第27回 てきすとぽい杯
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傘を棄てた彼女に祝福を
投稿時刻 : 2015.06.20 23:44 最終更新 : 2015.06.21 00:16
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傘を棄てた彼女に祝福を
古川遥人


 みんな、お待ちかねの土曜日の午後十時半がやて来たぜ。ご機嫌いかがかな。僕は最高に元気さ。元気が有り余てるね。なにせ今日は昼から家の居間の中を五キロほど走りまわたんだよ。おかげで妻も僕が大嫌いになたことだろうね。バタバタ床を踏み鳴らしちていたわけだものな。さあて、そんなことはどうでもいいんだ。今日も皆が楽しみに待ていたラジオ番組『ほとんど浮かんでる宇宙船』が始まるよ。まさかこんな時間に小説を読んだり書いたりしているような内向的な子はいないだろうね。そんな子は今すぐ僕がやてるくだらないラジオを聴かなき。もうね、くだらなさで言たら僕のラジオなんか、世界でトプスリーには入るだろうね。サカーのメシなんか目じないよ。僕はくだらなさのバロンドールを受賞できることだろうね。さあてオープニングのくだらないお喋りは止めにして、今日も一時間、みたらし団子でも食べながらこの番組を聴いてくれると嬉しいね。じあ、早速だけど、いつものコーナーに行こうか! さあ、よん、いつものご機嫌すぎて地球を四周半できるようなBGM鳴らしちてくれよ。
 へい、いいね、僕はこの曲大好きなんだよね、何て言たかな、タイトルは忘れちたけど、まあそんなことはどうでもいいのさ。僕の高校の時の先生も僕が卒業する時にアルバムに書いてくれたのさ。『人間は忘却する生き物だ』とね。人間は常に何かを忘れながら色々と取り込んで生きる掃除機みたいな生き物なんだな。そういや、掃除機になた女の子の事を知ているけれどね、構成作家が睨んでるからそのお話はまた今度語る事にしようか。そろそろコーナーを始めなくね。さあ、世界中の引きこもり達が立ち上がるくらいの大声で言てみよう! 『can you feel!?』 オーケー、もしこのラジオを初めて聞いたなんていうアウストラロピテクス的紳士淑女がいたら困るから改めて説明しておこう。このコーナーでは他人に聞いてもらいたい自分の話をどんどんメールで送てもらて僕がそれを紹介するコーナーなのさ。そしてそのメールに対して僕が陽気な返事を返す。僕たちの電子的なキチボール、電波を通じたPK対決。ちと違うかな、まあどうでもいいか。僕が正しかたことなんて生まれてから一度だてなかたものな。いいさ、とにかくリスナーのみんな、世界中の人々に訊いてほしいことをリクエスト曲と共に送てくれ、僕が次から次へとそれを読んで行こうじないか。それではまず最初のメール、ラジオネーム『争議は身内だけで執り行います』さんから。
『DJ・ボブこんにちは。最近、私にとての寂しいお葬式がありました。これを友達とかに言たら多分笑われたりくだらないジクだと受け取られてしまうかもしれないので。皆の優しき味方、ボブに聴いてもらおうと思います。これは私が先週、父親と一緒に傘を捨てに行た時のお話です。まずこの出だしからして、皆さんは私のことを頭がおかしいとか、神経症的な考えを持ている子とか思うかも知れませんが、私にとて傘を捨てるということはとても大事な儀式であたのです。先月のことですが、母が交通事故で亡くなりました。一か月間休みなく働いて十五時間ずと運転をし続けたトラクドライバーの居眠り運転によて母親は轢き殺されてしまいました。と言ても、私も父も、その轢いた人のことを恨んではいません。もちろん私たちの大切な母親を奪てしまたことは許せませんが、彼もまた被害者であるように思うからです。ですが、冷静にそう言てみても、やはり私も父も大変混乱していました。混乱の中に日常があたと言てもいいかもしれません。私は学校に行く気が起こらなくて二週間ほど休んでいましたし、父は葬儀などの雑務に追われている時は平気な顔をしていましたが、それらが終わた後で、何もかもやる気をなくし、私にも話しかけて来なくなりました。会社には行ていたようでしたが、果たして父が会社でしかり仕事ができていたのかは甚だ疑問です。母が死んだことによて、私たちは生活のリズムというものを崩してしまたのです。母が死んでから二週間ほどが経た日の事です。父親が突然私の部屋に入てきました。ノクもせずに入てきたことを怒ろうかとも思たのですが、父の思いつめたような顔を見ると、なんだか怖くなて何も言うことが出来ませんでした。父は私の部屋に入てきて三分間くらいずと黙たまま私の顔を見ることもなく突ていたのですが、唐突にこうつぶやきました。――母さんの思い出がある品を全部棄てよう――私は耳を疑いました。何で父は母親との想い出を捨てようとするのか。母親の匂いの残たもの、母親の存在が未だありありと感じられる大切な物を捨てようと言い出したのか。私は思いのままになじるように父親に向かて怒鳴りました。しかし父は先ほどの思いつめたような顔から何か達観したような顔に変わて、ただ私が感情的に叫ぶ言葉を黙て受け止めていました。そして父はこう言たのです――いつまでも思い出の中に浸ているばかりじ歩きだせない、過去は過ぎていくもので、浸るものではない。俺だて死んでしまいたいくらいの寂しさを感じている。