魂抜き
閉眼法要を行うと祖母が言うので、僕らは母方の実家へ向か
った。
祖母の子供は、僕の母を含めて四人兄妹だ。一番上の兄は既に亡くなっている。下に三人の妹がおり、上二人の妹は忙しいという理由で断ったため、実家に行くのは末娘である僕の母だけだった。祖母に一番愛されていたのが母で、口では文句を言いながら一番祖母を愛していたのもまた母だった。
母から実家に行くと告げられた時、僕は自分も行きたいと言った。大学を辞めてから何をするともなく呑気に暮らしていたのだが、初めて耳にする『閉眼法要』という言葉に惹かれ、母に付いていくことを決めたのだ。
母の実家は青森県の西部、かつては港町として栄えた場所にあった。
東海地方の山中にある僕の町から新幹線を乗り継ぎ、三時間ほどで盛岡駅に着く。そこからバス乗り場へ向かい、大型バスに二時間ほどゆられる。終点のバスターミナルから歩いて近くの駅に向かい、そこからさらに二両編成の鈍行列車に乗る。田畑ばかりが続く風景を車窓に見ながら、三十分ほどかけて祖母の住んでいる町へ着く。列車を降りると、改札では駅員がパンチを使って切符をカチャカチャと切っているのが見える。僕が切符を手渡すと、彼は長かった旅程に終わりを刻むように、それを箱に放り込んだ。
僕は街灯の少ない駅前に出る。昼前に出てきたのに、すでに辺りは真っ暗だった。星だけが綺麗に見えた。五年ほど前に来た時は、左手側にレンタルビデオ店があったはずだが、すでに空き店舗となっている。右手側には、見覚えのない薬局があり、その先には僕が幼い頃から知っている『ショッピングセンター・ルル』が見えた。都会であれば夜七時でも賑わっているところだろうが、この田舎では人気が感じられなかった。ショッピングセンターと薬局の明かりが空しく灯っている。
「お婆ちゃんの家までタクシーで行くけど、あんた買っときたいもんある?」
母は、茫としながら駅前を見つめる僕に向かってそう声を掛けた。
「もうバスは来ないんだっけ」
僕がそう尋ねると、母親は愚かな質問をされた時に見せる呆れ顔で笑った。
「あんた、お婆ちゃんの家に行くバスが一日二本しか出ないの忘れたの? 最終バスなんてとっくに行っちゃったわよ」
僕らは薬局に入ってこまごましたとしたものを買った。歯ブラシセット、入浴セット、小型の制汗スプレー、小型の洗眼剤。ちょっとした日用品だ。それからショッピングセンターに行って菓子や酒を買う。
ショピングセンターには、従業員以外に誰の姿も見られなかった。ポップスが店内に空しく響いている。従業員たちは何となく居心地の悪い愛想笑いを僕たちに向けている。
僕が小学生だった頃、真っ先に向かっていったおもちゃ屋は、土産物の販売店となっていた。隅の方にあるプリクラの機械が、賑やかで空しい音を立てている。一番大きなフロアの隅には段ボール箱が積み重ねられ、広いスペースが無駄になっている。僕は母の酒のつまみの裂きイカを咥えながら、タクシー乗り場へ向かった。母は、煙草を買い忘れたと言ってショッピングセンターへ戻る。母はどんな時でも煙草を切らさない。
僕は薬局の前にある汚れたケロリン人形の頭を撫でながら、その輝かしい笑顔を向ける蛙の頭に、裂きイカを置いた。彼の片目は誰かの手によって潰されている。彼は真っ暗闇の中でまったくの孤独だった。僕は彼に手を振って、戻ってきた母と一緒にタクシーに乗り込んだ。
駅前から祖母の家までタクシーで三十分ほどかかる。
