第27回 てきすとぽい杯
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雨降りのかなたに
投稿時刻 : 2015.06.20 23:45
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雨降りのかなたに
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 まだ日が沈むには早い頃合いだというのに、あという間に辺りが薄暗くなていた。見上げると空はすかり暗い灰色の分厚い雲に覆いつくされている。雨が降りそうだから気を付けて、と送り出してくれた青年の優しげな笑顔を思い出して、僕は歯ぎしりする。大事な原稿を濡らしてしまたらどうしよう、と思うと動機がする。

 都の郵送屋に勤めてから三年が経た。僕は農村の生まれで、幼いころは畑を耕す両親の手伝いをして平穏に暮らしていたのだけれど、内乱があて僕らの住んでいた農村が荒らされてしまた上に両親が死んでしまて、それから僕は仕方なく都に出向いて何でもいいからお金になる仕事を探した。それが郵送屋だたのだけれど、毎日朝から晩まで休む間もなく雑用を言いつけられたり、誰も行きたがらない遠方への配達ばかりを押し付けられながら、大した給金は貰えない辛い日々だた。
 そんな生活の中で、一つだけ楽しみな仕事があた。それは国の外れの小さな村に住んでいる人気作家、マムポンド・カーン先生の元へ、毎月一回、小説の原稿を取りに行く仕事だ。マムポンド先生は元宮廷魔術師で昔は都に住んでいて、内乱の末に政権交代が起こて魔法の使用が全面禁止になてから、小さな村で隠遁生活をしているという、まだ若い、優しい男の人だ。最初は国のはずれの遠いところまで往復しなければいけないことにうんざりしながら仕事に向かたけど、いざお宅へ伺うと、マムポンド先生は「遠いところからよく来てくれたね」と僕を労わてくれ、熱い紅茶とお菓子を出してくれた。それから、まだ都へ帰る時間に余裕があると知ると、色んなお話を聞かせてくれた。僕は字が読めないから、先生が連載している小説も毎回、帰る前に読み聞かせてもらた。さすがに人気作家さんだ。僕はすかりこのお話のとりこになてしまて、毎回先生から聞かせてもらうのが楽しみになてしまて、誰もが嫌がるこの、郵送屋が引き受けている一番の長距離の仕事を、毎月毎月まだかまだかと楽しみにしているのだた。

 すべての郵送物がそうだが、特に人気作家の大先生の小説原稿は折り曲げ・水濡れ厳禁だ。過去に別の挿絵画家の先生の原稿を濡らしてしまて、郵送屋の親方に顔が腫れあがるまでぶん殴られたことがある。急に肌寒くなてきた森の中で、僕は先生から手渡された包みをぎと抱きしめる。

 今月は「ムウリトナの大冒険」の最終回の月だた。僕はそれを先生に読み聞かせてもらうのを楽しみに向かたのだが、珍しいことに、僕が先生のおうちについたとき、先生はまだ書斎にこもて作業をしていた。それから僕は長い間客間で待たされて、ついには一泊する羽目になた。最近辛い仕事続きでろくに眠れていなかたから、ぐすり眠れたのは良かたのだけど。そんなこんなで朝一番に先生にようやと原稿を渡されたけど、読み聞かせてもらう時間はなかた。僕は大急ぎで都に戻らなければいけなかたのだ。
「ごめんね、道中気を付けて」
 申し訳なさそうに先生がそう言た。僕は、最終回を読んでもらえなかたのは残念だたけど、何も言わずに首を振て走り出した。出版されたら、誰かに頼んで読んでもらえばいいのだ。もと残念なのは、次にいつ先生に会えるかわからないことだ。

 ぽつり、と頬に冷たいものが当たたと感じてから、バケツをひくり返したような大量の雨が降りかかてくるまでの時間は、びくりするほど短かた。慌てて近くにある一番大きな木の下に逃げ込んだけど、すでに僕の腕の中の包みは水に濡れていた。
――どうしよう!
 震え上がた。大事な大事な、原稿をダメにしてしまたかもしれない。親方に殴られるかもしれない、という心配より、先生の大事な原稿を汚してしまたかもしれないことに対するシクの方が大きかた。
 恐る恐る、腕の中の包みを見た。薄茶色だた紙袋は半分ぐらいが濡れてこげ茶色になてしまている。どうしよう。ぼくはなすすべもなく立ちすくんだ。涙が出そうだた。
 その時だた。
 突然、紙袋が発熱した。
 それを握ていた両の掌がジンジンと熱くなて、驚いて取り落しそうになて、慌てて持ち直した。紙袋の表面が青白く輝きを放た。呆然としていると、その上に突然、精巧な絵が浮かび上がる。どこか遠い国のお城のようなものを背景に、厳ついドラゴンと、大きな剣を携えた年若い少年が対峙している。少し時間をかけて、僕はそれが、勇者ムウリトナ、先生の連載作品の主人公と、敵のドラゴンであることに気付いた。それと同時に、今度はその絵が、包みの上で、動き始める。僕はそれを食い入るように見つめた。それは、先月まで聞かせてもらた物語の続き、この包みの中にあるはずの、最終回のストーリーた。
 両親を亡くして町に出た少年は、やむにやまれず大人の事情に巻き込まれ、勇者に仕立て上げられ、辛い旅の末にドラゴンを打ち倒す。そうして晴れて義務から解放された元勇者は、本当の自由を求めて遠い国へ旅に出る。それが物語の結末だた。
 光の中へ歩き出すムウリトナの背中が遠ざかり消えると同時に、今度は、真白い光の中からマムポンド先生の顔が現れた。
「やあ少年、僕からのサプライズは喜んでもらえたかな?」
「先生! これは一体……
 僕は思わず先生に話しかけてしまたけど、これは先生からの手紙のようなものらしく、先生が一方的に語り掛けて来るだけで、返事はなかた。
「これを見ているということは、雨に降られてしまたということだね。でも大丈夫、実は君に渡した包みにはこそり水にぬれても大丈夫な魔法をかけておいたから、君が親方に叱られることはないはずだよ。だから安心して気を付けて都に帰ておくれ。さて、ところで、僕はこの連載も終わて一段落ついたところで、この国を出ようと思ているんだ。文筆業も好きだけど、僕は根からの魔術師だから、魔法が自由に使える別の国に亡命するつもりなんだよ。でも僕はその前に、とても好ましい少年に一人出会てしまてね。もしその少年が、僕のサプライズを気に入て、郵送屋をやめて一緒についてきてくれたらなんて思ているのさ。どうかな?」
 そこで映像は突然途切れた。包みはいつの間にか、ただの濡れた紙袋に戻ていた。僕は涙をぬぐいながら、雨が上がるのを待ていた。急いで都に行てこれを届けて、すぐに先生の家に引き返せば、間に合うだろうか。
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