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第27回 てきすとぽい杯
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燃える
 投稿時刻 : 2015.06.20 23:46 最終更新 : 2015.06.22 09:54
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- 2015.06.22 09:54:39
- 2015.06.20 23:46:03
燃える
永坂暖日


 少しは運動した方がいいですよ。
 会社の健康診断で、産業医に毎年おきまりのセリフを言われた。できればしたいんですけどね、とこれまた毎年おきまりの返事をしていたのだが、去年より体重も血圧も数値が高くなていたから、このままではさすがにまずいかもしれない、とようやく思うに至た。
 まずは手軽にウキングから。平日はそれでも難しいので、とりあえず休日に歩いてみることにした。
 ジーンズにTシツ、スニーカーを履いてアパートを出発する。今日は梅雨空も休みで歩くには少々暑いくらいだが、車で十分ほどのところに大きな公園があるからそこへ行てみよう。
 
 いざ歩くと思ていたよりも暑く、公園に着く頃にはうすら額に汗がにじんでいた。公園の中にある散歩道を一通り歩いてから帰ろうと思ていたが、そうするとシツが汗で濡れそうだ。しかし、このまますぐに帰ては、せかくやる気を出してウキングをした意味があまりない。木陰で休みながら歩けば、多少汗をかかずにすむだろうか。
 そう思ていたら、公園の広場に人が集まているのに気がついた。なにかイベントをしているらしい。近寄てみると、どうやらフリーマートのようだた。こんなことをしているなんて知らなかた。
 掘り出し物があるだろうか、と思たわけではないが、せかく通りかかたのだしついでとばかりに、小さな店の間をぶらぶらと、見るともなしに見ながら歩く。半分ほど見終えて、ふと、足を止めた。
 衣料品や日用雑貨をシートの上に広げている店が多い中で、その一角は浮いていた。古めかしい陶器の壺や皿が並び、骨董店が出張してきたような品揃えである。全体的に陶器が多いが、細長い箱に収また掛け軸もいくつかある。掛け軸は、どれもきちり巻いてあて、中になにが書いてあるのかはわからなかた。
「興味がありますか」
 すかさず声をかけてきたのは、パイプ椅子に座る白ひげの老人だた。
「あ、いや、その……
「それは、幽霊画ですよ。これからの季節に、一ついかがですか」
 老人は立ち上がると箱の一つから、掛け軸を取り出した。季節の果物でも勧めるような口ぶりだた。
「この女がいちばんの美人だ。どうです、壁に掛けて飾てみては」
 留めている紐をほどき、慣れた手付きで半分ほど広げる。水墨画のような濃淡のある線に、いくつかの色がのている。絵画の造形はまたくないからよく分からないが、色がついているから水墨画ではなく日本画になるのだろうか。ともかく、老人の言う通り、描かれている女は確かに美人だた。
 骨董店のようだから、掛け軸は古いもののはず。しかし描かれている女は、浮世絵に描かれている人物のような雰囲気を持ちながらも、妙に現代的な顔立ちをしていた。うつむき加減で、視線は左下を向いている。その目つきはひどく寂しげで、儚くて、幽霊になた身の上を嘆いているように見えた。
「気に入りましたか。お安くしておきますよ」
 気がつけば、財布から金を取り出していた。
「掛け軸ですから、濡らさないよう気をつけてくださいね。水濡れ厳禁、ですよ」
 ウキングはそこで終わり、掛け軸の入た箱を抱えてますぐに帰宅する。
 掛け軸の似合う床の間はないから、とりあえず空いている壁に掛けた。そこで初めて、絵の全容がわかる。
 柳の木の下で、白い着物を着た女がうつむいている。視線は左下。そこには、しれこうべが転がていた。幽霊画なのだから、不気味さがあて当然だ。しれこうべは幽霊になた女のものなのか、ほかの誰かのものなのか。儚い女の美しさと、しれこうべの不気味さのギプにぞとする。老人が言ていたのは、こういうことか。
 不気味ではあるが、たまにはこういう涼の求め方も悪くない。

 その夜、夢を見た。
 夢の中では結婚していて、妻は幽霊画の女と同じ顔をしていた。
 美しく優しい自慢の妻。絵の女と違て、楽しそうに幸せそうに笑ている。隣にいる自分も、幸せな気分で笑ている。
 そんな夢だた。

 ウキング初日は、思わぬ買い物をして自分で出鼻をくじいてしまたが、あれから休みの日はなるべく歩くようにしていた。でき的な変化があるわけではないが、一月ほど続けると少々体重が減り、気持ち顔の肉も落ちたような気がする。
 幽霊画の女の夢は、あれ以来時々見ていた。女は妻であたり恋人であたりするのだが、いつでも楽しく幸せそうにしていた。なんでそんな夢を見るのか、自分でもよく分からない。フローリングの部屋に幽霊画という奇妙な組み合わせのせいで意識の深層に幽霊画がこびり付いているのか、はたまた独身生活の寂しさのせいなのか。
 いや、しかし独り身の寂しさを最近は感じていない。どころか、久々に心は浮ついている。
 ウキングを始めたのだ、とある同僚の女性に何気なく話したら、昼休みに一緒に歩かないかと誘われて、あれよあれよという間に、勤務時間外でも会う仲になていた。この部屋にまだ来たことはない。だがいずれ、彼女もこの幽霊画を目にするだろう。そうなたら、不気味なものを飾ていると引かれるかもしれない。そうなる前に片付けてしまおうか。

 そしてその夜、夢を見た。
 幽霊画の女の夢だ。ただ、いつもと違て、女は泣いていた。両手で顔を覆い、自分の不貞をなじていた。しかたがないのだ、と自分はただひたすら彼女をなだめるだけだた。君とは元々結ばれない仲だたのだ、と。
「ならば一緒に死のう、と言たのに」
 女が顔を上げた。美しい顔はそこになく、うつろな穴がいくつもある、しれこうべになていた。それなのに眼窩のからは涙がこぼれていた。女のその姿に絶叫した。

 誰かが叫び、目が覚めた。そして、叫んでいたのは自分だたと気がつく。
 不気味な夢だた。あんな掛け軸をかけていたせいだろうか。もう早々に、片付けてしまおう。
 寝汗を掻いた顔を手のひらで拭い、ふと気がついた。灯りを消しているはずなのに、部屋の中が明るい。なぜだと見回し、もう一度叫んだ。
 幽霊画から、火が出ていたのだ。
 慌てて風呂場へ行て洗面器に水をくみ、掛け軸にかけた。しかし、火の勢いはなぜか増すばかり。
 火災報知器が鳴り響き、消防に連絡する。そのまま部屋を飛び出そうとしたら、誰かに足首をつかまれた。
「今度こそ一緒に、死にましう」
 しれこうべの女が、そこにいた。 
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