車窓はすっかり暗闇に包まれており、自分の顔しか映らなかったが、僕は駅前から祖母の家に向かうまでの光景を頭に浮かべながら、そこに映っているだろう景色を想像する。僕は駅前から祖母の家までの景色が大好きだった。かつては車が行き交っていただろう大通り。町の真ん中に立つ大病院はそこだけ都会的だった。海に繋がっているきれいな河川は僕の心を癒す。集落に向かう道にあるガソリンスタンドは、なぜか退廃的に見えて好きだった。それから歩道の脇に花壇が並ぶ道路が続く。それが途切れたところに、鹿が飛び出してくる道路。ぽつぽつと古い民家が立ち並ぶ道路。古めかしい個人商店。崖の下に建ち並ぶ民家の集落。延々と続くかに思える田畑。まるでジブリの『もののけ姫』にでも出てきそうな古い民家。廃墟となった小学校。ジャングルジムとベンチだけがある公園。祖母の友人がやっている『おさだ屋』。そしてその斜め向かいが祖母の家。
タクシーは黄色い光で祖母の家を照らした。庭に入り込み、タイヤが砂利を踏みしめる懐かしい音を聞きながら、タクシーは停まった。料金メーター三二五〇円。僕と母と虻を乗せた料金。
トランクに積まれた鞄を取り出し、タクシーが去っていくのを見送った。
庭を見回すと、祖母の作った畑が薄闇の中でも確認できた。子供の頃、夏の太陽に照らされながら、よく畑仕事を手伝ったことを思い出す。と言っても、僕はすぐに飽きてしまったので、胸を張って手伝ったとは言えない。
畑を見ながら僕は従姉妹のことを思い出す。夏休みに祖母の家にいるときは、いつも従姉妹と一緒だった。伯母の家族も、よく一緒に祖母の家に泊まっていたのだ。従姉妹は二人姉妹で、姉の方はおとなしい性格、妹の方は溌剌とした性格だった。行動も対照的で、姉は部屋の中で一人ゲームをしたり本を読んだりすることを好んだが、妹の方はよく一緒に僕と遊んでくれた。五歳年上の彼女は、いつでも僕の手を引いて駆けずり回った。庭を走り回り、一緒に崖の下の川まで行って釣りをした。虫取り網を自慢げに握って蝉を取り、夕暮れの中で数え切れないほどの群れで飛んでいる赤とんぼを夢中で捕まえたりした。あの黄金の中で輝く赤とんぼは、今でも夏になればこの場所に来るのだろうか。羽がきらきら輝いていた。夕日が僕たちを燃やしていた。全てが黄金色に染められて何もかもが煌めいていた。あの時は分からなかったが、あれは今から考えると信じられないくらいノスタルジックな風景だった。もう二度とそこには戻れないと訴えかける美しい風景だ。美しいものは往々にして、その価値がわかった時には取り戻せない。あの時一緒にトンボを捕まえ、それから二人で花火をやった彩華姉ちゃんは、もう結婚してどこに住んでいるのかも知らない。
玄関の二重扉を開けるカラカラという音は、なぜだか僕の心を悲しくさせた。その音よりも、玄関を開けた時に漂った祖母の家の匂いがそうさせたのかもしれない。祖母は大部屋が六つもある広い家に一人で暮らしている。かつて賑やかに家族で暮らしていただろう家に一人で住むというのが、どれほど寂しいことか。頼れる家族が遠くに住んでいるということが、どれほど心細いか。ずっと祖母に会いに来なかった自分が言えたことではないが、かつて賑やかだっただろうこの家の記憶が、まるで僕に何かを訴えかけているように感じられた。
それでも一つ目の扉と二つ目の扉の間のスペースに、バケツに入ったスコップやらジョウロやらが泥を付けたまま置かれているのが見え、そのこまごまとしたものが祖母の確かな生活を思わせて、僕は少しだけ元気づけられた。本州の端っこにある寂しい町の、寂しい家で、彼女がしっかりと生を営んでいるということが感じられたからかもしれない。祖母は僕には想像もできないだろう寂しさの中で、大地を耕しながら生きている。くたびれたスコップとジョウロは、祖母が戦後の時代を農家として生き抜いてきた逞しさと、それらから遠い時を経て、とても小さい畑を耕しながら、たくさんの思い出が過ぎ去ってしまった大きな家に身を置いている寂しさを、同時に感じさせる不思議なものだった。
上り框に荷物を置いた時に、左手にある居間から祖母が現れた。
「遅ぐのっづまって、こわいひゃったべ?」
祖母はそう言って、僕らの前に膝をついて座った。
しわくちゃな顔が微かに歪んで笑みを作った。
祖母はいつまでも僕を子供だと思っている節がある。こわいひゃったべ、