てきすとぽい
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【BNSK】月末品評会 in てきすとぽい season 4
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硫化アリルのせいにして
(
妄想ボックス
)
投稿時刻 : 2014.06.30 09:42
字数 : 3628
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硫化アリルのせいにして
妄想ボックス
微塵切りの頃合いかな。
……
そう思
っ
て、今日はハンバー
グを作ることに決めた。
小学校に入学した頃から、右目から涙が流れなくな
っ
た。
ドライアイに近いものだろうか。
眼科医にはかか
っ
たけれど、医学的な療法で治るものではありません、と匙を投げられてしま
っ
た。
目薬は処方されたものの、一時しのぎでしかなくて。
それを知
っ
て母はごめんね、とぼろぼろと泣いた。
母も同じ経験をしていたからだ。祖父もそうだ
っ
たという。
何らかの遺伝であり、そして生涯背負うものではないもののしばらく厄介になる症状のようだ
っ
た。
母の右目が治
っ
て
――
正常に『泣く』事ができるようにな
っ
たのは、父に出会
っ
た事がき
っ
かけだ
っ
たという。
だんだんと溶け出していくような、箍が外れるような感覚だ
っ
たらしい。
父は父で体験していないなりにこの病状について理解していた。
だから、治るまでのこと、治すためのことを一緒に色々と考えてくれている。
恵まれているし、上手く行
っ
ている。この鬱陶しい右目を除けば。
涙が流れずに溜ま
っ
ていくと、なんだかどろりと濁る感覚がした。
実際、僕の右目は澱んでいた。
視力も片方だけ異常に低くな
っ
てしま
っ
た。母が言うには一時的なものらしいけれど。
最初に視力の低下を感じた時、小説の挿絵で見たようなモノクルをかけたいと望んだ。
子供心にあの形状にか
っ
こよさを感じたのだ。
ただ…、残念ながら、
モノクルというものは彫りの深い外国人だから眼窩にはめ込むようにして装着できるのであ
っ
て、
の
っ
ぺりとした純日本人顔には合わぬものだ
っ
た。
仕方がないから、右だけ度の入
っ
たレンズを入れて眼鏡を着用することにした。
コンタクトなど、論外だ
っ
た。只でさえし
ょ
っ
ち
ゅ
う目薬を点さなければならないのだから。
唯一上手いこと涙を『排出』する方法があ
っ
て、
これは母の経験に基づくものなのだが、
玉葱を切
っ
た時に放出される硫化アリルだけはなぜだか右目の涙腺に作用してくれるようだ
っ
た。
あくびでも胡椒でも開かない涙腺が、なぜか奴にだけは反応してくれる。
自分の時と同じ方法が通用すると知
っ
てから、母は僕に料理を教えるようにな
っ
た。
小学校の6年間を通して、玉葱の微塵切りを使う料理をい
っ
ぱい覚えた。
ハンバー
グ。
ミー
トソー
ス。
大根ステー
キ(と付け合わせ)。
シー
フー
ドパエリア。
オニオンスー
プ。
オムレツ。
カレー
。
ミー
トロー
フ。
他にも色々。
母がパー
トに出るようにな
っ
てからは、週に一度は台所に立つようにな
っ
ていた。
4年生にな
っ
て精通を経験した時、涙の『排出』と同じ感覚を覚えた。
溜まり始めると疼いてきて、とりあえずどこかにぶつけたくなるけど、
対象がないし、上手く出来ないから、結局適当に吐き捨てる。
そ
っ
くりじ
ゃ
ないか。
いつだ
っ
て何に揺り動かされるでもなくただ『排出』するだけの涙。
相手が必要なんだ、思
っ
たままの感情をぶつけられる相手が。
僕にはそれが居ないから、結局ただの一人よがりで、
溜ま
っ
ていくば
っ
かりの
……
ただの『解消』で終わ
っ
てしまう。
下世話な考えながらし
っ
くりと来る。
母がこれを乗り越えたのも、父と言う情欲の、綺麗に言うならば愛情の対象を得たからだろう、と。
今の僕にできることは玉葱を微塵切りにするだけだ。
できるだけ荒く、ザクザクと。
6年生の夏、長らく空室だ
っ
たマンシ
ョ
ンの隣の部屋に3人家族が越してきた。
その一人娘というのが僕と同じ学年で、同じクラスに編入することにな
っ
た。
