じ
ゃ
りじ
ゃ
りした音が姉には聞こえるような気がした。
妹の言葉を真似るように、姉も呟く。
「これが、現実」
「そう、これが、現実」
乱雑に散らか
っ
たマンシ
ョ
ンの一室。そのベランダの窓ガラス越しに、姉妹は外の世界に意識を向ける。
オレンジとも紫とも言えない、不気味な色に染ま
っ
た空は、まるで化学実験のビー
カー
の中みたいだ
っ
た。雲みたいな靄みたいなものが、変な渦を描いて空を支配する。
「遠い宇宙から飛んできたあめ玉が、地球をつぶすんだ」
キ
ャ
ンデ
ィ
ー
の下で、ビスケ
ッ
トの地球はすでにぺし
ゃ
んこにな
っ
ていた。ぺし
ゃ
んこにな
っ
た地球のかけらをく
っ