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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 13
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魂抜き
 投稿時刻 : 2015.07.19 15:17 最終更新 : 2015.07.19 22:52
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魂抜き
古川遥人


 閉眼法要を行うと祖母が言うので、僕らは母方の実家へ向かた。
 祖母の子供は、僕の母を含めて四人兄妹だ。一番上の兄は既に亡くなている。下に三人の妹がおり、上二人の妹は忙しいという理由で断たため、実家に行くのは末娘である僕の母だけだた。祖母に一番愛されていたのが母で、口では文句を言いながら一番祖母を愛していたのもまた母だた。
 母から実家に行くと告げられた時、僕は自分も行きたいと言た。大学を辞めてから何をするともなく呑気に暮らしていたのだが、初めて耳にする『閉眼法要』という言葉に惹かれ、母に付いていくことを決めたのだ。

 母の実家は青森県の西部、かつては港町として栄えた場所にあた。
 東海地方の山中にある僕の町から新幹線を乗り継ぎ、三時間ほどで盛岡駅に着く。そこからバス乗り場へ向かい、大型バスに二時間ほどゆられる。終点のバスターミナルから歩いて近くの駅に向かい、そこからさらに二両編成の鈍行列車に乗る。田畑ばかりが続く風景を車窓に見ながら、三十分ほどかけて祖母の住んでいる町へ着く。列車を降りると、改札では駅員がパンチを使て切符をカチカチと切ているのが見える。僕が切符を手渡すと、彼は長かた旅程に終わりを刻むように、それを箱に放り込んだ。
 僕は街灯の少ない駅前に出る。昼前に出てきたのに、すでに辺りは真暗だた。星だけが綺麗に見えた。五年ほど前に来た時は、左手側にレンタルビデオ店があたはずだが、すでに空き店舗となている。右手側には、見覚えのない薬局があり、その先には僕が幼い頃から知ている『シピングセンター・ルル』が見えた。都会であれば夜七時でも賑わているところだろうが、この田舎では人気が感じられなかた。シピングセンターと薬局の明かりが空しく灯ている。
「お婆ちんの家までタクシーで行くけど、あんた買ときたいもんある?」
 母は、茫としながら駅前を見つめる僕に向かてそう声を掛けた。
「もうバスは来ないんだけ」
 僕がそう尋ねると、母親は愚かな質問をされた時に見せる呆れ顔で笑た。
「あんた、お婆ちんの家に行くバスが一日二本しか出ないの忘れたの? 最終バスなんてとくに行たわよ」
 僕らは薬局に入てこまごましたとしたものを買た。歯ブラシセト、入浴セト、小型の制汗スプレー、小型の洗眼剤。ちとした日用品だ。それからシピングセンターに行て菓子や酒を買う。
 シピングセンターには、従業員以外に誰の姿も見られなかた。ポプスが店内に空しく響いている。従業員たちは何となく居心地の悪い愛想笑いを僕たちに向けている。
 僕が小学生だた頃、真先に向かていたおもち屋は、土産物の販売店となていた。隅の方にあるプリクラの機械が、賑やかで空しい音を立てている。一番大きなフロアの隅には段ボール箱が積み重ねられ、広いスペースが無駄になている。僕は母の酒のつまみの裂きイカを咥えながら、タクシー乗り場へ向かた。母は、煙草を買い忘れたと言てシピングセンターへ戻る。母はどんな時でも煙草を切らさない。
 僕は薬局の前にある汚れたケロリン人形の頭を撫でながら、その輝かしい笑顔を向ける蛙の頭に、裂きイカを置いた。彼の片目は誰かの手によて潰されている。彼は真暗闇の中でまたくの孤独だた。僕は彼に手を振て、戻てきた母と一緒にタクシーに乗り込んだ。

 駅前から祖母の家までタクシーで三十分ほどかかる。
