平衡する蹉跌
一面鈍色、砂鉄の砂浜。
打ち寄せる重油の波。
達磨朝日が糸を引いて水平線から這い出る。
空に染み込んだ夜が次第に抜け落ち、鈎に吊るされ皮を剥がれた鮟鱇の腹のように白くぬめる雲が疎ら横たわるのが見える。
砂鉄の一粒一粒が思い思いに日光を反射し、余剰次元の騙し絵とな
った景色に私が埋もれている。
私は一箱の段ボールを抱えている。
黄色地に赤字で「水濡れ厳禁」というステッカーが貼ってある。
中身に何が入っているのかは知らない。
重油から突き出たテトラポッドの角に片足で立ち、予断を許さぬ抜き差しならぬ退っ引きならぬ状況である。
今この瞬間に何が出来るのかと言えば、バランスを保つ事に全身全霊を傾け、このステッカーの命に従って段ボールを水分から死守する事だけである。
風は鋭い。
脚は既に疲弊している。
いつまで耐えられるか分からない。
いっその事、重油の海に段ボールを投げ捨ててしまおうか、油は水分ではないのだ、ステッカーを裏切る事にはなるまい。
葛藤の帆を張った逡巡が思考の表面を滑っていく。
私の捨て鉢に呼応するかのように向こう岸のコンクリート壁で、ああ、この世の全てが終わるのだ、と日光に追われながら虚無主義のフナムシが尻文字で語り合っている。
私は一里向こうから垂れ込める雨雲の舌先に、裏切りを予感している。