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第27回 てきすとぽい杯
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『水濡れ厳禁』だらけ
 投稿時刻 : 2015.06.20 23:44
 字数 : 2719
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『水濡れ厳禁』だらけ
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


『水濡れ厳禁』
 その五文字がプリントされたシールが、一抱えはありそうな箱の表面を覆い尽くしていた。まるで邪気のある何かを封印している、護符とかお札とかの様相である。段ボールの薄い茶色が、シールの白色ですかりわからなくなているほどだ。
「何見てるんだ?」
 そう訊いてきた声の主に私は顔を向けた。いくたびもの頭髪検査をくぐり抜けてきた、ぼさとした長髪がトレードマークの貝原先輩(化学部部長)が、私(化学部ヒラ部員)を見下ろしている。いつ見ても睡眠不足で死にそうだといわんばかりのぼてとした二重まぶた。
 私はしがんだ姿勢のまま、化学室のすみに置かれた『水濡れ厳禁』の箱に視線を戻す。
「『水濡れ厳禁』です」
 まるで真似をするように、貝原先輩は私の隣にしがんで箱を凝視する。
「『水濡れ厳禁』だな」
「なんで、『水濡れ厳禁』なんでしうか?」
「なんで、『水濡れ厳禁』なんだろーな?」
 私と貝原先輩は顔を見合わせて、声を揃えた。
「『水濡れ厳禁』」

 その翌日からだた。
 制服のブレザーの背中やズボンの裾、はたまたジジのゼケンなどに、『水濡れ厳禁』シールを貼た生徒を学校で見かけるようになた。
 クラスメイトたちはいつもと何も変わらない。ふざけあて、笑て、おしべりして、お弁当を食べて。なのに、彼らはシールを貼ている。そして誰も、そのシールのことは指摘しない。最初から存在していたもののように受け入れているのか、はたまた見えていないのかどうかもわからない。
 放課後になて、私は化学室へ駆けた。貝原先輩が、いつもどおり机に突伏して眠ていた。その制服に『水濡れ厳禁』がないかどうか充分に確認してから、私は貝原先輩の肩を揺する。
「貝原先輩、『水濡れ禁止』です」
 いつも以上にぼてぼてな二重まぶたをこすりながら、貝原先輩はもそりと顔を上げる。
「『水濡れ厳禁』ですか」
「『水濡れ厳禁』です」
 貝原先輩は寝ぼけ眼のまま、じと私の全身を観察していた。仮にも私は生物学上は女子だし、これは失礼じないかと思いはしつつ、すぐにその意図がわかたので黙た。
 私に『水濡れ厳禁』シールがないことを確認したんだろう。貝原先輩は私の観察をやめて、うんと伸びをして立ち上がた。
「『水濡れ厳禁』の脅威に晒されている、のかもしれない」
 貝原先輩は化学室のすみこをチラと見やる。昨日はあた『水濡れ厳禁』シールまみれの段ボールはなくなていた。

 私と貝原先輩は、化学部の名にかけて、『水濡れ厳禁』について調べ始めた。まずは、『水濡れ厳禁』シールを貼た生徒の統計を取てみることにする。フルドワークといこう、というわけである。
 が、統計はすぐに挫折した。『水濡れ厳禁』シールを貼た生徒は、まるでウルスのように日々増え続けていて、気がつけば全校生徒の七割以上になていた。もしかしたら、制服の見えないところに貼ている生徒もいるのかもしれない。ブレザーの内ポケトにシールを貼ている生徒を見かけたこともある。
「『水濡れ厳禁』には、どんな意味があるんでしうか?」
 私の質問に、貝原先輩は大真面目に答えた。
「『水濡れ厳禁』には、水に濡らしてはいけない、という意味がある」
 もともだ。もともである。
 そういうわけで、私たちは一つの実験を行てみることにした。

 体育館で行われる、月に一度の全校集会。
 仮病を使て抜け出した私と貝原先輩は、体育館の二階の通路にこそり忍び込んだ。用意しておいたホースはそこまで伸ばしてあて、先端のノズルを開ければすぐにでも水を出せる状態になていた。
「本当に、『水濡れ厳禁』なのかどうか」
 貝原先輩が隣の私にささやくように呟いた。
「『水濡れ厳禁』なのかどうか」
 私はそれをオウム返しする。
 それから、私たちは黙た。続きは言わなくてもわかている。化学部のモトー
 まずは実験してみよう。
 私たちは、通路に腹ばいになるようにしてずらりと並んだ生徒たちを見下ろしていた。話が長くて中身がないと評判の校長先生(ネクタイの裏に『水濡れ厳禁』シールを貼ている)のお話中で、興味があるかどうかはともかく、生徒たちの関心はステージに向いていた。やるなら今のように思えた。
 コクと一つ頷き、私は貝原先輩に合図した。
「『水濡れ厳禁』の意味がわかるなら、仮に怒られても私は本望です」
 貝原先輩はノズルを回した。

 水を撒いた私たちは思い知る。
『水濡れ厳禁』の禁忌を犯してしまたことを。
 水を振りまいてすぐ、異臭を感じた。ビニールが溶けたときに発生するような、鼻孔の奥を刺激するような、そんな臭い。それもすごく強力な。
 突然降り注いできた水を生徒たちは仰ぎ見た。ま先に異変が起きたのは、貝原先輩が構えたシワーが最もよく降り注いだ場所にいた女子生徒だた。その濡れた顔から、急速に色が失われた。カラー写真をモノクロ写真にゆくりと加工していくみたいだた。その肌が透明になた瞬間、女子生徒の輪郭は崩れ、ゼリー状の物体に変わて足元にぼたぼたと落ちた。唯一色を失わなかた、黒い濡れ髪はごそりと落ち、頭部を失た女子生徒はそのままドーンと音を立てて立たままの姿勢で前のめりに倒れた。
 同じようにして、何人かの生徒が透明になて倒れていた。悲鳴。体育館の外に逃げようとする生徒の波。押されて倒れる生徒。ゼリー状の物体に足を取られてひくり返り、水を浴びて溶ける生徒。
 私と貝原先輩は、予想外の実験の結果に固まてしまていた。
 はとしたような顔になり、貝原先輩は水が流れ続けているホースのノズルを占めようとして、手を滑らせた。
 水の勢いに負け、ホースのノズルが跳ねた。
 シワーは私と貝原先輩の間でうねり、私たちの顔に平等に水をかけた。
 ――水に濡れて、視界がぐにりと歪んだ瞬間、思い出す。
 あの日。見つけた『水濡れ厳禁』の箱を、私と貝原先輩は開けたのだ。
『水濡れ厳禁』シールがたくさん貼られていた箱の中に入ていたのは、たくさんの『水濡れ厳禁』シールだた。
 蓋を開けた瞬間、爆発するポプコーンみたいに、『水濡れ厳禁』シールは勢いよく箱から飛び出して飛んでいた。
 そして――そして。
 私は自分のブレザーの襟をめくた。
『水濡れ厳禁』
 襟をめくた指先が濡れてしまた。肌色が抜けていく。
……僕らは阻止したんだ」
 ぼさとした長髪が濡れ、貝原先輩の真白な額に張りついていた。
「水の苦手な侵略者に、支配されてしまうのを」
 飛んでいた『水濡れ禁止』シール。それはこの学校の人間よりも多かたのか、少なかたのか。
 統計を取る暇などなかたなという思考すら、ぐずぐずに崩れてゼリーになる。
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