でも俺たちは生きている人間なんだ、死に引きずられすぎてはいけない。だから、母さんの思い出の残た品を、思い切て棄ててしまおう――そう言て父は自分の部屋や居間に会た母との想い出の品、母が所有していた品、母が大事に使ていた物、それらを段ボールに詰めて私に見せました。しかし私にはそんなことはできませんでした。父みたいに簡単に切り替えることなど出来ないし、むしろ父は何で母との想い出をそんなにあさり捨ててしまえるのかと怒りを感じたほどです。しかし、父はその時だけは、梃子でも動かずに、私が母の物を整理するまで決して出て行きませんでした。だから私は真夜中になるまで泣きながら父を叩いたり殴たりしていましたが、そうすることに疲れてぼうとしていると、ふとした時に、やぱりずとこのままでいるわけにはいかないんだな、という悟りと言うか、諦観の念みたいなものが浮かんだのです。そうして、何となく父の言いたいことも判て来たのです。父も慟哭し、感情のままに泣いて暴れて、そうして今の私のように、縋る思い出をきぱり棄てなければ、生きている人間として新たに立ち上がれない、やり直せないと考えたのでしう。私はまだ未練がありましたが、それでも父の言うことに従うことにしました。そうして私は母との想い出の品を整理し始めたのです。私が一番大事にしていたのは、母の傘でした。幼いころから使ている母の傘。幼稚園の送り迎えの時に雨が降た時、雨の中で一緒に買い物に出かけた時、母と一緒に雨の中を歩く時はいつでもその傘が頭上に広がていたのです。真白な生地に、ほんのワンポイントだけ緑色の四つ葉のクローバーが描かれているシンプルでありながらも美しい傘。私はその傘が大好きでした。私が小学校に入た時、私が泣きながら何度もねだたためでしう。母はその傘を私にくれました。一年生だた私にとてその傘は大きい物でしたが、母との大切な物が自分に譲られたということそれ自体に私はすごく喜んでいたのです。十五歳になた今では、その傘は生地の一部が破れ、虫に食われ、私の扱いも悪かたのか、ボロボロになていました。真白だた彼女の傘は埃をかぶり、黄色いしみが出来、まるで忘れ去られた古代の遺跡みたいに、私に何かを訴えかけながら押入れに仕舞われていました。小学三年生の時に破れてしまて以来、その傘はずと押入れに仕舞われてありました。私が当時、学校で配られたものをふざけて貼た『水濡れ厳禁』というシールが、破れた穴を隠すように覆ているのです。傘なのに水濡れ厳禁だなんて、と母親は楽しそうに笑い、父親もつられるようにして笑ていました。その時の温かな気持ち、温かな時間と言うのを私ははきりと覚えています。そう、もしかしたらその思い出があれば、私たちは母親の気持ちを抱きながら生きていけるのかもしれません。でも、それを思い出す媒介となるのが、この傘なのかもしれないという思いも浮かびます。この傘を捨ててしまたら、二度とその温かい気持ちを思い出せないかもしれない。私はそう思て泣きましたが、結局、翌日にその傘を捨てに行くことになりました。父も、私がその傘をとても大事にしていたことを思い出したのか――この傘だけはしかり俺たちの手で棄てに行こう――と言いました。私は父の運転する車に乗て、町はずれのゴミ処理場まで行きました。直接子の傘を手渡そうと思たのです。ゴミ処理場についてもグダグダとしている私を、父は黙て見ていました。何十分も経てようやく決意のついた私は、その傘を係の人に手渡しました。私の大事な傘です。泣きながら、何度も何度もつかえながら、涙を零しながらそう言いました。恐らく係の人は戸惑たと思います。それでも私にとては、それはとても大事なお葬式だたのです。傘のお葬式。私たち家族の思い出のお葬式。私はその傘と永遠に別れなければならない。私の頭上を優しく覆ていた大きい庇護。私を冷たい雨から守てくれた大切な膜。真白だた私たちの思い出。私はそれを自らの手で、捨ててきたのです。何かと決別するために。悲しみを捨てて新しい道を歩くために。長くなてすみません。暗い話ですみません。でも私が明日からを、生きているということを実感しながら歩むために、このお話をしたかたのです』
 とても悲しいことがあたんだね。僕だてこう見えて、とてもつらい思いをしている。もちろんそんなことはみんなにとてどうだていいだろう。お前が辛い思いをしているからなんだていうかもしれない。でもね、大事な事が一つある。みんながみんな、辛い時間を飲み込んで生きている。誰もが誰もに優しくあるべきだ。だて世界はラブ&ピースで出来上がているのさ。みんなそう言う噂は知ているだろうけど、これは丸きりの真実なんだな。だから僕らも彼女のために祈らなければいけない。少しでも彼女が明るい道を歩いて幸せになれるように。そして僕の役割は、君らを癒し、笑わせ、少しでも気持ちの安らげるくだらない時間を提供することにあるんだ。オーケー、みんな彼女の思いを聞いてくれたか? 感じてくれたか? 今、この瞬間にも悲しみと別れを告げて新しい真白な道を歩きだそうとする若い女の子がいる。僕たちで彼女に全力でエールを送ろうじないか。君の新しい道に。綺麗な花束が置かれますように。新しい傘を持た誰かと出会えますように。柄にもなくセンチメンタルになてしまたね。それじあ彼女のリクエスト曲行てみよう。ザ・クランベリーズで『ドリームズ』新しい旅立ちを祝福しよう。
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