 車窓はすかり暗闇に包まれており、自分の顔しか映らなかたが、僕は駅前から祖母の家に向かうまでの光景を頭に浮かべながら、そこに映ているだろう景色を想像する。僕は駅前から祖母の家までの景色が大好きだた。かつては車が行き交ていただろう大通り。町の真ん中に立つ大病院はそこだけ都会的だた。海に繋がているきれいな河川は僕の心を癒す。集落に向かう道にあるガソリンスタンドは、なぜか退廃的に見えて好きだた。それから歩道の脇に花壇が並ぶ道路が続く。それが途切れたところに、鹿が飛び出してくる道路。ぽつぽつと古い民家が立ち並ぶ道路。古めかしい個人商店。崖の下に建ち並ぶ民家の集落。延々と続くかに思える田畑。まるでジブリの『もののけ姫』にでも出てきそうな古い民家。廃墟となた小学校。ジングルジムとベンチだけがある公園。祖母の友人がやている『おさだ屋』。そしてその斜め向かいが祖母の家。
 タクシーは黄色い光で祖母の家を照らした。庭に入り込み、タイヤが砂利を踏みしめる懐かしい音を聞きながら、タクシーは停また。料金メーター三二五〇円。僕と母と虻を乗せた料金。
 トランクに積まれた鞄を取り出し、タクシーが去ていくのを見送た。
庭を見回すと、祖母の作た畑が薄闇の中でも確認できた。子供の頃、夏の太陽に照らされながら、よく畑仕事を手伝たことを思い出す。と言ても、僕はすぐに飽きてしまたので、胸を張て手伝たとは言えない。
畑を見ながら僕は従姉妹のことを思い出す。夏休みに祖母の家にいるときは、いつも従姉妹と一緒だた。伯母の家族も、よく一緒に祖母の家に泊まていたのだ。従姉妹は二人姉妹で、姉の方はおとなしい性格、妹の方は溌剌とした性格だた。行動も対照的で、姉は部屋の中で一人ゲームをしたり本を読んだりすることを好んだが、妹の方はよく一緒に僕と遊んでくれた。五歳年上の彼女は、いつでも僕の手を引いて駆けずり回た。庭を走り回り、一緒に崖の下の川まで行て釣りをした。虫取り網を自慢げに握て蝉を取り、夕暮れの中で数え切れないほどの群れで飛んでいる赤とんぼを夢中で捕まえたりした。あの黄金の中で輝く赤とんぼは、今でも夏になればこの場所に来るのだろうか。羽がきらきら輝いていた。夕日が僕たちを燃やしていた。全てが黄金色に染められて何もかもが煌めいていた。あの時は分からなかたが、あれは今から考えると信じられないくらいノスタルジクな風景だた。もう二度とそこには戻れないと訴えかける美しい風景だ。美しいものは往々にして、その価値がわかた時には取り戻せない。あの時一緒にトンボを捕まえ、それから二人で花火をやた彩華姉ちんは、もう結婚してどこに住んでいるのかも知らない。

 玄関の二重扉を開けるカラカラという音は、なぜだか僕の心を悲しくさせた。その音よりも、玄関を開けた時に漂た祖母の家の匂いがそうさせたのかもしれない。祖母は大部屋が六つもある広い家に一人で暮らしている。かつて賑やかに家族で暮らしていただろう家に一人で住むというのが、どれほど寂しいことか。頼れる家族が遠くに住んでいるということが、どれほど心細いか。ずと祖母に会いに来なかた自分が言えたことではないが、かつて賑やかだただろうこの家の記憶が、まるで僕に何かを訴えかけているように感じられた。
 それでも一つ目の扉と二つ目の扉の間のスペースに、バケツに入たスコプやらジウロやらが泥を付けたまま置かれているのが見え、そのこまごまとしたものが祖母の確かな生活を思わせて、僕は少しだけ元気づけられた。本州の端こにある寂しい町の、寂しい家で、彼女がしかりと生を営んでいるということが感じられたからかもしれない。祖母は僕には想像もできないだろう寂しさの中で、大地を耕しながら生きている。くたびれたスコプとジウロは、祖母が戦後の時代を農家として生き抜いてきた逞しさと、それらから遠い時を経て、とても小さい畑を耕しながら、たくさんの思い出が過ぎ去てしまた大きな家に身を置いている寂しさを、同時に感じさせる不思議なものだた。

 上り框に荷物を置いた時に、左手にある居間から祖母が現れた。
「遅ぐのづまて、こわいひたべ?」
 祖母はそう言て、僕らの前に膝をついて座た。
 しわくちな顔が微かに歪んで笑みを作た。
 祖母はいつまでも僕を子供だと思ている節がある。こわいひたべ、てさすがにこの歳で夜を怖いとは思わない。小学生でもあるまいに。確かに、真暗な田舎道を走るタクシーに乗ているのは不気味でもあた。が、僕が夜を怖がていたのは小学生までだ。僕がそんなことを言うと、隣にいた母が口元に手を当てて大げさに笑た。あんた、何回もここに来てんのに、まだ津軽弁覚えないの? 
