てきすとぽい
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【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 4
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祖父の葬式
(
茶屋
)
投稿時刻 : 2014.06.24 23:27
最終更新 : 2014.06.27 06:37
字数 : 3182
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2014/06/27 06:37:30
-
2014/06/27 06:29:48
-
2014/06/24 23:27:58
祖父の葬式
茶屋
僕は祖父の葬儀の時、泣くことがきなか
っ
た。
従兄弟は泣いていたけど、僕はただぼ
ぉ
っ
としていて突然白昼夢の中に叩きこまれたような心持ちだ
っ
た。
祖父が死ぬなんて信じられなくて、とてもこれが現実なんて信じられなか
っ
た。
黒い群れと線香の香りと読経。それが現実感をますます色褪せさせてい
っ
て、自分がどこにいるのかもわからなくなる時があ
っ
たくらいだ。
勿論、祖父が嫌いだ
っ
たとかそういうわけではない。
祖父の遺体がトラ
ッ
クに乗せられて運ばれていく。
祖父は大きな人だ
っ
た。僕にと
っ
て、そして物理的にも。
果たして祖父を焼ける火葬場が存在するものなのかどうなのかという素朴な疑問が唯一現実感を感じさせてくれた。
火葬場へ向かう車の中でぼんやりと祖父の記憶を辿
っ
ていく。いざ思い出そうと思
っ
てみても、なかなか思い出せるものではない。
思い出せるのは泣いていた記憶だ。
泣いている僕を、祖父はいつも慰めてくれた。
ゴムを巻くとプロペラが回る模型飛行機が庭の木に引
っ
かか
っ
てしま
っ
た時のこと。木を揺さぶろうとしてみてもびくともしないし、木の棒でつつこうにもち
ょ
うどいい長さの棒は見当たらない。僕はその飛行機が永久に失われてしま
っ
たような気がして、泣いてしま
っ
た。しばらく泣いていると毛むくじ
ゃ
らの大きな手がぬ
っ
と出てきて僕の頭を優しく撫でた。
「どうした?」
僕が指指さしたほうを祖父は見る。
「そうか。引
っ
かか
っ
たんだな。どれ、取
っ
てやる」
すると祖父の腕が伸び、容易く模型飛行機を取
っ
てしまう。僕は目を輝かせながらそれを受け取る。
「ありがとう!」
や
っ
ぱり祖父はすごい。僕には不可能に思えたようなことでも意図も容易く成し遂げてくれる。そんな風に思いながら、再び飛行機を飛ばし始めるのだ
っ
た。
空に向か
っ
て。
雲の流れるあの青空に向か
っ
て。
空には雲が浮かんでいる。
僕は煙草の煙を吐き出しながら、今頃祖父もこんな風に灰にな
っ
ているのかななんて漠然と考えたりする。
祖父を焼くための焼却炉は一般用のものとは隔た
っ
た奥のほうにあ
っ
て、いかにも業務用ですとい
っ
たような無骨さを備えた代物だ
っ
た。機械でも
っ
て奥のほうに押し込める仕掛けなんだけど、機械の調子が悪か
っ
たのか祖父が大きすぎたのかして親族の男衆数人でや
っ
と奥へ押してやるという騒動もあ
っ
た。
「や
っ
ぱじいち
ゃ
んは最後まで大きいな」
父がそんな風に言いながら額の汗を拭
っ
ていた。
「でも小さくな
っ
たよね」
「そうかもな」
祖父は昔も
っ
と大きか
っ
た。とてもとても大きな存在だ
っ
た。
多分幼稚園の頃だ
っ
たと思うけれど母も祖母も迎えに来れないときは祖父が迎えに来てくれていた。
祖父が来る時には音でわか
っ
た。地面が揺れるかのような音、鳥たちが騒ぎ出す音、何かを感じた子供たちが手を止めたり言葉を止めた静寂。そんな音たちがや
っ
てきてしばらくした後、祖父は決ま
っ
てや
っ
てきた。火のように赤くな
っ
た夕日を遮り、巨大な山が姿を現す。そんな巨大な祖父を僕らは見上げる。
「今日は楽しか
っ
たか?」
はるか上の方で聞こえるその声に、僕は精一杯顔を上げて答えるのだ
っ
た。
「うん」
「兄貴が結婚する
っ
て聞いたときは驚いたもんだよ。あの暴れ者だ
っ
た兄貴が所帯を持つなんて信じられなか
っ
たよほんとに」
大叔父は茶をすすりながらしみじみと語る。もう何べんも聞いた話だが、さも興味ありげに相槌を打つのがこれまでくれたお年玉への返礼なのだと僕は考えている。
「兄貴はな。本当に暴れ者だ
っ
たんだよ。素手で空を飛んでる鳥を掴んでと
っ
