てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
第27回 てきすとぽい杯
〔
1
〕
…
〔
9
〕
〔
10
〕
«
〔 作品11 〕
»
〔
12
〕
〔
13
〕
…
〔
15
〕
『水濡れ厳禁』だらけ
(
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
)
投稿時刻 : 2015.06.20 23:44
字数 : 2719
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票
『水濡れ厳禁』だらけ
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中
『水濡れ厳禁』
その五文字がプリントされたシー
ルが、一抱えはありそうな箱の表面を覆い尽くしていた。まるで邪気のある何かを封印している、護符とかお札とかの様相である。段ボー
ルの薄い茶色が、シー
ルの白色です
っ
かりわからなくな
っ
ているほどだ。
「何見てるんだ?」
そう訊いてきた声の主に私は顔を向けた。いくたびもの頭髪検査をくぐり抜けてきた、ぼさ
っ
とした長髪がトレー
ドマー
クの貝原先輩(化学部部長)が、私(化学部ヒラ部員)を見下ろしている。いつ見ても睡眠不足で死にそうだといわんばかりのぼて
っ
とした二重まぶた。
私はし
ゃ
がんだ姿勢のまま、化学室のすみに置かれた『水濡れ厳禁』の箱に視線を戻す。
「『水濡れ厳禁』です」
まるで真似をするように、貝原先輩は私の隣にし
ゃ
がんで箱を凝視する。
「『水濡れ厳禁』だな」
「なんで、『水濡れ厳禁』なんでし
ょ
うか?」
「なんで、『水濡れ厳禁』なんだろー
な?」
私と貝原先輩は顔を見合わせて、声を揃えた。
「『水濡れ厳禁』」
その翌日からだ
っ
た。
制服のブレザー
の背中やズボンの裾、はたまたジ
ャ
ー
ジのゼ
ッ
ケンなどに、『水濡れ厳禁』シー
ルを貼
っ
た生徒を学校で見かけるようにな
っ
た。
クラスメイトたちはいつもと何も変わらない。ふざけあ
っ
て、笑
っ
て、おし
ゃ
べりして、お弁当を食べて。なのに、彼らはシー
ルを貼
っ
ている。そして誰も、そのシー
ルのことは指摘しない。最初から存在していたもののように受け入れているのか、はたまた見えていないのかどうかもわからない。
放課後にな
っ
て、私は化学室へ駆けた。貝原先輩が、いつもどおり机に突
っ
伏して眠
っ
ていた。その制服に『水濡れ厳禁』がないかどうか充分に確認してから、私は貝原先輩の肩を揺する。
「貝原先輩、『水濡れ禁止』です」
いつも以上にぼてぼてな二重まぶたをこすりながら、貝原先輩はも
っ
そりと顔を上げる。
「『水濡れ厳禁』ですか」
「『水濡れ厳禁』です」
貝原先輩は寝ぼけ眼のまま、じ
ぃ
っ
と私の全身を観察していた。仮にも私は生物学上は女子だし、これは失礼じ
ゃ
ないかと思いはしつつ、すぐにその意図がわか
っ
たので黙
っ
た。
私に『水濡れ厳禁』シー
ルがないことを確認したんだろう。貝原先輩は私の観察をやめて、うん
っ
と伸びをして立ち上が
っ
た。
「『水濡れ厳禁』の脅威に晒されている、のかもしれない」
貝原先輩は化学室のすみ
っ
こをチラと見やる。昨日はあ
っ
た『水濡れ厳禁』シー
ルまみれの段ボー
ルはなくな
っ
ていた。
私と貝原先輩は、化学部の名にかけて、『水濡れ厳禁』について調べ始めた。まずは、『水濡れ厳禁』シー
ルを貼
っ
た生徒の統計を取
っ
てみることにする。フ
ィ
ー
ルドワー
クといこう、というわけである。
が、統計はすぐに挫折した。『水濡れ厳禁』シー
ルを貼
っ
た生徒は、まるでウ
ィ
ルスのように日々増え続けていて、気がつけば全校生徒の七割以上にな
っ
ていた。もしかしたら、制服の見えないところに貼
っ
ている生徒もいるのかもしれない。ブレザー
の内ポケ
ッ
トにシー
ルを貼
っ