 馬鹿にされて僕がむとすると、母は可笑しそうに教えてくれる。どうやら『こわい』は『疲れた』という意味を持ているらしい。こんなに遅くなて疲れたでし、と祖母は言たのである。何度も祖母と対話をしてきた僕だたが、未だに津軽弁だけは理解できない部分が多い。特にお年寄りの津軽弁はまるで大学で習ていたフランス語でも聞いていているかのごとく、会話の内容が判然としない。僕は心の中で反論する。母さん、あんたはネイテブだから理解できるだろうが、外からやてきた僕には、津軽弁は相当難度の高い言語なんだ。それをあんたは知らないのさ。

 荷物を置いてから夕食を食べ、風呂に入た。祖母は九時半ごろに仏壇の前に敷いてある布団で眠りに就いた。僕は家から持てきたノートパソコンでゲームを始め、母はテレビで番組を見始めた。居間の明かりだけが灯され、板張りの廊下は暗闇に包まれ静まり返ている。
「お婆ちん、すごい弱てるわね」
 母はジニーズアイドルがメインMCを務める番組を見ながら、ポツリと呟いた。
「確かに……元気がなさそうだた」
 僕は画面の中のカリブの島を発展させながら、そう答えた。
 祖母は最近めきり体が弱た上に、呆け始めてもいる。母の姉である長女が言うには、夜中に廊下をふらついたり、突然泣き出したり、自分が体験してもいないことを突然語り始めたりするらしい。去年の年末に我が家に一週間ほど泊また時も、テレビを見ている最中に突然服を脱ぎだしたり、一日中テレビの前に座ていたのに、公園で見た桜が綺麗だたという話を始めたりした。だが、それでも長女から言わせれば比較的軽い方らしい。僕が見た祖母のそのような症状はせいぜい四五回ほどだたが、長女や次女の家に泊また時はもと酷かたと言う。僕が一日中家にいて、祖母と会話をしていたからからあまり発症しなかたのか、と呑気な事を考えたりもしたが、結局呆けてしまうその症状を、僕らに止めることなどできなかた。着実に老いていく祖母を、僕らは一週間ほど世話しただけで、すぐにこの家へと戻してしまう。まるで厄介払いでもするみたいに。僕らは己の生活に囚われるあまり、祖母に残酷な事をしている。
「ねえ、明日、何をするの」
 暗い話を続けても憂鬱に浸てしまうので、僕は話題を変えた。母はビールを飲みながら口を開く。
「魂抜きをするんだよ」
 魂抜き――
 不吉な響きの言葉を聞きながら、それが一体どういうものかを想像しようとしたが、僕には上手く出来なかた。
……それて何をするのさ?」
「私もお婆ちんや姉さん任せだたから、詳しく知らないんだけどね」
 母はそう言てから、こちらを見た。
「仏壇に込められた魂を、解放する儀式なのよ」
 母は、いつになくしんみりとした様子で言た。
「本来はお墓を移すとか、仏壇を移動する際にさ、魂を傷つけたり破損させたりしない様に、一時的に中の魂を出しておくための儀式なの。例えば引越しで仏壇を移動する時に、どこかにぶつけたりしたら中の魂が怖がたり傷ついたりするて考える人もいるのよ。まあ仏教がそういう理由で魂抜きをするのか本当のところは分からないけれど、それでもお婆ちんはそう言てたわよ。あの人はロマンチクな考え方をする部分があるから。で、本来なら仏壇を移動し終わたら、また魂入れていう儀式をするんだけど……でも明日は、魂抜きをして、それで終わり。魂が入ていた本尊やら道具やらなんかは、全部お寺に引き取てもらうつもりなんだて」
「そうなの?」