転校の時期も悪か
っ
たし、人を寄せ付けないようなそぶりのせいで彼女はクラスから浮いてしま
っ
た。
そんな彼女の様子を、同じくクラスの輪から外れて一匹狼を気取
っ
ていた僕は冷ややかな目で見ていた。
のは、最初だけだ
っ
た。
夕方に台所に立つと、時々悲鳴や罵声が聞こえる事がある。彼女と、その母親の声。
母親のヒスと暴力に、彼女は傷めつけられていたようだ
っ
た。
僕だけがそれを聞いていた。
だけど、どうすることもできなか
っ
た。
他人の家庭事情に首を突
っ
込む勇気などない。
もしかしたら、彼女が悪いことをしたのかもしれないし、うちがそうではないだけで他所の家では普通の事かもしれない。
そう思い込んで、目を背けていた。
秋口のある日、彼女は授業に遅れてきた。左目に似合わない眼帯をつけて。
「ものもらいです」とぼそ
っ
と言い訳をする。
僕は知
っ
ていた。
ものもらいなんかじ
ゃ
眼帯を処方されはしない
っ
てことを。
そして、その眼帯が近くのコンビニで売
っ
ているものだ
っ
てことも。
ず
っ
と掛けていたら視力が落ちてしまうからと、眼球に傷でもない限り眼帯は使うべきではないのだ。
その下に付いているであろう痕を想像して、辛くな
っ
た。
や
っ
ぱり、普通じ
ゃ
ないことだ
っ
たんだ。
……
じ
っ
と見てしま
っ
ていたことに気づかれてしま
っ
た。
後ろの席に座
っ
た彼女は、小さな声で、だけどし
っ
かりと
「あんただ
っ
て偏
っ
た眼鏡かけてるくせに」と僕に矢を放
っ
た。
冷や汗。
誰にも指摘されなか
っ
たのに。
視力検査の時だ
っ
て、上手く誤魔化しおおせたのに。
恥ずかしさと後ろめたさで、後ろを向くことができなか
っ
た。
眼科によ
っ
て目薬をもら
っ
て、スー
パー
に寄
っ
てひき肉と玉葱を買う。
いつものように3人分の材料を買
っ
てから
……
失敗したと気づく。
今日はお父さんが出張じ
ゃ
ないか。
下手すれば、母もパー
ト先で食べてから帰
っ
てくるかもしれない。
首から下げた携帯を確認する。もう20時前。母からパー
ト前のメー
ルが来ていただけだ。
1人分の材料、どうしたものか。げんなりして家路に着く。
オー
トロ
ッ
クを開けてエレベー
ター
に乗
っ
て
……
扉が開いた時、玄関の前に座り込んでいる彼女の姿が見えた。
ランドセルのままだ
っ
た。でも、靴を履いていなか
っ
た。
帰るや否や追い出されてしま
っ
たのだろう。15時半の放課から
……
4時間近くもここに居たのだろうか。
気まずい。
彼女だ
っ
てこんなところ、見られたくなか
っ
ただろう。
朝と同じく、キ
ッ
と睨んで毒づかれるかと少し身構える。
彼女は放心していた。僕のことなんか気にしち
ゃ
いなか
っ
た。
罪悪感を抱えながら、後ろ手で静かにドアを閉じる。
3人分の材料の入
っ
たビニー
ル袋をひとまず台所に持
っ
てい
っ
て
……
3人分。
もう一度ドアを開けた時、彼女は未だそこに座
っ
ていた。
ドアの音にビク
ッ
と反応して、だけど開いたドアはこちら側で、だから不思議な表情をして。
なんて切り出したらいいかわからない。断られるかも。
そう思
っ
たのは一瞬だけだ
っ
た。
「晩御飯、ハンバー
グ作ろうかと思うんだけど、食べに来なよ」
もぞもぞとそう言
っ
て彼女の手を取り、家に招き入れた。
テー
ブルの上に置いた眼鏡を彼女が弄
っ
ている。
急に連れてこられて、どうしていいかわからないんだろう。僕だ
っ
てわからない。
度のきついレンズを覗き込んでいる。
右目が悪いんだ。涙が出なくな
っ
ち
ゃ
っ
て。
だから玉葱を切るんだ。
気づけば、下ごしらえをしながらそう話しかけていた。
料理中のおし
ゃ
べりは良くないことだけれど、何か話さなく
っ
ち
ゃ
っ
て必死だ
っ
た。
丁寧に微塵切りをする。今は自分の右目より、彼女を優先しなき
ゃ
。
ほんの少しだけ排出した涙を拭
っ
て、作業と話を続ける。
その眼鏡、本当は苦手なんだ。目の大きさが左右ばらばらにな
っ
ち
ゃ
うから。
母と僕と彼女の分、3つの塊をつくる。
彼女は聞いているのだろうか。今も少し疼いている右目を気にしながら、料理を、話を続ける。
焼き上げた塊に串を刺す。
ち
ゃ
んと火が通
っ
ている。よし。
小綺麗に作
っ
てしま