ている生徒を見かけたこともある。
「『水濡れ厳禁』には、どんな意味があるんでし
ょ
うか?」
私の質問に、貝原先輩は大真面目に答えた。
「『水濡れ厳禁』には、水に濡らしてはいけない、という意味がある」
も
っ
ともだ。も
っ
ともである。
そういうわけで、私たちは一つの実験を行
っ
てみることにした。
体育館で行われる、月に一度の全校集会。
仮病を使
っ
て抜け出した私と貝原先輩は、体育館の二階の通路にこ
っ
そり忍び込んだ。用意しておいたホー
スはそこまで伸ばしてあ
っ
て、先端のノズルを開ければすぐにでも水を出せる状態にな
っ
ていた。
「本当に、『水濡れ厳禁』なのかどうか」
貝原先輩が隣の私にささやくように呟いた。
「『水濡れ厳禁』なのかどうか」
私はそれをオウム返しする。
それから、私たちは黙
っ
た。続きは言わなくてもわか
っ
ている。化学部のモ
ッ
トー
。
まずは実験してみよう。
私たちは、通路に腹ばいになるようにしてずらりと並んだ生徒たちを見下ろしていた。話が長くて中身がないと評判の校長先生(ネクタイの裏に『水濡れ厳禁』シー
ルを貼
っ
ている)のお話中で、興味があるかどうかはともかく、生徒たちの関心はステー
ジに向いていた。やるなら今のように思えた。
コク
ッ
と一つ頷き、私は貝原先輩に合図した。
「『水濡れ厳禁』の意味がわかるなら、仮に怒られても私は本望です」
貝原先輩はノズルを回した。
水を撒いた私たちは思い知る。
『水濡れ厳禁』の禁忌を犯してしま
っ
たことを。
水を振りまいてすぐ、異臭を感じた。ビニー
ルが溶けたときに発生するような、鼻孔の奥を刺激するような、そんな臭い。それもすごく強力な。
突然降り注いできた水を生徒たちは仰ぎ見た。ま
っ
先に異変が起きたのは、貝原先輩が構えたシ
ャ
ワー
が最もよく降り注いだ場所にいた女子生徒だ
っ
た。その濡れた顔から、急速に色が失われた。カラー
写真をモノクロ写真にゆ
っ
くりと加工していくみたいだ
っ
た。その肌が透明にな
っ
た瞬間、女子生徒の輪郭は崩れ、ゼリー
状の物体に変わ
っ
て足元にぼたぼたと落ちた。唯一色を失わなか
っ
た、黒い濡れ髪はご
っ
そりと落ち、頭部を失
っ
た女子生徒はそのままドー
ンと音を立てて立
っ
たままの姿勢で前のめりに倒れた。
同じようにして、何人かの生徒が透明にな
っ
て倒れてい
っ
た。悲鳴。体育館の外に逃げようとする生徒の波。押されて倒れる生徒。ゼリー
状の物体に足を取られてひ
っ
くり返り、水を浴びて溶ける生徒。
私と貝原先輩は、予想外の実験の結果に固ま
っ
てしま
っ
ていた。
は
っ
としたような顔になり、貝原先輩は水が流れ続けているホー
スのノズルを占めようとして、手を滑らせた。
水の勢いに負け、ホー
スのノズルが跳ねた。
シ
ャ
ワー
は私と貝原先輩の間でうねり、私たちの顔に平等に水をかけた。
――
水に濡れて、視界がぐに
ゃ
りと歪んだ瞬間、思い出す。
あの日。見つけた『水濡れ厳禁』の箱を、私と貝原先輩は開けたのだ。
『水濡れ厳禁』シー
ルがたくさん貼られていた箱の中に入
っ
ていたのは、たくさんの『水濡れ厳禁』シー
ルだ
っ
た。
蓋を開けた瞬間、爆発するポ
ッ
プコー
ンみたいに、『水濡れ厳禁』シー
ルは勢いよく箱から飛び出して飛んでい
っ
た。
そして
――
そして。
私は自分のブレザー
の襟をめく
っ
た。
『水濡れ厳禁』
襟をめく
っ
た指先が濡れてしま
っ
た。肌色が抜けていく。
「
……
僕らは阻止したんだ」
ぼさ
っ
とした長髪が濡れ、貝原先輩の真
っ
白な額に張りついていた。
「水の苦手な侵略者に、支配されてしまうのを」
飛んでい
っ
た『水濡れ禁止』シー
ル。それはこの学校の人間よりも多か
っ
たのか、少なか
っ
たのか。
統計を取る暇などなか
っ
たな
ぁ
という思考すら、ぐずぐずに崩れてゼリー
になる。
←
前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票