「まあ……ウチの場合は、もう引き継ぐ人がいないからね。長女も、あそこの息子が大変な事にな……。ほら、あんたがよくテレビゲームで遊んでもらた隆之お兄ちん、あの人が奥さんと離婚してギンブルにのめり込んだりして借金が膨らんで、おばちんとおじちんだけで小さい家に引越しちたから引き取れないのよ。おじちんも肝臓癌でちと前まで入院してたし。私の二つ上の姉さんも、気が強くて我儘で自分の事ばかりだし、あそこの旦那も同じようなものよ。私の家だてお父さんもあんたもちらんぽらんで大きな仏壇を引き取る余裕なんかないでし? お婆ちんも呆けてきちたし、もう歳でいつ死ぬかもわからないから。自分が亡くなる前に、お爺ちんと御先祖様たちの魂を、空へ返してあげようて思たんじないの。いつまでも閉じ込めておくのは嫌だて、お婆ちん言てたわよ。自分がこのまま亡くなたら、誰も解放してくれる人がないまま、魂が捨てられてしまうて」
 母はそう言て、メンソールの煙草を吸いながら、細く長い足を投げ出した。
 隆之兄ちんがそんなことになているなんて、知らなかたから驚いた。そして母の姉妹の長女、お喋りおばちん(僕は幼いころから彼女の事をそう呼んでいた)の家庭が、そんな事態になているだなんて全く知らなかた。なんであの優しそうな隆之兄ちんが、離婚してギンブル中毒になてしまたのだろう。なんで常に陽気だたお喋りおばちんが、そんな辛い生活に追い込まれてしまたのだろう。そして大酒飲みだたおじちんも、いつからその病気で苦しんでいたのだろう。皆が辛い思いをしていたと言うのに、僕は彼らが苦しんでいることなど何一つ知らなかた。思えば、僕は親戚の近況など、一度も自分から尋ねたことはなかた。僕はいつだて、自分の事ばかりに、自分の気持ちばかりに囚われて、遠くの方で苦しんでいる親戚の事も、結婚して巣立ていた従姉妹の事も、まるで関係ないとばかりに呑気に暮らしていたのだと思い知らされた。
「この家もずと昔からあたけどねえ……お婆ちんが亡くなたら、どうするかねえ」
 しみじみと、母はそう言た。
「私のお爺ち……あんたから見て曾お爺ちんがこの家を建てたのよ」
……そうなんだ」
「曾お爺ちんは、この辺で一番の農家に成り上がた人でね、この地区の区長も務めた人なの。うちの家は、わりと今でも力を持てるのよ。うちの屋号が、川に架かる橋の側にあるから「橋端」て言うんだけど、私も子供の頃は、橋端のとこの娘てだけで、お菓子を貰えたりしてね。お爺ちんに良くしてもらているて理由でね。曾お爺ちんは色々な人に慕われて、精力的に村の人を引ていた力のある人だたの。だから曾お爺ちんが、うちを大きくしたのよ。それでその息子、あんたのお爺ちんは、すごく病弱な人だた。それでも第二次大戦では中国の方に引て行かれたのよ。まだ十六歳の時にね。お爺ちんは運よく留守部隊で陣中日誌とかを書く任務に割り振られたから、前線には出ずに済んだみたいだけど。それでもすぐに病気に罹て、野戦病院で過ごすことが多かたらしいわ。何度も病気に罹て、それで結局はこちに送り返されて、実家で療養しながら終戦を迎えたみたい。それで終戦後にお婆ちんと結婚して、農家として二人でやていくことになたの。それでもお爺ちんは寝たきりになることが多かたし、結局は体が弱かたから、ほとんどお婆ちんばかりが仕事をしていたの。お婆ちんも昔は美しかたんだけどね、毎日毎日、畑仕事をしていく中でどんどん疲れていてね。今では残ていないけれど、昔は小屋で家畜も買ていたから、信じられないくらい忙しかたんだと思う。もう皺だらけで、かつての美しさは感じられないけど。お婆ちんはそれが生きてきた証だて言うけれどね、やぱ当時は皺だらけになるのが嫌だたんじないかな。化粧するのが今でも好きな人だから。それでも当時、夫は布団で寝るばかり、子供たちを四人も生んでしまた、自分が働いて食べさせていかなければいけない。その気持ちだけで頑張ていた人なのよ。あんまり語らないけれど、お婆ちんの苦労も相当なものだたんじないかな。お爺ちてのは、すごく器量が良くて、ほら、仏壇のある部屋に飾てある写真、すごくイケメンでしう。で、色々な事に精通して、弟は戦時中に中野学校に通うぐらい頭が良かたんだけど、お爺ちんも相当頭が良かたらしいから、将棋やら囲碁やらいろいろなものを覚え始めて、それで寝ながら読んでいた詩にハマて、自分でも詩を書き始めたらしいの。