たり、恐竜や亀の怪獣と相撲なんてと
っ
たりしたもんだ。土を盛
っ
て山を作
っ
たり、足で湖を作
っ
たりもしたんだから」
さすがに国を引
っ
張
っ
てきたりはしないようだがスケー
ルの大きな話ばかりだ。大叔父の話は話半分に聞けというのが親戚間での暗黙の了解にな
っ
ているが、半分にしても祖父は大きい。やはり若いころはも
っ
と大きか
っ
たのだろう。足跡で池ぐらいはできたのかもしれない。
「いつごろからじいち
ゃ
んは大きか
っ
たんですか?」
「いつごろからかな
ぁ
。俺が物心ついたころに
ゃ
もうだいぶでかか
っ
たからな
ぁ
」
大きか
っ
た祖父の骨も、やはり大きか
っ
た。
けれど、骨壺は3つぐらいに収ま
っ
たのだからそれでもだいぶ焼かれてしま
っ
たのだという感慨が湧かずにはおれなか
っ
た。
ずいぶん小さくな
っ
てしま
っ
たものだと思う。
あんなに大きか
っ
た祖父がこんなに小さく感じる日がこようだなんて思
っ
てもみなか
っ
た。
でも本当は心のどこかで予期していて、そう思いたくなか
っ
ただけなのかもしれない。
帰郷した時にふと世界が縮んだように感じられたとき、多分祖父の背中もどこか小さく感じられたような気もする。
「どうだ仕事は」
「まあまあだよ」
本当はまあまあどころかてんやわんやだ
っ
たのだけれど、祖父に心配をかけまいとそんな風に答えた。
祖父はそんな心を読み取
っ
たのかもしれず、それ以上は聞かずに庭の方をぼんやりと眺めていた。
春にはもう遅く、夏にはまだ早い季節だ
っ
た。
その頃には赤とんぼはまだ飛んでおらず、田はまだ刈り取られていなか
っ
た。木々はまだ生き生きとした青を輝かせ、名前の知らない蜂が忙しげに飛び交
っ
ていた。
田んぼに水が入れられる頃になると、よく祖父と一緒にぬたまむしを捕りに行
っ
た夜のことを思い出す。天上にまんまると輝く光を頼りに用水路へ網を持
っ
て出かける。普段は大きな川に住んでいるぬたまむしが用水路まで田んぼで産卵するため上
っ
てくるのだ。まるで月に誘われるように。
祖父は大きな手で用水路を塞ぎ、僕が構えている網までぬたまむしを追い込んでくる。懐中電灯代わりに祖父が真ん丸な目で手元を照らしたりもしてくれた。それで網の中で暴れるぬたまむしを祖父と一緒にな
っ
て抑え込む。ぬめりの強いぬたまむしを一生懸命掴んではバケツに放り込む。黙々とそれを繰り返す。たくさん捕まえて帰ると処分に困
っ
て祖母と母にいつも怒られるのだ。僕と一緒に祖父もし
ょ
んぼりするまでが毎年恒例の行事みたいなものだ
っ
た。
池に放したぬたまむしは今での生きているだろうか。す
っ
かり忘れていたのを今にな
っ
て思い出したりする。
生前、祖父の顔を思い浮かべるのは難しい。そもそも顔がどこだ
っ
たのかもよくわか
っ
ていない。
祖父の遺影を見て改めてそこが顔だ
っ
たのか思
っ
たりもする。遺影は普通顔を写すものだから。でも、や
っ
ぱり祖父のことだから顔じ
ゃ
ない部分が写
っ
ている可能性も捨てきれない。
顔だとしても祖父の遺影の表情はよくわからない。生前の祖父の表情が分からないということはなか
っ
たが、写真で一部だけ切り取られてしまうと途端にそれが読めなくな
っ
てしまう。一部だけだとそもそもそれが祖父なのかもよくわからなくなるほどだ。祖父は身体全体で祖父を表現していたし、感情を読み取るのも体全体の姿勢とか微妙な角度とかを総合したものだ
っ
たと思う。
ゲシ
ュ
タルト祖父学。
ふと思いついた言葉だけれどそんな学問存在しないし、今後存在することもないだろう。
葬式が終わり、家に帰
っ
てきてから親戚と酒を飲んだりする。
そして親戚がみんな帰
っ
てしまうとあとは後片付け。
皆くたくたにな
っ
て軽い夕食を済ませた後は順に風呂に入
っ
て眠りにつく。
二階の自室に上る前、祖父の部屋の前を通る。電気がついていない。どうしたんだろう。いつもはこれぐらいの時間だ
っ
たら本を読んでるかテレビを見ているのだけれど。
もう寝たのかなと思
っ
ては
っ
とする。
そうだ祖父はもう死んだんだ
っ
た。
ふと涙がこぼれてきた。
感情がうまくついていかなか
っ
た。
悲しいという気もしないのに、ただ涙があふれてくる。
明日ぐらいには悲しみが涙に追いついてくれるだろうか。追いついてき祖父が空けた大きな穴を埋めたりしてくれるのだろうか。
そんな風にぼんやりと思う。
祖父は大きな人だ
っ
た。僕らにと
っ
ても、物理的にも。
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