私は小さかたからあまり覚えてないけど、投稿した内の一作が雑誌に載て、村では大騒ぎになたみたいよ。お婆ちんも、大好きだたお爺ちんには好きな事をやらせてあげようと、朝から晩まで忙しく働いて、すごく大変だたと思うわ。私たちの世話もしなきいけないし。でも、そんな中で、お爺ちんが四十歳になる前に死んじ……私が七歳くらいの時だたわね。それで、お婆ちんも元気をなくしちたの。だから曾お爺ちんの時代から受け継いだ農地を、一気に縮小しちて、他の人に売り渡したのね。雇ていたお手伝いの人数も減らして、無理なくやれるくらいのものにしたの。その時にはまだ四十前だたけれど、顔には深い皺が出来ていて、それでも母親としての意地なのか、決して弱音は吐かなかた。毎日毎日、仏壇の前で長いこと祈ては、お供え物をあげて、仕事に精を出して、私たちを愛してくれていた」
 煙草を咥え、長い煙を吐きながら、母は思い出に浸るような口調で言た。
「私は、何もしてあげられなかた」
 その呟きは、煙のように儚く、あという間に空気に溶けてしまた。

 翌日。
 午前九時頃に、世話になている寺の和尚と、その娘婿がやてきた。
 祖母は上り框で二人を出迎え、深々とお辞儀をしながら礼を述べていた。僕は目礼だけし、居心地の悪さを感じながら、祖母の後ろで立ていた。和尚は僕には上手く聞き取れない津軽弁で祖母と会話をしながら豪快に笑ていた。
「おめ、秋子でねが?」
 会話をしている最中に、和尚は母の方を見て、目を丸くしながら言た。
「おー、秋子。のんだかんだ、ばのごど気さしてたもんなあ」
 そう言て笑い、彼は僕の方を見た。
「わの息子さ?」
 その質問に、母が津軽弁で返事をすると、
「じさ似でるで、ばが言でだよ」
 と言われた。そうなのだ、祖母は僕と祖父が似ていると言う。僕自身、会たこともない祖父に似ていると言われるのは不思議な気持ちだたが、確かに僕と祖父は共通する部分があるようだた。と言ても、器量の良かた祖父のように顔が美しいわけではなく、内面の部分……好きなことや、喋り方、考え方の面で、僕の中には祖父を思い起こさせる要素があるらしい。祖母がよく僕と話したがるのも、その所為なのかもしれない。確かに僕も、祖父と同じように大量の本を読んでいる。部屋には小説が散らばり、足の踏み場もないほどだ。そして趣味でギターを弾くこともあるのだが、その際にも祖母は、祖父がよく三味線を弾いており、プロ並みの腕前だたと自慢げに話すのだ。僕がゲームをしている時は、あの人も花札などの遊びが好きだたと言い、僕が祖母の言い間違いを指摘すると、あの人もよく頭の悪い私にいろんなことを教えてくれたと言た。正直、僕と祖父を重ねられるのは、温かさと同時に気味の悪さを感じたが、しかし祖母がかつての思い出に浸る媒介として僕を選んだのなら、その思い出にいつまでも付き合うつもりだた。祖父のことを話す祖母は、いつだて饒舌で、楽しそうに見えた。恐らく無力な僕には、そうやて祖母の話し相手になることくらいでしか、祖母に元気を与えられないと思たのだ。祖母のためにしてあげられることが、僕にはあまりにも少なかた。そして、その少ないことですらも、僕はほとんどやろうとしなかた。


 挨拶もそこそこに、住職と娘婿は、さそく家の中を清め始めた。
 これが魂抜きなのかと母に尋いてみても、よくわかんないけど、多分違う、と何とも頼りない答えしか返さない。
 彼らの後を追うと、どうやらトイレまでも清めている。そこにまで魂が宿るものなのか、それともお祓い的な何かをしているのか、僕にはまるで解らない。
 一通り清め終わると、住職たちは仏間へと入た。僕も後に続く。
 仏壇の前に備え付けられた棚には、大量のお菓子、果物、ワンカプ焼酎、生けられた花が置かれていた。
 住職がその前に座り、準備を始める。
 僕は母や祖母と共に正座をしながら、辺りを見回す。鴨居に飾られた先祖たちの遺影が、無表情で僕らを見つめている。白黒の中に閉じ込められた彼らにも、魂が宿ているのだろうか。子供の頃はこの遺影が恐ろしく思えたものだ。誰だか判らない人が、写真でありながらもこちらを見続けているのは、やはり怖かた。
 住職は仏壇に向かて経を読み始める。
 恐らくこれが魂抜きの儀式なのだ。
 そこに込められた魂を、住職の経によて、解き放とうとしている。
 僕は意味の理解できないその言葉の連なりに、じと耳を澄ませた。祖母が亡くなてしまえば誰も引き取り手のなくなる己の魂を、先祖たちはどう思うのだろうか。受け継がれてきた魂を、ここで途切らせ、天に返すことを、先祖たちはどう思うのだろうか。仏壇を引き取るつもりのない僕らを、不甲斐なく思うかもしれない。親戚としてのつながりの薄くなた現代に生きる僕らを、冷たいと罵るかもしれない。あるいは、ずと子孫を見守る役目から解き放たことに、彼らは礼を言うかもしれない。しかし――と、僕はふと考える。
 そもそも魂とは何なのだろう。仏壇に宿る魂とは何なのだろう。この仏壇の中に、本当に先祖の魂などあるのだろうか。仏壇に込められる魂とは……そこで僕は思う。もしかしたら魂とは、仏壇に向かて祈る人の魂、先祖たちを思う者の魂そのものなのではないだろうか。仏壇や本尊、そこに先祖の魂が込められているのではなく、先祖に祈る者の魂が、そこに溜め置かれていくのではないだろうか。僕は経を聞きながら、その奇妙な考えに囚われる。だから、もしかしたら、この魂抜きの儀式とは、先祖たちの魂を解放する儀式などではなく、ずと仏壇に祈り続けてきた祖母の魂を、この地とこの家に縛られ続けてきた祖母の魂を、解放することにあるのではないか。今までの苦労と祖父の死の悲しみから、解き放つことにあるのではないか。恐らく僕のこの考えに、僧侶たちは首をかしげるだろう。そういう意味でやるのではなく、様々に込められた魂を抜いて、仏壇をただの物へ戻す儀式なのだと言うかもしれない。けれど僕には、この儀式が、祖母の魂の解放のためにあるような、毎日毎日仏壇に祈り続けてそこに溜めてきた彼女の魂を、天国の祖父や先祖の元へ解き放つためにあるような、そんな気がしてならない。祖母はあまりにも苦労し過ぎた。それなのに夫や息子より長く生き、一人ぼちになている。祖母は、だからこの家と共にある自分の魂を、家具やトイレに込められた魂を一つずつ解き放ち、いつでも天へ旅立てるように、準備をしているのかもしれない。やはり祖母は、己が弱ていることを、呆け始めているということを、誰よりも自覚しているのだろう。せめて自分が正気のうちに、旅立てる準備を出来るだけしておきたいと思たのだろう。――自分が亡くなたら、誰も解放してくれる人がないまま、魂が捨てられてしまう――祖母が言ていたその言葉は、先祖の魂ではなく、自分の魂のことを言たのではないだろうか。僕はそんなことを考えながら、祖母の顔を見た。目を瞑りながら黙て座ている祖母の頬に流れた、その一筋の涙の意味は、やはりどれだけ考えても、僕にはまだ解りそうになかた。

 魂抜きの儀式が終わて、僕は痺れた足を引きながら、広い庭に出た。
 来るたびに小さくなている畑。
 周囲に増えていく空家。
 祖母も遠くない日に、ここから旅立つのだろうか。
 僕は晴れ渡た真青な空を見る。
 苦労し続けた祖母の魂の一部は、天に昇ることが出来ただろうか。いつか彼女の小さな体に残るわずかな魂も、夫の元へ行くのだろう。そしてこの家は誰もいなくなり、親戚は本当の意味でバラバラになるはずだ。
 僕は祖母の魂が抜けたこの家を見つめながら、遠くから吹く風を感じていた。
 僕の魂は一体どこにあるのだろうと考えながら。
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